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炭酸泉はキケンなのか?「有馬温泉死亡事故」を温泉のプロが検証

2月21日夜、日本の名湯として知られる有馬温泉で起こった死亡事故。亡くなったのは資料館の職員の方で、展示されていた「岩風呂遺構」の中に迷い込んだ猫を助けようとして倒れたとのこと。謎が多く残るこの事件、メルマガ『『温泉失格』著者がホンネを明かす~飯塚玲児の“一湯”両断!』の著者で元大手旅行雑誌編集長の飯塚さんが、有馬温泉の名誉をかけて徹底検証しています。

有馬事件~炭酸泉についての諸々を考察する

メルマガ読者の「おおむろさん」から、以下のようなメールをいただいた。

前回「ひめしゃがの湯」を紹介していましたが、この話に引きずられるかのように、有馬で不可思議というか、我々も再確認しないといけないような事件が起きてしまいましたね。 炭酸泉の良さと恐怖も、再度確認しないといけないと思ってしまいました。 そんなわけで、わかる範囲で良いので、炭酸泉にまつわるエトセトラを教えてもらえるとうれしいです。 (埼玉・おおむろさん)

この有馬の事故には僕も驚いた。 確かに有馬ではその昔、本当の炭酸泉を使ってサイダーを作っていたというが、現在、炭酸泉源はそれほど多くはなくて、公園の中などで一部泡が出ているのが見える程度という認識だったのである。 これは数年前にそれを確認して来ている。

ところが今回、炭酸ガスが原因とみられる事故が起きてしまった。もっとも、未だ原因は確実とは言えない状況なのではあるが、専門家の検証から原因は炭酸ガスによる窒息、ということのようである。結果としては、職員の方1人と猫1匹の命が失われた。至極残念なことである。

おおむろさんさんが言うように、炭酸泉含二酸化炭素泉の適応症や、場合によっては危険性なども検証してみるべきかと思う。

ではまず、この事件についておさらいしてこう。

2月21日夜、神戸市北区の有馬温泉街にある市立歴史資料館太閤の湯殿館で施設職員が突然倒れて死亡した。亡くなったのは、施設を管理運営する官民組織「神戸観光局」の男性職員(48)で、兵庫県警などによると、この職員は資料館1階に展示されている「岩風呂遺構の底(深さ1.7メートル)にいたネコを捕まえようとして倒れたという。 岩風呂の遺構は約5メートル四方で、転落を防止するため周囲にアクリル板の柵がある。男性は21日の営業終了後、館内に入り込んだネコを捜していたところ、遺構内で発見。 助け出そうと遺構に入り、すぐに倒れたという。

有馬温泉観光協会などは22日に現地で会見を開き、同席した京都大の西村進名誉教授(物理地質学)が「有馬のような炭酸泉の温泉地では、地中から炭酸ガス(二酸化炭素)が出てくる。現場は気温が低く人の出入りも少ない状態で、風もないなど、炭酸ガスが滞留しやすい条件がそろっていた。地下から炭酸ガスが噴出し濃度が高まって酸欠で倒れた可能性が高い」との見方を示した。有馬温泉観光協会によると、大気中の酸素濃度は21%程度だが、死亡した施設職員が現場から搬出された際、13~14%に低下していたという。

神戸市の久元喜造市長は22日の定例会見で「大変痛ましい事故で残念だ。温泉に詳しい専門家の助言を得て、専門業者にガス濃度の測定などを依頼する」などと述べた。 同市などは原因究明と対策が完了するまで、施設を休館する。 (数紙の新聞記事などを筆者がまとめたもの)

ちなみに、しばしば間違われるのが「高い山に登ると酸素が薄くなる」という考え方。高山に登って下がるのは気圧であり、大気中の酸素濃度はどこでも約21%で一定である。が、気圧が下がると空気の密度が下がるため、一度に吸い込める空気の量が減って、それに比例して吸い込む酸素量も減ることになる。しかし、あくまで酸素濃度は同じで、薄くなるのは酸素ではなく「空気」もしくは「大気の密度」というのが正しい。各種の資料によれば、人間は酸素濃度16%以下だと、酸欠で死んでしまうという。

もう一つおさらいである。今度は温泉の方の定義についてである。「温泉法」による定義では、温泉1リットル中に遊離炭酸(CO2)が250mg以上あれば、それは「温泉」(二酸化炭素泉ではなく、法律上の温泉)となっている。

一方で、「鉱泉分析法指針」における「療養泉」の定義では、同じく温泉1リットル中に1000mg以上となっており、これをクリアして初めて「二酸化炭素泉」を名乗れることになる。 この濃度は、一般の家庭用浴槽に炭酸系入浴剤(バブとかです)を10個ほど入れたものに相当するとされている。

で、調べてみると、乾燥した空気1リットルの重さは、1気圧摂氏0度の時に1.293グラム、二酸化炭素は約2グラムで空気より重い。そんなわけで、濃度が濃くなると低いところに溜まるということになる。そして、「空気中の二酸化炭素濃度が3~4%を超えると頭痛・めまい・吐き気などを催し、7%を超えると呼吸不全となって数分で意識を失う。 この状態が継続すると麻酔作用による呼吸中枢の抑制のため呼吸が停止し死に至る(二酸化炭素中毒)」(ウィキペディアより)とのことである。

温泉の遊離二酸化炭素を測る方法については、ネットでも読める「鉱泉分析法指針」に書かれているので割愛するが、いずれにしても、文系頭の僕にはチンプンカンプンである(笑)。けれども単純計算で、1リットル中に1000mgなら、一般家庭用浴槽の標準である200リットル前後の大きさの湯船に満たされた二酸化炭素泉の遊離炭酸は200gということになる。で、家庭用の浴室でも湯船の3倍くらいの空間があるだろうから、ざっくり考えてもその空気量は600リットルほどであり、重さにすると720グラム以上ということになる。

一方、2006年の大気中には約0.038%の二酸化炭素が含まれるとのことで、720グラムの空気には0.41gの二酸化炭素が含まれている計算になる。 そこに200gの炭酸ガスが加わったとしても、『公衆浴場における衛生等管理要領』の、

「脱衣室及び浴室は、脱衣又は入浴に支障のない温度に保ち、かつ、換気を十分に行うこと。なお、空気中の炭酸ガス濃度は1500ppm以下、一酸化炭素濃度は10ppm以下であること。」

これに基づく管理が行われている温泉施設であれば安全性に問題ないと考えられる。

ただし、高濃度の炭酸ガスが湧き出ている窪地などに顔を突っ込むのは、おそらく危険であろうということは察しがつく。 有馬の場合は夜間のことで人通りも少なく、風もなくて、炭酸ガスがくぼみの底に溜まりやすかったことも原因とされている。ということは、温泉施設のような大浴場で、なおかつガスが底に留まりにくい入浴客が出入りしている状況であれば、よほどのことでない限り、危険性は少ないと結論づけても良さそうだ。

ただし、野湯マニアなどで知識もなく泉源地に近づくような場合は、正直言って僕は責任が取れない。炭酸ガス、もう一つ、硫化水素ガスを含む温泉は、やっぱりきちんと管理されたお風呂で楽しんだ方が安全だと考える。

野湯マニアの方々の気持ちはわかるが、ガスマスクをしてまで温泉に浸かりたいとは僕は思わない。ただ、無知というのは時に自分の命を危険にさらし人に迷惑をかけることにもつながる。ガスマスクをつけて入る人(いるんですよ、実際に)は、その責任をきちんとわきまえている人だという気もする。ま、いずれにしても僕は、野湯で蛇やミミズと一緒に入浴したくはないな(笑)。

その二酸化炭素泉は、適応症として「きりきず末梢循環障害冷え性自律神経不安定症」が謳われている。炭酸ガスの血管拡張効果によって血行が促進され、ぬるい温度でも温まるほか、心拍数が上がらなくても血液の循環が良くなるため血圧を下げる特徴があり、「心臓の湯」とも呼ばれる極上湯である。

正しい知識を持って、この希少な泉質の湯を楽しみたいものである。

※表記に間違いがあり、本文の一部を訂正しました。(2019年9月4日)

image by: Googleストリートビュー

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