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エリート自衛官が国会議員を罵倒、文民統制を揺るがす事態

自衛官による民進党議員に対する「暴言事件」が波紋を呼んでいます。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、この事件を詳細に振り返るとともに、このような事態が発生した原因のひとつには、安部官邸が着々と進めてきた「防衛省内の文官統制を破壊するかのような改変」があるのではとした上で、自衛隊トップである河野統幕長の責任を問うています。

自衛隊中枢にいったい何が起きているのか

周知の通り、安倍政権は自衛隊を戦争のできる組織にしようとしている。どこの国でも権力者が掌中にしっかりおさめておきたいのが軍事組織だ。寝首をかかれたら大変なことになる。

戦前、青年将校が政治に不満を持ち、5.15事件2.26事件などで政治家を殺害した。暗殺の恐怖で政党は活力を失い、軍部独裁国家となって、日本は無謀な戦争に突入した。

この痛切な教訓が、自衛隊という武装組織を、文民たる政治家や官僚が統制するシビリアンコントロールのバックボーンといえる。

しかし、安部政権になってからは、文民のトップである総理大臣自身が、武力行使の抑制というタガを取り外したがっているように見える。

戦後の平和憲法を否定するこの政権のもとで、自衛隊が大きく変質を迫られているのではないかと、多くの国民が危惧しているのは確かであろう。

そういう意味で、小西洋之議員民進党)が遭遇したエリート自衛官による“暴言事件”には、ギョッとさせられた。

インターネットメディア「IWJ」の取材に対し、小西議員が“事件”の一部始終を細部にわたって再現している。

4月16日の午後8時40分ごろ、仕事を終えた小西議員が参院議員会館を出てきたとき、ジョギング中の大柄の男性が前を通り過ぎた。すれ違いざま、男性が小西議員を見たため、小西議員は目礼をした。

交差点に向かってそのまま小西議員は歩いていたが、前を走っていたその男性は小西議員の方を何度も振り返った。そのたびに小西議員は目礼を重ねた。

男性は横断歩道の前で立ち止まり、5メートル後ろでタクシーを拾おうとしていた小西議員に大声で言った。「小西だな」。

「小西です」と返事をすると、男性との間で以下のような激しいやりとりになった。

男性 「お前ちゃんと仕事しろ」

小西議員 「集団的自衛権の解釈変更の憲法違反を証明した国会議員です。中身は私のホームページをぜひご覧ください」

男性 「お前は気持ち悪いんだよ」「お前は国民の敵なんだよ」

小西議員 「国民の皆さんが戦争で殺されることがないよう頑張っているんです」

この後、男性の口から思いがけない言葉が漏れた。「俺は自衛官だ」。

小西議員は自らが力を入れている政治活動について再度、説明したが、男性は「お前は気持ち悪い」「国民の敵だ」と繰り返す。

一般の人なら国会議員に何を言おうと許されるが、自衛官のこの発言は、自衛隊法など職務上のルールに反する。小西議員は「撤回しないといけない」と男性を諭した。

すると、男性は「国会議員に意見を言って何が悪いんだ」とからんでくる。小西議員はこう言った。

「国会議員を“国民の敵だ”という発言はシビリアンコントロールそのものを否定するものだ。撤回してください」

男性は徐々に小西議員に近づいてきた。小西議員は身構えつつ「撤回」を求めた。そして近くで警備にあたっていた警官に事情を説明し、立ち合ってもらったうえで、「撤回しないのなら、これから防衛省に貴方のルール違反を通報するが、それでもいいか」と尋ねた。

男性が「撤回しない」と答えたので、小西議員は携帯で豊田硬・防衛事務次官に電話し、状況を伝え、「人事担当者に私の電話に連絡するようお願いします」と依頼した。

午後8時55分ごろ、指示を受けた人事局長から電話があった。そのころには男性を取り囲む警官の数が増えてきたため、男性の態度が変わりはじめた。最終的に、男性は「勉強になりました謝罪めいた言葉を口にした。

防衛省の調査で、その男性は統合幕僚監部指揮通信システム部の30代の3等空佐だとわかった。防衛大を卒業し航空自衛隊に入った。3佐といえば、戦前なら少佐である。

小西議員が「5.15事件や2.26事件の青年将校を想起させる」と言うのもうなずける。

それにしても、安保法制に反対する野党議員に憤るこの3等空佐のような自衛官は、統合幕僚監部のなかで特異な存在のだろうか。もしも多数派をなしているとしたら空恐ろしい。

ここ数年で自衛隊の中枢に異変が起こっているのはうすうすわかっていた。2015年6月に安倍政権が法律を改正し、防衛省内における制服組と背広組の関係を変える方向に舵を切ったからだ。

それまでは、「文官統制」の意味から、防衛官僚背広組が自衛官制服組より、どちらかというと優位の立場だった。

自衛隊の最高指揮官はもちろん内閣総理大臣だ。従来だと、制服組は基本計画などに関わっていたものの、防衛大臣を直接補佐することができず、事務次官などの「背広組」が独占的にその任にあたっていた。

だが「国のために命を賭けよ」と説く安倍首相には、憲法で存在が明記されていない自衛官へのシンパシーが強い。日米同盟を強化し共同軍事作戦に従事させるために、制服組を背広組と対等にしなければならないという思いがあった。

翌年早々には制服組の権限をさらに拡大した。有事の作戦計画を策定するプロセスを統合幕僚監部に一元化したのだ。それによって背広組の優位は完全に崩れた

統合幕僚監部は戦前で言えば、大本営の実体である参謀本部軍令部といった存在だ。陸海空自衛隊を一体的に部隊運用するための頭脳集団といえる。

安倍官邸は、2014年7月に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行なって以来、防衛省内の文官統制を破壊するかのような改変を着々と進めてきた。

その第一弾が、2014年10月14日付で第5代・統合幕僚長に河野克俊海上幕僚長を充てたことだ。

河野統幕長は2014年12月に訪米したさい、安倍政権が躍起になって実現をめざしていた安保法制について来年夏には成立する見込み」とアメリカ陸軍のレイモンド・オディエルノ参謀総長に伝えていたことが後に判明し、国会で問題にされたことがある。

それだけ、安倍官邸とは親密な関係であり、自衛隊法施行令で定める定年年齢(62歳)を超えた今も定年延長でその地位にとどまり続けている

核武装論など極右的な言動で知られる元航空幕僚長、田母神俊雄氏と安倍首相が似通った思想信条の持ち主であることはよく知られている。

かつて田母神氏が村山談話などの政府見解と異なる論文を発表し、それがもとで自衛隊を辞めた後、田母神氏を励ますパーティーに参加した安倍氏は、挨拶でさかんに田母神氏の思想を持ち上げていた。

熱心な日米同盟支持者でありながら、同時に米国が敗戦国・日本に強いた戦後処理に憤慨している安倍首相や田母神氏の考え方に同調する人々が少なからず自衛隊の中にもいるのであろう。

小西議員を「国民の敵」と罵倒した男性は、かねてから河野統合幕僚長に目をかけられていたという。河野統合幕僚長が4月17日、議員会館の小西氏の部屋を訪れて謝罪したというが、本音ではどう思っているかわからない。

海軍の将校が起こした5.15事件の軍法会議は、被告たちの刑が異常に軽かったことで知られている。執行猶予になって訪ねてきた被告の一人に、加藤寛冶という大将が涙ぐんで「君たちはじつに気の毒だった。僕がやらねばならないことを君たちがやってくれた」と話したという。

政治に不満を持って決行したとはいえ、犬養首相を殺害し、政党政治の息の根を止めた大事件である。それについて、海軍大将が共鳴するのだから異常と言うほかない。これ以降、政治や言論活動に対する軍人の暴力が横行し、恐怖時代へと突き進む。

自衛隊員のなかにもさまざまな考えの持ち主がいるだろう。しかし、なにごとも極端主義はいけない。可燃性のイデオロギーは御免こうむる。

ヒゲの隊長こと佐藤正久外務副大臣は、昨年12月5日の参議院外交防衛委員会で「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応える決意であります」と就任のあいさつをした。

自衛官の「服務の宣誓」の一部を引用したものだ。いまや文民である佐藤氏が自衛官のみに課せられた任務への重い覚悟を軽々に述べたことに対し、国会で批判の声が上がった。シビリアンコントロールという意味でも問題だ。

昨今、制服組は発言力を強め、22万人をこえる自衛隊の票をバックに強力な政治力さえつけつつある。安保法制の制定により制服組の権限拡大が加速している。

安倍官邸のタカ派防衛政策によって増長したエリート自衛官が、日ごろから気に食わない国会議員に暴言を吐いたのが、今回の事件だといえるかもしれない。

それにしても、自衛官が国会議員に暴言を浴びせるなどということはほとんど聞いたためしがない。河野統幕長は責任をとるべきではないか。

image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

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