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なぜトランプはイランが飲むはずない無茶な要求を突きつけるのか

8月7日、イラン制裁の一部を開始したアメリカ。今後第二弾も予定され、日本を含む各国に影響が出ることは必至ですが、トランプ大統領は何を目論んでいるのでしょうか。国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんはメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』誌上で、厳しいイラン制裁は大統領自身が米国の11月中間選挙で勝利する為のパフォーマンスであるかもしれないが、米とイラン擁護派との関係悪化は今後深刻化していくだろうと分析しています。

トランプ、イラン制裁を復活

先日、「トランプさんが原因で、【二つの世界的危機】が起こる可能性が高まってきている https://diamond.jp/articles/-/176016 」という記事を書きました。二つの世界的危機とは、

  1. 米中貿易戦争が世界的経済危機に転化すること
  2. アメリカとイランの対立が、戦争に転化すること

です。この2ですが、大きなできごとが起こりましたアメリカが8月7日、イラン制裁の一部を復活させたのです。この制裁は、自動車、鉄鋼製品、貴金属などの分野で、イランとの取引を禁じます。

問題は、「アメリカ企業に禁止するだけではない」ということ。外国企業(たとえば日本企業)が、イランと上の分野で取引すると、その日本企業まで制裁対象になる。

少し、過去を思い出してみましょう。オバマ2期目(13~16年)、アメリカは、シェール革命で世界一の石油・ガス大国に浮上しました。いまや、「アメリカ産原油、ガスの輸出先を確保すること」は、政権の非常に重要な課題なのです。

アメリカはそれまで、「石油、ガスがたっぷりある」中東を常に最重視してきました。ところが、「自国に山ほど資源がある」ことがわかり、オバマは中東への関心を失ったのです。

2015年3月、今度は「AIIB事件」が起こった。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、オーストラリア、イスラエル、韓国など親米国家群が、皆アメリカを裏切った。そう、彼らはオバマの制止を無視し、中国主導AIIBへの参加を決めた。

オバマは、アメリカの衰退と中国の影響力増大に戦慄しました。以後彼は、「中国こそアメリカ最大の敵」と定めた。中国と戦うために、彼は、その他の問題をすべて解決する決意を固めていたのです。

オバマは、まずロシアとプチ和解。そして、ロシアと一緒に、ウクライナ問題、シリア問題、イラン核問題を、沈静化させました。この流れででてきたのは、2015年7月の「イラン核合意」。この合意に参加したのは、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イランです。2016年1月、IAEAは、「イランは合意を履行している」と発表。イラン制裁は解除されることになりました。

2017年1月、トランプが大統領に就任。トランプは、オバマと違い、親イスラエル。それで2018年5月、「イラン核合意からの離脱」宣言した。そして、8月7日、イラン制裁の一部が復活した。彼は、何を狙っているのでしょうか??? 毎日新聞8月7日から。

【ワシントン 高本耕太、ブリュッセル 八田浩輔】トランプ政権としては、各種制裁による「最大圧力キャンペーン」の末に首脳会談で非核化交渉入りの言質を取った対北朝鮮外交をモデルケースに、経済制裁に音を上げたイランを核合意見直しの交渉テーブルにつかせ有利なディール(取引)に持ち込みたいとの狙いがある。

トランプは、「北朝鮮モデル」で行きたいのですね。それで、イランが交渉開始に同意したとして、トランプは、何をめざすのでしょうか?

ポンペオ国務長官の要求は、なんと12もあります

  1. イランは過去の核開発の軍事的な側面についての内容をIAEAに全て申請し、恒久的にこのような活動を破棄することを宣言すべし
  2. イランはウラン濃縮を停止し、プルトニウムを抽出する再処理を求めてはならない。ここには重水炉の閉鎖も含まれる
  3. イランは国内全ての施設におけるIAEAの査察に無条件でアクセスを提供すべし
  4. イランは弾道ミサイルの拡散を止め、核兵器搭載可能なミサイルシステムの開発や打ち上げを停止すべし
  5. イランはいい加減な名目で拘束している全ての米国と同盟国の市民を解放すべし
  6. イランはヒズボラ、ハマス、パレスチナ・イスラーム聖戦を含む、中東のテロ集団への支援を停止すべし
  7. イランはイラク政府の主権を尊重し、シーア派民兵の武装解除、動員解除、再統合を認めるべし
  8. イランはフーシ派民兵への軍事支援を止め、イエメンの平和的政治解決に努力すべし
  9. イランはシリア全域からのイランが指揮する全ての部隊を撤退させるべし
  10. イランはアフガニスタンと中東地域におけるタリバンやその他のテロリストへの支援を停止し、アルカイダ指導部を匿うことを止めるべし
  11. イランは革命防衛隊の世界中におけるクッズ部隊(対外遠征部隊)によるテロリストや軍事パートナーへの支援を止めるべし
  12. イランは、多くがアメリカの同盟国である、その近隣諸国——–に脅威を与える行為を停止すべし。

ここにはイスラエルを破滅させると脅すこと、サウジアラビアやUAEにミサイルを撃ち込むことも含まれる。また、国際的な航路への脅威や破壊的なサイバー攻撃も含まれる。

 

● ニュースウィーク日本版5月28日 「グローバル化と安全保障 トランプの世界観:イラン制裁再開で何を目指すのか」鈴木一人

これを見ると、「核開発問題だけではないのですね。他の要求もたくさんあります。アメリカが、イランに「この要求をのめ!」と脅しても、「はい、わかりました!」とはならないでしょう。トランプさんでも、そのくらいのことはわかっているはず。では、なぜ無茶な要求をするのでしょうか?

オバマ前大統領の政治遺産である核合意を覆し、イランと敵対するイスラエルや国内キリスト教福音派の歓心を買う対イラン強硬姿勢は11月の米中間選挙を見据えた、国内対策の側面も持つ。
(毎日新聞 8月7日)

11月の米中間選挙を見据えた、国内対策の側面を持つ」そうです。これは大きいでしょう。そして、イラン制裁は、今回が最後ではありません。

中間選挙のタイミングの11月には、イラン産原油の禁輸やイラン中央銀行や民間銀行との取引を禁止する第2弾の制裁を予定しており、イランから原油を輸入している日本も影響は避けられないとみられる。
(同上)

「イラン産原油の禁輸」
「イラン中央銀行や民間銀行との取引を禁止する」

これは、大きいですね。日本企業も、イラン産原油を輸入すれば、制裁対象になります。

アメリカーイラン対立の「勝ち組」「負け組」

● 勝ち組1 = イスラエル

イスラエルは、アメリカが敵ナンバー1イランを叩くことでもっとも恩恵を受けます。

「シェール革命で世界一の産油、産ガス大国になったアメリカが、中東への関心を失い、イスラエルを見捨てる」。この恐怖のシナリオは、オバマ時代、現実になりました。トランプは、親イスラエルですが、「イスラエルの戦略的地位が低下した」事実は、変えられない。

ですから、ネタニヤフ首相は、「親イスラエルのトランプが大統領でいるうちに、イランを攻撃させよう!」と思うかもしれません。そうならないことを願います。

● 勝ち組2 = ロシア

2014年3月のクリミア併合で、世界的に孤立したロシア。アメリカとイランの対立で、二つの利益を得ます。

まず、「原油価格が上がること」。原油価格は昨年夏時点でバレル45ドルでした。ところが、今は、バレル75ドルまで上昇しています。アメリカは、「11月にイラン産原油を禁輸する」と宣言している。常識的に考えると、原油価格は、まだ上がるでしょう。このことは、制裁で苦境に陥っているロシア経済を救います(すでに救っています)。

ロシアが得るもう一つの利益は、「孤立から脱出できること」。既述のように、「イラン核合意」に参加したのは、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イランです。そして、アメリカ以外の6か国は、「合意維持派」なのです。つまり、この問題で、アメリカは孤立している。ロシアの立場は、イギリス、フランス、ドイツ、中国、イランと同じで、孤立していません。アメリカと欧州の対立は、欧州とロシアを接近させる結果になります。

● 勝ち組3 = トランプ?

11月の選挙結果についてあれこれいうのは、早いでしょう。しかし、トランプさん、保守派からは「有言実行の大統領だ」と高い評価を得ています。実際、「TPP離脱」「パリ協定離脱」「イラン核合意離脱」などは、「公約通り」なのですね。

勝ち組4 = 中国

米中貿易戦争で、中国は苦しい立場に立たされています。しかし、中国は、「イラン問題」をネタに、欧州ロシアとの連携を深めることができる。中国は、中ロ米=善、アメリカは悪 という構図をつくりだそうとするでしょう。

● 負け組1 = イラン

2016年、せっかく制裁を解除されたイラン。またもや制裁時代に逆戻りです。深刻な経済危機に見舞われ、国内政治が不安定化する可能性が高い。アメリカの挑発に乗って戦争になれば、体制崩壊はまぬがれないでしょう。

● 負け組2 = アメリカ

トランプは勝ち組なのに、アメリカは負け組? どういうことでしょうか? まず、北朝鮮核問題とイラン核問題は、根本的に違います。北朝鮮は、すでに核兵器を持っている。イランは核兵器をもっていない。そして、何よりも国際原子力機関(IAEA)が「イランは核合意をきっちり履行している!」と宣言し、アメリカの決定に反対している。

今のアメリカは、「イラク戦争直前」の状態に似ています。02年、フランス、ドイツ、ロシア、中国は、「イラクを守ること」で心を一つにしていました。そして、国連安保理で拒否権を持つフランス、ロシア、中国は、はっきりとイラク戦争に反対。結果、アメリカは、安保理を無視して、開戦に踏み切った。しかも、その理由、「イラクには大量破壊兵器がある」「イラクはアルカイダを支援している」は、両方とも「大嘘」だった。それで、「正義の味方アメリカの権威は大いに失墜しました。

ソロスは04年、「イラク戦争で、アメリカは没落する」と予言した。リアリスト神ミアシャイマーは、イラク戦争に反対だった。世界一の戦略家ルトワックは、「イラク戦争は、真珠湾攻撃に匹敵する戦略的過ち」と語っている。

これから、アメリカは、イランと戦争をするのでしょうか? その時、アメリカの「イラン核合意離脱」に反対している欧州(NATO加盟国でもある)は、イラン戦争を支持するのでしょうか? もし、欧州が反対にまわれば、NATOは深刻な危機に陥ります。

いずれにしても、国際機関IAEAが、「イランは悪くない」と擁護している中、アメリカだけが、「いやイランは悪だ」と主張している。このことは、アメリカに深刻な長期的打撃を与えるでしょう。

image by: shutterstock

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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