シリアは本当に化学兵器を使ったのか? 米国には「やらせ」の前科

 

シリアのこれからをどうするつもりなのか

しかし単に独裁者を暴力的に除去しただけではただの無秩序が続くだけだというのは分かり切ったことで、とりわけシリアについて言えば、雑多な反体制派を寄せ集めてアサドを追放したところでそれに取って代わるだけの統治能力のある政権が生まれるはずがなくむしろその混乱に乗じてISが伸張してシリア全部を乗っ取ってしまう可能性のほうが大きかった。ロシアやイランが米国主導のアサド打倒一本槍の短慮方針に反対したのはそのためで、まずはアサド政権と反体制派が一時休戦して共にIS絶滅のために戦い、しかる後に両者協議の上、その後のシリアの政体について平和的に協議すればいいし、その場合にアサド自身の延命にはこだわらないと主張した。

ところが、これについての米欧寄りのメディアの解説は、「ロシアの真意はアサド体制の温存にある」「その動機は、シリアにあるロシアの軍港権益を失いたくないからだ」といった幼稚極まりないもので、日本でもそれが罷り通ってきたけれども、そうではない。ロシアが提起しているのは、取り敢えずはアサド指揮下のシリア政府軍の精強な部隊が中心となってイラク政府軍やクルド族民兵と連携しつつISに立ち向かい、それらの軍がそれぞれの領域で治安秩序を回復し国民の生活を再建するのでなければ、ISという全世界的なテロの恐怖の震源地を壊滅させることは不可能だという、至極当たり前の戦略である。

これは戦略論の初歩の話で、米欧が反体制武装勢力を支援してアサド政権打倒とIS壊滅を同時達成しようとする二正面作戦は、丸っきり成り立たない。ある局面における主敵は1つであり、それに向かって小異を捨てて大同につくのでなければ、その局面は打開できない。これは毛沢東『矛盾論』が説く「主要矛盾」論の要諦であって、プーチンの「まずはIS主敵」論はそれに適っている。

そのロシア戦略が何とか達成されようとしているこのタイミングで、また「化学兵器を理由とした爆撃でブチ壊し内政に行き詰まった米英仏の各指導者の憂さ晴らしとしてはそれでいいのだろうが、さてシリアのこれからをどう着地させようとするのだろうか。もしロシア提案とは別の有効な選択肢があるならそれを責任を以て提起し、とことん語り合うことを提唱すべきだろう。何の先行きの戦略展望もなしに、反体制派のSNS 情報程度の理由でアサド政権が化学兵器を使用したと断定して爆撃戦術を発動するというのは、余りに衝動的である。戦略なき戦術の濫用ほど有害無益なものはない。

ちなみに、イギリスのメイ首相が飛びつくようにして爆撃に参加したのは、自国で起きた元ロシア・スパイの毒殺未遂事件の影響もあるかもしれない。メイはこれに用いられたのが旧ソ連軍が開発した神経剤「ノビチョク」であったことから、これがプーチン政権の仕業だと断定して一気に炎上し、強硬な制裁措置を発動したのだったが、常識からして、ロシアがわざわざロシア製と分かる毒物を使って外国でこういう事件を起こすのかどうか。落ちついて考えた方がいいのではないか。

image by: Jack Fordyce / Shutterstock.com

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年4月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー

※ すべて無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。

2018年3月分

  • 《INSIDER No.934》「改憲」へのジャンプ台とならなかった自民党大会──ますます萎む安倍総裁3選の可能性/《CONFAB No.334》閑中忙話(18年03月18日~24日)/《SHASIN No.304》付属写真館(2018/3/26)
  • 《INSIDER No.933》内閣支持率が一気に10ポイント前後下落、不支持と逆転──いよいよ黄信号が点滅し始めた安倍政権の前途/《CONFAB No.333》閑中忙話(18年03月11日~17日)・《FLASH No.242》外交でも説明のつかない事態に追い込まれた安倍政権の窮地──日刊ゲンダイ03月15日付から転載/《SHASIN No.303》付属写真館(2018/3/19)
  • 《INSIDER No.932》安倍「一強」体制の堤防に次々に穴が開いて──これでは9月総裁3選は難しい?/《CONFAB No.332》閑中忙話(18年03月04日~10日)/《FLASH No.241》またアベ友…経団連会長人事は安倍政権の新スキャンダル──日刊ゲンダイ03月08日付から転載/《SHASIN No.302》付属写真館(2018/3/12)
  • 《INSIDER No.931》朝日新聞ソウル支局長の妄言・続──「南北統一五輪は欺瞞だ」という文春巻頭論文/《CONFAB No.331》閑中忙話(18年02月25日~03月03日)/《FLASH No.240》/北朝鮮と米韓の「複雑系ゲーム」から取り残された日本の首相──日刊ゲンダイ03月01日付から転載/《SHASIN No.301》付属写真館(2018/3/5)

※ 1ヶ月分864円(税込)で購入できます。

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print
いま読まれてます

  • シリアは本当に化学兵器を使ったのか? 米国には「やらせ」の前科
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け