若者の活字離れが叫ばれて久しい日本ですが、その状況は台湾でも同様のようです。台湾出身の評論家で、日台両国で書籍を上梓されている黄文雄さんはメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』で、日本ではあまり知られていない台湾の出版事情を紹介するとともに、感性や民族性が似通っている両国民だからこそ可能な「日台の出版業界を活気づかせる方法」を提示しています。
※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年9月12日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【台湾・日本】日台の厳しい出版事情を相互交流で乗り切れ
私は作家として活動するようになって、早くも半世紀ほどが過ぎました。今でも原稿は手書きで書き下ろしていますし、紙に文章を書くことは私のライフワークになっています。しかし、ネットが普及してからはデジタル化が進み、世の中は加速度的に紙からネットへと移行しています。活字離れ、本離れが叫ばれて久しく、本が売れない時代が長く続いています。
日本では、弱小または中堅どころの出版社は閉鎖、あるいは吸収合併を余儀なくされ、出版する内容も売れ筋重視のものばかりで、ほんの一部の読者を喜ばせてくれるようなマニアックな本の出版は控えがちになっているのが実情です。
書店が消えつつあるのは、欧米だけでなくBRICSさえ同様です。アメリカのロスアンゼルスでは、書店が消えてしまったため本はスーパーで売っています。また、本の紙質は悪く、新聞紙のような手触りで、価格は10から25米ドル程度です。
しかし、あれほど分厚い本を書くには一年はかかる大変な作業です。作業に実入りが合わないため、アメリカでは専業作家はほとんど消えてしまいました。わずかに残っている書店も、ベルを押さないと店員が出てこない状態です。
日本も同様で、本の市場はどんどん縮小し、多くの出版社が消えました。本社ビルを持っている出版社でさえ、早晩なくなるのではないかと危ぶまれているほどです。
日本と台湾で半世紀以上の作家活動を続けている私も、ペーパーからネットへの変化に対応しなければならなりません。その一環としてのメルマガなのですが、これからも変化は求められるでしょう。
しかし、それ以前の問題として税金問題があります。本が売れると印税が入りますが、日本では、自分の本がベストセラーになったときの印税への課税が高すぎると感じています。感覚的には、かなりの部分を税金として持って行かれている感じです。
さすがにひどいと思い、一度、弁護士に相談したことがありましたが、弁護士も税務署には逆らわないほうが身のためだと言うばかりでした。知人の国会議員に相談しても何も変わりませんでした。それどころか、一時は借金してまで税金を払っていたこともありました。
それは、私の税金に対する無知から来たものだとは思いますが、これは創作意欲をかなり左右する出来事でした。本を一冊書き上げるには、かなりの労力を必要とします。それを、ちょっと売れたらすぐ税金として召し上げられる感覚は、決して愉快なものではありません。
ぐちのような話になってしまいましたが、話を出版に戻しましょう。
台湾は九州ほどの大きさの島で、人口約2,357万人であることからも、本の市場がそれほど大きくはないことは明白です。また、日本文化を受け入れる素地ができているため、ファッションやグルメが日本の流行をリアルタイムに受け入れているのと同様に、漫画や小説なども日本からの翻訳本が多く、ドラえもんを知らない子供はいないほどです。
逆を返せば、オリジナルのコンテンツが少ないのです。台湾の出版社である青文出版社の黄詠雪総経理を取材した記事によると、台湾では「2010年以降、市場規模は小さくなり、盛り返すことが期待できない状況が続いています。2014年の市場規模は227億NTDとピーク時の4割減です」ということです。また、以下も一部引用です。
出版社側の電子書籍に対するマインドが日本を含めたアジア諸国の中でも非常に消極的なのが大きな違いです。電子書籍に対する取り組みがとても遅いんですね。
その大きな理由が、書籍に占める翻訳タイトルの多さです。4万2,000点のうち半分以上が教科書・参考書で、その4分の1は翻訳書。セールスランキングの上位70%も翻訳書が占めています。台湾オリジナルのタイトルは少ないです。
このことが電子書籍化に当たってハードルになります。台湾で生まれた=自分たちで生みだしたタイトルであれば電子化も比較的容易ですが、外来の書籍ではそうはいきません。
● 台湾の電子書籍事情から見えてくるもの 大手出版社の若手社長はこう考える
どうやら台湾の出版界は、様々な理由で電子書籍には消極的なようです。とはいえ、それでも電子化は確実に進んではいます。ただ、台湾の市場はやはり小さい。
付き合いのある日本の出版社の担当者から、台湾支社を出したいと思うがどうかといった相談を何回か受けたことがあります。そんな時、私は躊躇なく率直に答えます。やめたほうがいいと。理由としては、漢字メディアの市場はそれほど大きくないということ。台湾では、政治家や大学教授でさえあまり本を読みません。若者はいまやネット世界の住人です。いくら本を出してもそれほど売れません。
そんな状況を変えようと、私はかつて「国民文化運動」という読書運動を推進したことがありました。世界各国の同志たちから寄付を集め、文庫を百冊つくることを目指したのです。しかし、最初のころこそは初版2,000部でしたが、それが500部になり、あっという間にいくら寄付金を集めても赤字補填に追いつかない状況となってしまいました。それほど本は売れませんでした。
具体的な数字を見てみると、宗教系出版物を含めても、2016年度の台湾出版業界の総売り上げは150億台湾元(約500億~600憶円)でした。ちなみに日本の出版市場の規模は紙の書籍と雑誌で1兆3,700億円程度(2017年)です。
台湾人の1週間の読書時間は5時間、日本人は4.1時間で、台湾人のほうがわずかに上回っていますが、それでも主要30カ国中で29位。ちなみに日本は30位だということです(2016年)。
中国でも出版不況は深刻です。中国で出版されている華字新聞や華字雑誌の多くは、中国の人民解放軍がメディアを牛耳るためのものであるため、内容がつまらなく、誰も読まないからです。そのほか、今はネットでのフェイクニュースも多く流れているため、台湾では「鳥龍(ウーロン)消息」(フェイクニュース)と言って信用されていません。
そもそも中国は人間不信の社会ですから、メディアさえ信用しないのが普通です。また、中国では言論統制があるため、メディアは人民を騙すためにあるようなものです。ネットユーザーは監視され、アクセス統制もされています。政府系メディアは、習近平体制内部のいいなりです。
中国では政府当局によって、出版社ごとの年間刊行点数が決められています。しかし、「中央に政策あれば地方に対策あり」と言われるように、政府の抜け穴をみつけて対抗しています。例えば、出版社一社につき年間の出版10点までと決められたら、10点すべてをシリーズ化して「続」「続々」という形で出していくのです。
一応、先の読書時間ランキングでは、中国人の1週間の読書時間は8時間で30カ国中で3位となっています。しかし、そのような統制に加えて、海賊版も溢れているため、金を払ってまで読もうという人がいないわけです。だから真の意味でのコンテンツ分野がなかなか成長しない。
そういう意味では、まだ言論の自由があり、海賊版が発生しにくい日本や台湾のほうが、まだ未来はあるとは思いますが…。
本を作るうえで日台の最も大きな違いは流通過程でしょう。日本の場合、紙の本は再販売価格維持制度(再販制度)があり、書店が勝手に値引きをすることは禁じられています。
台湾にはそれがありません。そのため、書店によって割引率が異なり、例えば、参考書を買うなら大学の近くにある書店が安いといった現象が現れるわけです。そういう意味では、日本よりは台湾のほうが、店のカラーを出しやすいのは確かです。
誠品書店といった大手が、魅力ある売り場づくりを工夫して人気を集める一方で、街の小さな書店は「独立書店」と呼ばれ、店主の好みを存分に発揮した品ぞろえを誇り、店構えや品ぞろえには様々な工夫を凝らしています。
台湾でも書籍離れは日本以上に進んでいますが、それでも私は台湾で出版したことで言論活動に入りましたから、やはり頑張ってほしい。
そこで、台湾各地の独自色を出している独立書店を数多く取材してまとめた本『書店本事 - 在地圖上閃耀閲讀星空』を紹介しましょう。本書では、『カフェを併設したり関連の雑貨を売るだけでなく、文化の発信源として、地域の交流の場として、そこに集う人々の生活を豊かにするべく奮闘している、個性的な独立書店を40店以上紹介』しています。いま、本書を翻訳出版するための、クラウドファンディングが募集されています。
● 出版不況にめげない!台湾の活力あふれる「独立書店」をまとめた『書店本事 個性的な台湾書店主43のストーリー』を翻訳出版したい!
私の個人的感想としては、台湾の作家たちもなかなか頑張っているのではないかということです。台湾はオリジナルコンテンツが少ないという話でしたが、若手の作家も少なからず登場しているし、世界でも有名になった絵本作家ジミーもいます。まあ、台湾では作家という職業が日本ほど尊敬されるものではないとうい事実もありますが。
特に昨今では絵本作家たちが頑張っている印象があります。少子化で、親が子供にお金をかけるようになったことも要因の一つでしょう。
そんな台湾の絵本を日本で紹介しようと動いているグループ「tai-tai books」は、期間限定ながら神保町の書店の一角を借りて台湾の絵本をまとめて紹介する活動をしています。こちらも「独立書店」と同じく、本を紹介するだけでなく文化の発信源として本を捉えているため、時には台湾のお菓子作り講座を開いたり、時には作家による講演会を開いたりと、幅広い活動をしているようです。
台湾では、日本のベストセラーがそのまま輸入され、台湾でもベストセラーになることが多いですね。やはり日本人が読んでいるものを、台湾人も読みたがります。だから日本のベストセラー作家の作品もよく翻訳されます。
台湾の書籍も日本で翻訳され、お互いの国の書籍が相互に読まれるようになれば、出版不況にあえぐ日本の出版界、台湾の出版界にとっても少しはプラスになるのではないかと思います。もともと両国の国民は感性や民族性はよく似ています。
台北での国際ブックフェアには、毎年、日本の出版社も数多く出店しています。同様に、台湾のコンテンツが日本でも読まれるようになれば、台湾の出版業も活気づくと思います。読書の秋に、そんなことを夢想しています。
image by:KenSoftTH/Shutterstock.com
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