世界にないものを~汗と涙の「バーミキュラ」開発秘話
2007年、二人は試作を開始した。鋳物で鍋を作るのはお手のものだったが、ホーロー加工は初めてだった。ガラス成分の入った塗料を吹き付けて800度の窯で焼くと、表面に気泡ができてしまうのだ。
一緒にホーロー加工で試行錯誤した職人の小松忍は、「副社長なんか頭を抱えて座り込んで、『なんでだろう』と。ひどいときは、その日ホーローをかけたものが全滅したこともあります。ため息しか出てこない放心状態でした」と、振り返る。
吹き付けるガラス成分、さらには鍋本体の鋳物の成分を微妙に変えては焼き上げ、最適な成分比率を探し続けた。最初は3ヶ月もあればできると高を括っていたが、気がつけば1年が経過。二人はなんとかホーロー加工の技術にメドをつけた。
ただし、これではまだフランス製鋳物ホーロー鍋の類似品に過ぎない。次に智晴が目をつけたのが、密閉製が高く、無水調理のできるステンレス鍋。遠赤外線が出る鍋と、無水調理の出来る鍋。この二つを併せると、どこにも負けない鍋になる。
早速、鋳物ホーロー鍋に密閉性を持たせる加工に取り組んだが、今度は「ひずみ」の壁が立ちはだかった。
「いくら精密加工をしても、800度で焼いたときに、グニャッとひずむ。それで密閉性のないものになってしまう。炉を開けてみると全部不良品だったという夢で、毎朝、起きていました」(智晴)
そんな悪戦苦闘の真っ只中に起きたのがリーマンショックによる大不況。愛知ドビーの下請け仕事も激減。工場は週に3日しか稼働しないと言う事態に。こんな時も昔からいる職人は励ましてくれたが、開発は思うように進まない。失敗作はなんと1万個に及んだ。
それでも二人は諦めない。もう少し、もう少しと続けられた開発は結局3年に。そんなある日、一つだけ「これなら」という試作品ができた。智晴はその鍋で無水調理を試した。
作ったのはニンジンたっぷりのカレー。弱火で煮込むこと1時間。野菜からたっぷりスープが出ていた。そこにカレールーを混ぜた鋳物ホーロー鍋の無水カレーだ。
「社長の嫌いなニンジンを入れておいたのですが、そのニンジンを『おいしい』と探して食べていたんです。その姿を見て、これはいけると思った」(智晴)
苦労を共にした仲間にも食べてもらうと、驚きの反響が。崖っぷちでも折れなかった二人の心。長いトンネルを抜け、ついに魔法の鍋が産声をあげた。