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中島聡インタビュー「通勤の必要がない社会はそこまで来ている」

去る8月24日、メルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で“Windows 95の設計に関わった日本人”として知られる世界的エンジニアの中島聡氏と、“世界初のモバイルインターネット i-mode を世の中に送り出した男”こと夏野剛氏の2人が発起人となり、NPO団体「シンギュラリティ・ソサエティ」が発足しました。先日お伝えした発足イベントに先立ち、MAG2 NEWSでは中島聡氏への単独インタビューを敢行。そこで中島氏の口から直接語られたのは、日本や世界の「近い未来」に関する興味深いお話ばかりでした。

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シンギュラリティ・ソサエティが成功するカギとは

ーーまずは今回、シンギュラリティ・ソサエティを立ち上げたきっかけ、なぜ今このタイミングでの立ち上げになったのかを、教えていただけますか?

中島:そうですね。きっかけは色々とあります。

そもそも私自身はバブルの全盛期、NTTが世界一の株価総額だった時に、わざわざそのNTTを辞めて、当時無名のMicrosoftというベンチャー企業に移ったんです。まさに「失われた30年」の一番最初の時に、僕はその良いほうにポッと移ったわけです。

その当時にそういう行動をとるというのは、普通に考えるとものすごくリスクが高かったはずなんですが、今から考えれば全然リスクが高いわけじゃない。だから、もっとそういう動きををする人がいてもいいはずなのに、実際のところは日本において人材の流動化といったものは、あまり起こらなかったんです。こういう企業の新陳代謝が進まなかったことが、いわゆる「失われた10年」を20年に延ばし、またその20年がさらに30年へと延びている原因じゃないかと思っていて、そういう状況を何とかしたいとは常々考えていたんです。

その手の話は、自分のメルマガでもずっと発信してきたんですけれど、ただメルマガって一方通行なものなので、「何か一緒にやろう」とか「世の中を変えよう」という行動には、なかなか結び付かないわけです。私の投げたメッセージを受け取った人が動けばいいのかもしれないけれど、実際そういう人は大企業の中などにいて、日々の業務に忙しくてなかなか動けないということもあるでしょうし。そういう人たちに、ある良い意味の刺激を与えて、ゆくゆくはそういう人たちが集まって会社を創るとか、もしくは会社の中を変えていくとかということをするには、メルマガで訴えるよりも、双方向のコミュニケーションができるオンラインサロンがいいんじゃないかなというのは、以前から考えていました。何だかんだで2年に1回ぐらい会うホリエモンにも、「サロンをやるといいよ」と言われてましたし。

ただ、今のメルマガの読者からメンバーを呼び込んで、心地いい雰囲気のなかでサロンを始めるのもいいんだけれど、よくありがちなサロンでお金を取って、その資金でやっていくいうスタイルが、私にとってはどうもやりにくいというか、潔くないなと感じていたんです。そこで、どうしようかと悩んでいた時に、今年の4月が5月ぐらいのことだったんですが、たまたまお会いしたメルマガ読者の方に「NPOをやりませんか」と言われたんです。なるほど、確かにNPOとしてサロンをやれば、それは別に営利じゃないわけで、集まったお金は基本的に会員に還元、もしくは社会に還元すればいいわけですよね。

それにNPOという立ち位置で行動した場合、例えば様々な社会問題を解決するために、政府や地方自治体などに働き掛けないといけないケースもあると思うんですが、そういう時に営利団体ではなくNPOだと、とりあえずは話を聞いてもらえるんじゃないかということにも気が付いたんです。

そこでNPOを立ち上げて、そこでサロンをやると。サロンに集まったメンバーと一緒に知恵を絞って、例えば日本の少子高齢化の問題に取り組むんだり、自動運転社会をデザインするとかといった、具体的な行動を起こそうと考えたんです。

ーーそれにしても「少子高齢化の問題」や「自動運転社会のデザイン」など、扱おうとされているテーマがどれも壮大で、そこにまず驚いたんですが……。

中島:でも、みんなが「マズイな」と思っていながらも、誰もちゃんと動けていないことって、世の中にはいっぱいあると思いませんか。

例えば日本の少子高齢化の問題は、もう目前に迫っているじゃないですか。多分このまま10年、今のままで突き進んでしまうと、さらに人口が減っていって、地方のインフラはいよいよ成り立たなくなる。そうすると、鉄道が廃止になる、バスの本数は少なくなる、年取った老人はクルマを運転できないと病院にすら行けない。……そんな「2030年問題」とか「35年問題」と呼ばれるような状況が、もうすぐなんですよ。

そういう問題というのは、2030年が来てから解決すればいいわけじゃなくて、もう今から始めなきゃいけない。でも、実際のところはまったく始められていないんです。そのうえ、その始められていない理由というのが、例えば霞が関が力を出し過ぎていて、地方は補助金に頼り切ってるだとか、あるいはその補助金を狙ったコンサルティング会社が入り込んでいるだとか、果てはもう天下りがあるだとか、そういうつまらない理由で、色んなことが解決されていないということが多いんです。

そこで我々がNPOという立ち位置で、要は「ウチは儲けに来たんじゃないんですよ」というスタンスでポンと立って、「あなたはこうしなさい」「こちらはそうしなさい」という風にやっていけば、ひょっとしたら社会は変わるんじゃないかなと。だから、野望として大きい話のように思われるかもしれないけれど、できないことはないような気がしています。

ーーそういう風に解決するのにかかる時間として、やはり10年ぐらいは見たほうがいい、今から始めればギリギリ間に合う、といういうことでしょうか。

中島:はい。少子高齢化によって地方が崩壊するという、手遅れの状態になってしまう前に始めないといけないと思います。

それに日本の社会が抱えているの少子高齢化だけじゃなく、ゆでカエル状態の日本企業……経団連の年寄りたちが仕切っているような大企業が、競争力を失ってどんどんと潰れていってる状況というのも、大きな問題ですよね。今後はそういう会社から溢れる人間がどんどん世の中に増えてくると思うんですが、要はすっかり会社人間になってしまったその人たちが、転職先を探すにしても起業をするにしても、外のネットワークが全くないまま、世の中に溢れてしまう。そういう状況になるというのも、目に見えているわけで、そういう状況も何とかしたいなというのもあります。

ーー今は大きな会社の中にいる人たちも、社外にネットワークを作りましょうよ、というのも一つの目標なんですね。

中島:そうですね。現時点ですでにシンギュラリティ・ソサエティに参加している方もいるんですが、もういろんな人が入って来ています。例えばソニーとかパナソニックとかに勤めている、いかにも私のメルマガを読んでそうな人たちから、お医者さんや地方自治体の役人さんや大学教授まで……。そういった人たちと出会えるだけでも、今までと全く違う経験となるわけですよね。で、ソサエティのなかでそういう人たちと、一緒のプロジェクトに取り組むことで、だんだんと信頼関係ができれば、「将来、この人と働きたいな」という人物との出会いもあるかもしれない。

あるいは「本当はこれをやりたいんだけど、とりあえず安定した仕事があるからできない」といった状況の人が、シンギュラリティ・ソサエティを通じてプラスに解き放たれて、「じゃあ、これをやろう」という風になって欲しいというのもあります。今後ソサエティのなかで、いくつかのプロジェクトが立ち上がっていくと思うので、そのなかで出会った仲間同士が、それこそ全然関係ないところでベンチャー企業を興すのも、僕はアリだ思っています。

もちろん、ベンチャーを興すのが唯一の目的じゃなくて、私がやりたいと考えているアイデアの実現を手伝ってくれるのもいいですし、あるいは「こういうプロジェクトを自分の会社で抱えているんだけれど、どうもイノベーションが起こらない」というのを、企業秘密に引っ掛からない程度にソサエティ内で相談してもらって、みんなでブレストした結果を、自分の会社に持って帰って実行するのも構わないと思っています。

ーー今後、このシンギュラリティ・ソサエティが活動していくにあたって、どういった点が成功のカギになっていくとお考えでしょうか。例えば先ほどの“手遅れになる前に……”という話だと、スピード感はすごく大事になってくるような気がするんですけど……。

中島:そうですね。やはり、具体的な問題を解決するということを、なるだけ早くやっていきたいところですね。

例えば、少子高齢化で過疎化していく地方に住む老人たちの移動手段を、今後何とかしなきゃいけないという問題があるじゃないですか。でも、そこにいきなり自動運転車を導入しようという話にすると、突然長い話になっちゃうわけです。本気で自動運転車を入れようとすると、まず最初にものすごくお金がかかる上に、技術的・法的な問題点をいくつも乗り越えなきゃいけないので、結局は10年以上の期間がかかってしまうのは目に見えているわけです。

そんなことを長々とやっていてもしょうがないので、すぐに実現できる解決策として私が今考えているのが、例えばおじいちゃんが病院に行きたいなと思った時に押す「病院ボタン」。各家庭にアマゾンダッシュボタンみたいなのがあって、それを押すとクルマが迎えに来て、病院まで行けるというものを、地方自治体が配りますと。それが、ひょっとしたら10年後や20年後には自動運転車が来るかもしれないけれど、今の段階では人間が運転するクルマでやればいいじゃないですか。おじいちゃん側からすれば、自動運転でも人間が運転していても、サービスとしては同じだから。

ーーまずはそこで実績というかひな形を作って、その次の段階で理想形にもっていくと。

中島:そうです。そもそも乗り合いバスや乗り合いタクシーって、みんなで連絡を取り合って、病院に行く時間を一緒にしようみたいなことをしなきゃいけないのが面倒じゃないですか。そういう問題を、まずはインターネットとかの技術を使って解決してあげると。そういう会社を、別に私が立ち上げなくてもよくて、例えば地方自治体の第3セクターとかが立ち上げて、そのビジネスの設計とソフトウエアをシンギュラリティ・ソサエティが提供すると。それを実用化させているうちに、いよいよ自動運転車の時代がやって来たら、それに取り換えていけばいいだけの話なので。

確かに地方自治体の人を説得するだとか、お金をどこかから引っ張ってくるとかというのは、そんなに簡単な話じゃないと思います。ただ、どこかの地方自治体のパイロットプロジェクトとしてスタートするぐらいだったら、それこそ1年以内ぐらいに実現できてもおかしくないと思っているんです。そういうところから着実に、10年先の問題を解決するため、今ある小さな問題をひとつずつ解決していきたいなと。

ーーそうやって、ちゃんとストーリーを作ったうえで、提案していくわけですね。

中島 そう。そこまで持っていってあげないと、今の地方自治体の人からは、こういうアイデアってなかなか出てこないと思うので。だから「こういうふうにテクノロジーを使えば、こんなに安くできますよ」みたいなのを、僕らが提案してあげて、できればオープンソースでソフトウェアも作ってあげると。基本的に、どこの地方自治体でも似たような問題を抱えているので、ソフトウェアに関しては共有できますよと。

要は「なぜ立ち上げたのか」という実績を、まずは作っていく。シンギュラリティ・ソサエティに参加したメンバーとしても、「こういうことやった」という感覚があったほうが楽しいでしょうし。それに、こういうことをやっていると、実際にビジネスが生まれる可能性もあるわけです。NPOとして最初はやっているけれど、全国に地方自治体はもう何百何千とあるわけで、それらに対してサービスを提供していくんだったら、「それはもうスピンアウトして、営利企業としてやりましょう」みたいな流れは、別に全然あっても構わないと。

ーーゆくゆくはメンバーが巣立っていくみたいな……。

中島:そうですね。……僕もシンギュラリティ・ソサエティを立ち上げる前に、ベンチャーキャピタルをやったほうがいいのか、あるいはインキュベーションをやったほうがいいのかとか、いろいろ考えたんですが、やっぱりNPOという形がいいなと思ったんです。やっぱり今は、オープンソースの時代じゃないですか。だから、ビジネスのローンチとかもこういう風に立ち上げて、会社という形になる前の段階のインキュベーション……プリインキュベーションと呼んでもいいですけれど、それをシンギュラリティ・ソサエティでやると。それでプロジェクトとして立ち上がったら、ビジネスとして独立させると。そんなイメージですね。

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日本のシンギュラリティ時代への備えは遅れている

ーーそもそも中島さんの中では、「シンギュラリティ」という言葉の基本的な定義について、どういうふうに考えてられるのでしょうか。

中島:シンギュラリティというと、多くの人が「人間の知能を超える」とおっしゃるじゃないですか。でも、そもそも「知能を超えるという状態」とはどうやって測るんだ、という話ですよね。例えば「チェスで勝つ」なら定義はできるけれど、コンピューターが人間より賢いというのは、いろんな評価があるわけだから、「今日から超えました」みたいにひとくちで言えるものじゃない。だから、そこを議論してもしょうがないと思います。

ただ僕が思うに、本格的なシンギュラリティというか、恐ろしい状況になるというのは、やはり人工知能が人工知能を設計できるようになった時に、それは多分起こると思うんです。例えば今なら、Googleやfacebook、あるいはマイクロソフトとかにいる賢い人間が、人工知能を設計して何らかの問題を解いているわけですが、ある時点で人工知能が人工知能を設計するようになると。それが起こると、その人工知能が設計した人工知能が、どんな設計で動いているかが人間には分からなくなるので、それは怖いなと。

実際にそれは現段階でも少し起こっていて……。例えば、画像認識の人工知能を作るとするじゃないですか。そうすると、例えば画像内にネコがいるかいないかを判断できるソフトウェアはできるんですけれど、実際にどうやって判断するかというところは、作っている人はもう分からないんです。多分その中を覗いていくと、実は耳がとんがってて、2つあって……みたいなのを見ているんだというのは、結果論では分かるんですけれど、その中身はどんどんブラックボックス化しているんです。

単なる画像認識ですらブラックボックス化しているのに、将来的にその人工知能が人工知能を設計するようになり、かつ特定の問題を解くんじゃなくて汎用の人工知能を作り始めたら、それこそどうやって動いているか誰も知らないコンピューターが誕生するんですよ。

ーー確かにそれは恐ろしいですよね。

中島:そう。それが変なことをしても、なぜしたか分からない。そういうことが起こり始めると、本当に取り返しのつかないことになるな、とは思います。それがいつぐらいに起こるかというのは、ちょっと読みにくいですけれど。

例えば、セキュリティーカメラが自動的に万引き犯を見つけてくれる機能を作ろうとすると。それ自体はニーズとして、明らかにあるじゃないですか。だから、みんな作ろうとするわけです。で、それが完成すると、かなりの率で万引き犯を捕まえるようになるんですが、1,000人に1人ぐらいの確率で間違った人を捕まえてしまうと。でも、そのカメラがどうやって万引き犯を見つけているのかが分からないから、それは防ぎようがないんです。「僕はしていない」と本人だけは知ってるんだけど、それでも捕まってしまう……。そんなことが、多分もう10年以内に起こるんじゃないですか。

ーー今の万引き犯のやつもそうですが、シンギュラリティが進むことで、いろんな問題が起こることもあると思います。例えば我々の労働という面では、今後どういったことが起こるとお考えですか。

中島:例えば昔あった力仕事は、クレーンだとかショベルカーに置き換えられましたが、細かい作業は今でも人間がしていますよね。それと同じように今度は、知識労働者の中でもある意味定型的な仕事をしている人……ネットニュースで読者受けがいいタイトルを考えるとかというのは、まだまだ人間の役割ですけど、例えば社員が出してきた伝票から数字を拾い出して、それを入力するみたいな、そういった定型的な作業はAIの得意分野なので、近いうちに人間じゃなくて機械がやるようになっちゃいますよね。

こういう風に今後10〜20年ぐらいで、ホワイトカラーの人たちからガーっと仕事を奪っていき、その人たちが職を失う、もしくは最低賃金の仕事しかできなくなるということは、アメリカでは既に起こっています。よく、低収入の人から高収入の人まで、きれいなベルカーブを描くのが理想的って言われますが、このベルカーブがだんだん削られていって、下のほうがどんどん歪に膨らんでいって、あとはごく一部の金持ちがいるみたいな。そして、そこにすべての富が集中するみたいな状況は、ますます顕著になるんじゃないでしょうか。

ーーそんな話になっちゃうかもしれないということですね。

中島:アメリカの場合、数字を見るとすごいですよ。……正確な数値はパッと出てこないですけど、トップの1%がアメリカの富の20%を持っていて、トップ5%までいくと、もう富の80%を占めているとか。でも、それはしょうがない話でもあって、それに関してはちょっとまた別の話で解決しなきゃいけないんですけれど。

……とはいえ、今の社会システムや資本主義のまま進んでいくと、結局はAIとかを使って生産性を上げたり、利益率を上げることに成功した人たちにのみ富が行き、AIによって職を失った人が低所得者に流れ込むというのは、もう目に見えている。そこを何かをしないと、社会はすごく暗くなっちゃうと思います。

ーー全体的に見れば生産性は上がるんですけど、そこの個々にいる人たちはどうなるのかという問題は起こっているんですね。

中島:既にアメリカでは起こりつつあり、それが日本にも来て、国内情勢がすごく不安定になることも考えられる。人口の99%の人が、もう不満でしょうがないといったような……。そうしたら、「そういう人たちを助ける」「高収入者から税金いっぱい取るよ」と訴える人が、選挙で勝つわけじゃないですか。だから、何かは起こると思います。下手をするとファシズム的な人が……トランプなんかはその傾向があるんだけれど、そういう貧乏で困っている人たちからもてはやされる人が、変なことをしちゃうとか。別に金持ちから税金取るぐらいならいいんだけれど、人種差別をするとか戦争を始めるとか、そういう変な人間が選挙で勝つ可能性があって、それが考えられる一番暗い未来かなと。

シンギュラリティの時代になると人工知能が人間を支配するとか、そういうことを言う人もいますが、それ以前に、そういった人間がいるからこそ起こる戦争だったり貧富の差とか、そっちの問題のほうが先に起こると思います。

ーーそういう望んでもいない未来が来ることが考えられるとしても、この技術革新という波は止まらないものなんでしょうかね。

中島:止まらないですよね。でも、それはしょうがないです。解決すべき問題があれば解決するというのが、エンジニアの仕事なので、それが社会的にどう影響するかというマクロなところは、なかなか見られないものですし、だからといってその仕事を断れないですよ。

さっきの万引き発見ソフトみたいなものは、一番いい例ですよね。やっぱりそれはもう明らかにニーズもあるし、それをちゃんと作ればお金も入るから、エンジニアはガンガン作るわけですよ。でもそのせいで、本当に1,000人に1人か1万人に1人は冤罪を受ける人がいるんだけれど、それはしょうがないなみたいな。

ーーなるほど。世界はシンギュラリティの時代に着々と向かっているとのことですが、日本はその備えに関しては、やはり遅れているのでしょうか。

中島:遅れていますよね。シンギュラリティというのは別にこれから始まることじゃなくて、過去にパソコンが出てきて、インターネットが発達して、スマホが登場して……といった、もうその時代から始まっているわけですよ。そうすると、最近話題になっている“30年前のバブルだった時、企業価値世界トップ10が日本の企業ばかりだったのが、今はゼロ”というのが、日本のシンギュラリティ時代への備えが遅れていることを如実に表していると思うんです。

要はシンギュラリティというのは、今でこそちょっとしたバズワードで驚かれていますが、結局はIT革命ですよ。IT革命によって社会がガラッと変わって、そのなかで企業の新陳代謝が起こっているわけですよ。30年前に勝っていた会社と、今勝っている会社が違うのは当然なわけです、技術も違うわけだから。そこに日本のその会社がいないというのは、明らかに乗り遅れちゃったということで、それは新陳代謝がうまくいかなかったからなんです。

企業の新陳代謝というのは、元ある会社が生まれ変われるケースもあるけれど、通常は古い会社が潰れて別の会社が生まれるんですよね。さっき挙げた“企業価値世界トップ10”でも、アメリカの企業だと30年前はGEとかIBMが入ってたけど、今はその代わりにMicrosoftだったりFacebookという新しい会社が入ってるんです。それが、日本の会社に関しては新しい会社が一切なかったことについては、やっぱりよく考えてみて欲しいんです。

そう考えると、やっぱり日本という国はベンチャー企業が作りにくいという現実が見えてくると。お金は集まらないし、人材も動かない。そのうえ政府が、大きな企業を無理やり生き永らえさせているから、小さい企業にはお金が回ってこないし、ビジネスチャンスも回ってこない。そういう状況は打破しないとマズイですし、それは政治のせいとはいっても、変えるのはやはり民間の力でやらないといけない。志のある有能な人間が、既存の大企業から抜けて起業するとか、あるいは会社に残って内部から変えるとか。

今、日本の大企業を牛耳っている人間たちは、もう変わらないわけですよ。定年目前で逃げ切り状態なんだから、そういう人たちに任せてもしょうがない。だから、もし会社の中に残るんだったら、その人たちから力だったりお金を何とか奪って、社内で面白いプロジェクトをやる体勢を作る。それが無理だったら、辞めて自分でベンチャー企業を創るとか、それぐらいの動きを今しないといけないし、そのリスクを取る価値は十分あると思いますよ。

ーーそんな状況でも、中島さんから見て日本という国は魅力的なものなんでしょうか。

中島:魅力はあると思いますよ。賢い人間はいっぱいいるし、あと何だかんだ言ってみんな新しいものが好きなんですよ、スマホにしてもインターネットにしても、面白くて良いものを作れば、コンシューマーはついてきてくれる。

ーーそうか、そういう性質はありますね。

中島:僕がメルマガとかで日本はガラパゴスだって言ってるのは、そういう意味もあって、要するに日本というちょっと特殊な状況でバッと進化させたものが、世界で通用するみたいなことが起こってもおかしくないわけですよね。一番いい例がiモードで、残念なことに失敗したんだけれど、ゲームなんかではうまくいっているわけじゃないですか、ポケモンにしろ。だから、それに近いようなことは、今後日本から起こるかもしれない。

あと逆に、例えば少子高齢化の問題が激しく迫っているのは、世界の中でも日本だけですよね。他にないすごい進化圧がかかっているから、そこで解決したノウハウは、輸出できるかもしれないですよね。困っているからこそいじりようがあるというか、そういう伸びしろが日本にはあると思うんです。

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シンギュラリティ時代の「ノマド専門の住宅」とは

ーーそういうやっぱり、このソサエティもそうなんですけれどもっと教育とかもやられたいんじゃないかと思うんですが、どうですか。

中島:教育もプロジェクトのひとつとして立ち上げようと思っています。

最近は日本の小学校とかでも、インターネット教育を始めましょうだとか、児童にiPadを配りましょうという動きがありますけど、日本の場合その目的がいつしか「インターネットを入れること」「iPadを入れること」になっちゃうわけです。で、iPadを入れたらそこでみんな満足してしまって、役所は予算を使い切り、Appleは売り上げが上がり……で終わりなんですね。それじゃ、教育としてうまくいくはずがない。

そういうことは過去にもう何度も起こっていて、そのアプローチはもうどう見ても間違いなんです。そうではなくて、やっぱりもっと進化圧がかかった状況……例えば「自分の子どもは自閉症で学校に行けないけど、ちゃんとした教育を受けさせたい」というニーズ。マーケットとしてはものすごく小さいけれど、これはすごく激しい進化圧なわけです。

そんな人たちに向けた教育プログラム……学校に行けない子でも、インターネットやiPadといった道具を使って勉強できるようなシステムを作ってあげるというのは、ものすごく価値があるんじゃないかと思っていて、それはやりたいですよね。別に自閉症の子どもだけじゃなく、親がノマドで絶えず移動しているような家庭の子ども向けでもいいんですけど。

ーーなるほど。いじめで学校に行けない子どももいるでしょうし。

中島:そう。マーケットとしてはニッチだけれどニーズは確実にあるし、そのニーズがやっぱり強いところはいい進化圧がかかるので、いいものを作れるはずです。それに、こういうニッチを狙ったビジネスには、大きな企業は入ってこないから、それこそNPOでやればいいわけですよ。でも、それができてしまうと、その教育を受けたほうが普通の小学校に行くよりも、いい環境になるかもしれない。個人に合わせた教育ができるわけですから。

要は、教室と違って一人一人を見ていくので、賢い子はどんどん伸ばせばいいし、駄目な子はゆっくり指導していってあげられるので。そういうきめ細かな指導ができるのは、一人ずつ見ているからの利点があると。だから、結果としていい環境となる可能性が高いと思うんです。

こういった不登校児やノマドのための「教育システム2.0」は、先ほど話した自動運転時代を意識した人間が運転する新モビリティーサービスとともに、いち早く手掛けてみたいテーマですね。……あとは、実は住宅についても、ちょっと考えてることがあるんです。「ノマド専門の住宅」みたいな。

ーーそれはどういったものですか?

中島:家具とかが揃ってインターネットも完備している物件で、そこに1か月だけ季節がいいときに来て、そこで仕事をすると。1か月とかならビザも要らないから、ハワイに作るのもいいかもしれない。

基本はバケーションじゃなくて仕事に行くんで、「1か月単位でハワイで仕事をしないか」みたいな。それに1か月も居座るわけだから、オアフのワイキキのような観光地にある必要はないわけで、ちょっと不便な場所だけれど景色はよくて海岸があるみたいなところに、そういうのを建てて「1か月、働きませんか」って呼びかけたら、今の時代、来たがる人はたくさんいると思うんですよ。そういうのを、まずはハワイとかに造って、そのノウハウを今度は日本に持ってくると。地方自治体とかだと、人を呼びたいというところがあるから。

ーー例えば離島あたりに……。

中島:1か月居るだけなので、離島とかでも構わないわけですね。だから、今後のシンギュラリティ・ソサエティの切り口としては、移動・教育・住まい。……食べ物はまだ考えていないけれど、その辺をきちんと攻めるのがいいかなと。我々はシンギュラリティとかテクノロジーとか言っているけれど、実は取り組もうとしていることは、衣食住の問題といったすごく基本的なテーマなんです。

ーーシンギュラリティ時代の到来で働き方も変わるという話ですが、そのいっぽうでAIに仕事を奪われる人も出て来るとも言われています。中島さんは以前から、「今後はベーシックインカムという方法も一つの選択肢」とおっしゃっていますよね。

中島:そうですね。多分そういうベーシックインカムに近いものを、ゆくゆくは提供しないといけなくなると思います。でもその前に、その時のライフスタイルはどうあるべきかという議論はしなきゃいけなくて。

そう考えると、シンギュラリティ時代になると、財産を持つ必要があまりなくなると思うんですよ。もしくは財産を持てないんだけど、それでも生活は苦しくないという。そういう人こそ、さっきの「ノマド住宅」みたいなのがぴったりなんじゃないかなと。

別に大きい家を持つことも豪華な家具を持つことにもこだわっていなくて、ボランティアとかで世の中にちょっと貢献しつつ、楽しく暮らしていきたいと。そういった人のために1か月単位で暮らせる住宅があって、その費用がちょうどベーシックインカムでもらうお金で賄えるぐらいだったら、最高じゃないですか。

その場合、ハワイは無理かもしれないけれど、国内の過疎で困っている地域とかだったら、ちょうどいいんじゃないかなと。近所の農家とかとうまくコラボして、食材は近所から買って来ると。で、そこに共同キッチンがあって、みんなが交代で調理すると。要は、最低限のベーシックインカムがあれば、そこには住めますと。……それにしても、もったいないんですよね。日本には暮らしやすい場所がたくさんあるにもかかわらず、それが過疎化や少子化で消えていくというのは。

ーーやっぱり一極集中というか、そういう問題の解消は図っていかないといけないというか。

中島 ただ、先日ある地方都市の役所の人と話したんですけれど、やっぱり全然発想が違うんですよ。今言った「ノマド住宅」のようなマンション建ててと言ったら、「マンションはあり得ないですよ」「こんな田舎でマンションに住む人はいない」って、いきなり言われちゃって。それで何をしようとしているかと聞くと、「土地があるから分譲地として売りたい」って言うんだけれど、そんなの東京の人は絶対に買わないって。

ーー確かに(笑)。

中島:そもそも地方に住んでる人は、人はマンションなんかに住みたくないものだと思い込んでいるし、家は持つものだという発想で、その辺から今の人とズレているんです。クルマなんかでも自動運転の時代になったら、所有するものから必要に応じて借りる時代になるって言われてるじゃないですか。それと同じように、家もそうなるんじゃないかなと思っていて。

ーーそういう頭の硬い人たちの代わりに、これからの世の中のことを考えてあげるというのも、シンギュラリティ・ソサエティの一つの役割だったりするわけですね。

中島:そうですね。日本って、そういう新しいライフスタイルのある意味実験場として、すごくいい場所だと思うんです。特に今の東京って、その辺りの価値観が変化して来ている人が多いですから。

これを今のアメリカでしようとすると、「でも、やっぱり土地でしょう」っていう話になっちゃうんです。アメリカの成功物語というと、やっぱり大きい家を持って……みたいなのがどうしてもあるから。でも東京だと、それがもう既に成り立たなくなっている。土地を持とうと思ったら、通勤時間が1時間半とかになってしまうし、それが果たして幸せなのかという話になるわけで。

でも、じゃあ何が答えなのかというのが、今のところちゃんとしたものは誰も提供できていなない。例えば、ホリエモンぐらい尖った人なら「俺は家を持たない」とか言って、ホテル住まいを始めちゃうんだろうけど、普通の人はそこまでは距離がありすぎて、行けないんですよ。

ーー確かに、それは「堀江さんだからできる」っていうのはありますね。

中島:そこにギャップがあるんだけど、実際それは埋められると思うんです。しかし、そのギャップを埋めるアイデアは、地方自治体からも出てこないし、昔ながらの不動産ディベロッパーからも出てこない。だから、そこはきちんとニーズを持っている人たちから意見を聞いて、設計すると。

ーー最近は日本の企業でも、リモートワークを試すところも増えてきていますが、この「ノマド住宅」でその実験をしてもいいですよね。意外と仕事の効率が上がるかも。

中島:さっき話した「オンラインノマドホームスクール」のほうが、普通の小学校よりも効率が良くなる……みたいなのと同じで、リモートワークもうまくやると、普通の会社よりも生産効率上がると思うんです。日本の大きい会社って、何だかんだ言ってミーティングだとか取られる時間が、バカにならないほど多いですから。すでにソサエティに入ってきたメンバーでも、そういうのでお悩みの方は多いと思うので、まずリモートワークをやっていくための基本的なスキルとして、Slackの使い方を徹底的に教えようかなと。

Slackを使った僕らの仕事のペースを紹介してると、みんな目が点になるんですよ。例えば、僕は都内の電車の中で、有本君という友達は熊本で、岡島君はシアトルにいて、あるトピックに関して2時間ぐらいかけて話しているんですよ。で、僕は家に着いて、汗をかいたから「ちょっとシャワーを浴びてきます」とシャワーを浴びて戻ってきて、また話を続ける……というのも見せたりして「こうやって仕事するんだよ」と。こうすればミーティングとかで集まる必要もなくて、ちゃんと話が進むんだって。

そういうノマドライフスタイルでやっていくことで、以前よりも生産効率は上がるだろうし、同じ量の仕事をしてるのに自由時間が増えると。そういうSlackとかをうまく使った働き方は、最初はかなり敷居が高いというか、慣れていないから戸惑うと思いますけど、ぜひ実践して欲しいんですよね。

ーー最後にシンギュラリティ・ソサエティの将来についてですが、これから3年後、そして10年後に、どういう風な取り組みを行っていて、またどういう成果を挙げているかという展望を教えてください。

中島:3年後までには、今話したようなモビリティー・教育といったテーマに関しては、実際のプロジェクトがすでに動いていると。そのうえで教育のほうは、「これはすごい」と思ってくれている親が既にいる、そんな段階までは持っていきたいですよね。

モビリティーのほうは、全国の10か所の市町村でプロジェクトが立ち上がり、意外とうまくいっている。それでいて他の市町村もやりたいと言っている段階まで、3年後ぐらいには到達して、10年後ぐらいになるとそれが全国で当たり前になっている状況まで持っていければと。「放っておいたらローカル線はなくなり、バス会社も潰れ……みたいな状況になるのを、ソサエティが救いましたよ」というように言われるようになるのが、10年後の理想の姿ですね。

シンクタンクみたいなところは、ホワイトペーパーとか格好いいのは出すけれど、実際は何もやらないじゃないですか。でも、ウチは実際に行動するけど、ホワイトペーパーも書いていくみたいな。そういう風に確かな実績を積み重ねていけば、みんなも話を聞いてくれるようになると思うので、そこで政策提言を出したいんですよ。

政策提言と言っても、日本の政府だけに出すだけじゃなくて、もしかすると国連とかにも出すかもしれない。日本以外でもプロジェクトを立ち上げたいということで、NPOにしたところもありますからね。例えば少子化対策とか、それまでの日本で取り組んできた経験を生かして、ホワイトペーパーをどんどん出していって、それが世界各国で認められるという、そんな状況には10年後までには持っていければいいですね。

シンギュラリティー・ソサイエティ公式サイト

(聞き手・文/芳村篤志)

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時間:18時00分~20時30分(受付開始:17時30分)
場所:DMMセミナールーム(住友不動産六本木グランドタワー 24F)
住所:東京都港区六本木3-2-1
主催:一般社団法人シンギュラリティ・ソサエティ

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