9月20日、対中制裁関税第3弾発動を決定したトランプ大統領。長期の貿易戦争による経済制裁で中国は減退し米国は勝利するとの見方が強まっていますが、事態はどう収束するのでしょうか。国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは、自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で米中がやり合う様や周辺国の動向を解説し、もはや貿易の域を超え「米中覇権争いで混乱する代理戦争状態」だと分析しています。
覇権争奪戦としての米中貿易戦争
皆さんご存知だと思いますが、トランプ大統領は、対中制裁関税第3弾の発動を決めました。米中貿易戦争の結果、「世界貿易が縮小して、世界経済に危機が訪れる」と懸念する声があります。たとえば、ノーベル賞学者のクルーグマンさんは、こんな発言をしています。
「トランプ大統領が貿易戦争に向かって行進する中、私は市場の慢心に驚いている」と、クルーグマン教授はツイッターに投稿。「トランプ氏が行くところまで行って、世界経済を壊すのかは分からない。しかし、相当な可能性があるのは確かだ。50%? 30%?」と続けた。(ブルームバーグ6月20日)
クルーグマンさんは、第3弾発動決定のニュースを聞いて、「また、可能性が高くなった」と確信したことでしょう。そして、IMFも、
世界経済に「深刻な打撃」=米の対中制裁憂慮─IMF 9/21(金)0:35配信 【ワシントン時事】国際通貨基金(IMF)のライス報道官は20日の記者会見で、トランプ米政権が発動を表明した対中制裁関税の第3弾が及ぼす影響について、米中両国にとどまらず世界経済に「非常に大きな打撃をもたらす恐れがある」と強い懸念を表明した。
「世界経済に非常に大きな打撃をもたらす恐れがある」そうです。常識的に考えても、その通りでしょう。しかし、この話には別の側面もあります。
米中覇権争奪戦の時代
それは、「貿易戦争」が「米中覇権争奪戦」の一環だということです。なんのことでしょうか?
第2次大戦後、世界は「冷戦時代」、別の言葉で「米ソ二極時代」に突入しました。この時代は、1991年末のソ連崩壊で終わります。二極のうち一極がなくなった。それで、1992年から、「アメリカ一極時代」がはじまったのです。アメリカは1990年代、IT革命をけん引し、大いに繁栄することができました。
ところが、「アメリカ一極時代」は08年、「100年に一度の大不況」で終わりました。その後、「米中二極時代」がはじまったのです。この戦いは、2015年3月まで、明らかに中国有利でした。
そのことは「AIIB事件」を見てもわかります。アメリカは、親米国家群に、「中国主導のAIIBに入るなよ!」と脅していた。ところが、アメリカと特別な関係」にあるはずのイギリスがまず裏切り、これに日本以外のほぼすべての「親米諸国」がつづいたのです(AIIB参加国は、現在87か国!)。
衝撃を受けたオバマさんは、突如「天才リアリスト」にうまれ変わりました。彼は、ウクライナ問題、シリア問題、イラン核問題を鎮静化させ、中国バッシングを大々的にはじめたのです。国際金融資本もオバマさんに味方したので、15年、16年、中国経済は非常に厳しかった。そして、トランプも選挙戦中は「反中」だったので、私たちは、彼に期待していました。
ところが、2017年、米中覇権争奪戦は起こらなかった。理由は、おそらく二つあったのでしょう。一つは、トランプが習近平と会って、「大好き」になってしまったこと。二つ目、トランプは、「北朝鮮問題で中国の協力が必要だ」と考えていたこと。
しかし、1年経てば、誰でも「習近平は口だけだ」と気がつきます。それで、今年からトランプは「米中貿易戦争」を開始しました。
「核時代」の戦争形態
これは、何でしょうか? RPEではいつも、「戦争とは、武器を使う戦闘行為だけではない」という話をしています。
- 情報戦
これは、メディアを使って、敵国を「悪魔化」させるために行われます。たとえば、「慰安婦プロパガンダ」。これ、皆さん韓国に憤っているでしょうが、背後に中国がいるのです。
- 外交戦
外交力を使って、敵国を孤立させます。たとえば、中国は、朴槿恵を使い「告げ口外交」をさせ、日本孤立化を目指していました。
- 経済戦
尖閣中国漁船衝突事件が起こったとき、中国は日本へのレアアース輸出を禁止しました。あるいは、日欧米は、ロシアに経済制裁を科しています。
そして、必要があれば、私たちが「戦争」とよぶ「戦闘行為」が行われる。これは、普通、広義の戦争の「最終段階」で行われます(とはいえ、大国の「代理戦争」はわりとしばしば起こります。たとえば、ウクライナ内戦は、親米ポロシェンコ政権と、ロシアが支援する東部親ロシア派の代理戦争。シリア内戦は、ロシア、イランが支援するアサドと、欧米、サウジ、トルコなどが支援する「反アサド」の代理戦争)。
問題は、アメリカも中国も「核兵器を大量に保有している」こと。戦争が、エスカレートすれば、米中共に消滅することになりかねない。それだけでなく、地球そのものが破壊しつくされ、「人の住めない星」になる可能性がある。
というわけで、「大国間の大戦争(大戦闘)」は起こりづらくなっているのです。メインは、「経済戦争」に移行しています。たとえば、ロシアは、ウクライナでルガンスク、ドネツクを事実上の独立状態にすることができた。また、ロシアが支援するアサド政権は、欧米が支援する反アサド派を駆逐し、ほぼ全土を掌握しつつあります。そう、軍事的にロシアは、ウクライナでもシリアでも勝っている。
ところがアメリカは、「ロシアと戦闘しよう」とは考えない。どうするかというと、「経済制裁を強化しよう」と考え、実行するのです。それで、ロシア経済はボロボロになってしまった。
そう、これが今の「戦争形態」なのです。メインは、「戦闘行為」ではなく、「経済制裁」になっている。
覇権争奪戦としての貿易戦争
では、トランプの貿易戦争は、中国にどんな影響を与えているのでしょうか? 夕刊フジ9月20日付「日本企業、中国から総撤退も 米中貿易戦争激化で外資系が生産拠点切り替えか」を見てみましょう。この貿易戦争で、中国に勝ち目はないそうです。なぜ?
中国側の打つ手は限られている。
米国の中国からの輸入額は5,000億ドル強にのぼるが、逆に中国の米国からの輸入額は約1,300億ドルにとどまり、全ての米製品を報復対象にしても、金額面で同等の制裁を加えることは不可能だ。
アメリカは、中国から年間5,000億ドル輸入している。だから、5,000億ドル分に関税をかけ、中国経済に打撃を与えることができる。いっぽう、中国は、アメリカから1,300億ドルしか輸入していない。だからどうがんばっても1,300億分にしか関税をかけられない。だから、「アメリカが貿易戦争に勝利する」と。
そして、米中貿易戦争に危機感を感じている日系企業が中国から逃げ出していると、夕刊フジは報じています。
米国の対中追加関税第1弾と第2弾を受け、三菱電機は8月に、中国で生産し米国に輸出していた工作機械の生産を国内に移した。コマツは建設機械の部品生産の一部を中国から日本やメキシコに振り分けている。ダイキン工業は米国で製造する空調機の一部部品を中国から賄っているが、調達先の変更などを検討中だ。東芝機械も10月に自動車向け部品などを製造する射出成型機の生産の一部を上海工場からタイと国内の本社工場に移す計画だ。ユニクロを展開するファーストリテイリングも、米国への供給をベトナムなど中国以外の拠点に切り替えることを検討している。(同上)
誰もが知っている大企業が中国から逃げ出している。これが「米中貿易戦争」の結果ですね。この記事は、石平さんの、こんな言葉で終わっています。
トランプ氏の罠にはまってしまった習氏は日本企業を頼ったり、ロシアと経済一体化を進めるなどの対策を取らざるを得ないだろう。いずれにせよ、中国経済は『終わりの始まり』を迎えた
中国経済は「終わりの始まり」を迎えたそうです。RPEでは、13年前から、「中国経済は、2020年まで」と書いてきましたが、ホントにそんな感じになってきました。
「中国経済は終わりの始まりを迎えた」
安倍総理も、この言葉をよく記憶していただき、中国への接近しすぎにお気をつけください。
2次大戦。日本の敗因はいろいろあります。しかし、大きな失敗は、「負ける国を同盟国に選んでしまったこと」でしょう。日本は今、「勝つ側と同盟国」なので、このまま進めばいい。そして、トランプさんとの関係悪化は、なんとしても回避していただきたいと思います(シェールガス、攻撃型兵器の輸入を増やし、アメリカの対日貿易赤字を減らしましょう)。
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