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竹中平蔵氏の思惑通りか。安倍政権が入管法改正案成立を急いだ訳

12月8日に成立した出入国管理法改正案。決して充分な議論がなされたとは思えない中での与党による強行採決に批判の声も数多く上がっていますが、政府がここまで成立を急いだ理由はどこにあるのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』でその理由を探るとともに、この「理念なき移民政策」が日本にもたらす悪影響等を記しています。

理念なき“移民政策”がもたらす数々の不安

法案をほとんど白紙同然の中身で出してきて、さあ質疑をどうぞという。ハナから議論にならない入管法改正案が、例によって数の力による強行突破で成立した。

これまで、働くことを目的とした在留資格は、研究者ら高度な専門人材に限られていた。それを、いわゆる“単純労働にまで広げるのが改正の趣旨だが、制度設計は後回し。省令に盛り込めば事足りるといういい加減さだ。

決まっているのはほぼこれだけである。

相当程度の知識、経験を要する業務の従事者向けの在留資格は「特定技能1号」で、最長5年の滞在が可能だが、家族の帯同はできない。

熟練した技能を要する業務の従事者向けの在留資格は「特定技能2号」で、家族を帯同できる。条件を満たせば永住も可能。

「相当程度の知識、経験」と「熟練した技能」。また、それらを有しない人とはどうやって区別するのか。判断基準は定かでない

野党議員が制度についてどんな質問をしても、法務大臣らは「検討中を連発。受け入れ規模について、農業や建設業など14業種で5年間に最大34万5,000人と、いちおうの数字は示したが、とどのつまりは「法務省令で最終決定する」。

なんのことはない。これからどうにでも変えられる余地を残しただけだ。あえて、まともな議論を避けるかのようにして、成立を急いだ理由は何なのか。

少子高齢化で働ける人が減り、人手が足りない。企業はやりくりが大変。それはわかる。

だが、この法改正は事実上、日本が移民を受け入れる政策に転換したことを意味する。

技能実習生でも、最長5年の在留期間のあと「特定技能」に移行すれば、あわせて10年の在留となり、永住許可要件も満たす可能性が出てくるのだ。もとより、空疎な議論で決着させる性質のものではない。

安倍首相は移民法案であることを否定する。だが、政策転換の実質的な司令塔と見られる竹中平蔵氏は移民推進姿勢を明らかにしている。新著『この制御不能な時代を生き抜く経済学』に以下の記述がある。

移民政策の失敗には二通りがある。一つは受け入れないで失敗すること、もう一つはEU諸国のように受け入れすぎて失敗することである。日本はこのままだと前者になる可能性が高い。そのためにも早く移民法をつくったほうがいい。

加計学園問題でクローズアップされた国家戦略特区諮問会議で中心的な役割をつとめる竹中氏は、特区で外国人が家事代行サービスに従事できるよう提案し、それを実現させた。

竹中氏が会長をつとめる人材派遣のパソナはフィリピンの同業大手と提携し、2016年初旬から神奈川を皮切りに大阪、東京でも、フィリピン人スタッフによるハウスキーピングサービスを始めている。

さらに竹中氏は諮問会議を主導して2016年11月、国家戦略特区の外国人受け入れ分野に「介護を加えることに成功。その後、飲食店や宿泊業などのサービス業も追加した。

人材派遣会社に有利となる政策決定にパソナ会長である竹中氏が関与することについて「利益相反」との批判があるが、パソナ会長としてではなく大学教授の肩書で政府の有識者会議に参加しているから問題ないというのが竹中氏の理屈だ。ちなみに竹中氏は経済財政諮問会議や産業競争力会議のメンバーでもある。

特区で動き出した外国人労働者受け入れの波は、経済界の強い要望を受けて広がり、今年6月15日、安倍内閣の「骨太の方針2018」に新たな外国人の在留資格を設けることが盛り込まれた。この時の発表では、2025年までに50万人超の就業をめざす、とされていた。

だが、日本はすでに“移民大国”だといわれる。

都心のコンビニ、牛丼店、ドラッグストア、スーパーで働いている外国人はほとんどアルバイトの「留学生」たちだ。介護の現場、地方の農家、工場などでは「技能実習生」が働いている。その数、合わせて60万人近い

研究者や芸術家、経営者、医師、弁護士、ジャーナリストら、最長5年もしくは無期限の在留資格者を加えると、128万人ほどの外国人が日本で仕事をし、その家族を含め約247万人が住んでいる。OECDに加盟する35ヵ国のデータによると、ドイツアメリカイギリスにつぐ数字だ。

国際的に合意された「移民」の定義はないが、1997年の国連事務総長報告書にはこう記載されている。

通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12ヶ月間当該国に居住する人のこと

国会の質疑で、政府は「入国時に永住権を持っている人」が移民だと苦しい答弁をした。世界の常識からは甚だしくずれていると言わざるを得ない。

つまり、安倍政権は「移民」と認めたくないのである。日本人の血とか伝統、国柄を偏重する安倍首相の支持層に配慮しているゆえだろうか。

技能実習生の制度は日本の企業や農家などで働いて習得した技術を“母国の経発展に役立ててもらう”のが目的。留学生は日本に勉学に来たのであって労働者ではない。

だから、いずれも移民ではないというわけだが、事実として、働き手不足を、彼らの労働力で補っているのだ。しかも、その労働の実態は世界でもすこぶる評判が悪い

技能実習生が低賃金で長時間にわたりブラックな環境で働かされるケースも多いらしく、18年上半期に失踪した実習生が4,279人と過去最多だったことがわかっている。

有田芳生参院議員が12月6日の参院法務委員会で法務省作成の資料として明らかにしたところでは、実習生が2015~17年に計69人も死亡している。

死亡原因は事件・事故のほか、心臓疾患、溺死、凍死などだ。溺死が7人もいることについて有田議員が「なぜなのか」と追及したが、法務省は「これから調査すると逃げの答弁に終始した。

留学生には週28時間までのアルバイトが認められている。彼らの多くは、斡旋業者へ手数料などを支払い100万円前後の借金を背負って来日しているのだ。しかも、日本語学校の学費は年間70~80万円かかるらしい。

一部には、十分な教育環境を与えず、ブラック企業に留学生を斡旋している学校もあるという。夢破れて泣く泣く帰国する留学生が後を絶たず、日本の国際的信用に暗い影を落としている

安倍首相は臨時国会閉幕後の記者会見で、入管法改正の意義を強調した。

「全国的に深刻な人手不足の中、即戦力となる優秀な外国人材にもっと日本で活躍してもらうために必要だ」

だが、人手不足を埋めるという発想だけでは、現代の奴隷制度とさえ言われる劣悪な労働環境は改まらないだろう。移民を受け入れることによってこの国の繁栄をめざそうというなら、日本人と同等の労働条件社会保障のもとで在留できるよう法律に明記すべきではないだろうか。

国会の議論が形骸化されたことによって、移民の受け入れをめぐるさまざまな論点が置き去りにされた。外国人労働者を増やさないと本当にこの国はやっていけないのかという疑問を投げかける声もある。

「伝説のアナリスト」と称され、ベストセラー『新・観光立国論』などの著書で知られるデービッド・アトキンソン氏(小西美術工藝社社長)はこう指摘する。

日本の場合、まずは生産性の悪いシステム改善を目指して、男女の賃金ギャップを埋めることやワークシェアリングを進めることで、十分経済成長が可能です。これらのことをせずに移民を迎え入れようとしているのは、構造分析がまったくできていないからでしょう。今の日本が移民を受け入れたところで、上手くいくはずがないのです。…今議論されているのは、低スキルの人を迎え入れて日本で一定期間働いてもらい、極論を言えば、日本人の年金と医療費を稼いでもらうといった都合のいい話です。
(ハーバー・ビジネス・オンラインより)

人口減少に見合うよう、統合などによって企業の数を減らし、経済合理性のある経営を進めて労働生産性を上げれば経済成長はでき日本人労働者の賃金も上昇するという主張だ。企業の数を維持するために、低スキルの外国人労働者を増やしても労働生産性は低いままで、日本人労働者の賃金は逆に下がる可能性すらあるということだろう。

経済界の望む外国人受け入れ推進は、長期的な展望のうえに考えられたものとは思えない。目の前の不足を埋めることが目的だとすれば、外国人労働者は使い捨ての存在になりかねない。

拙速な法改正によって、受け入れ体制が整わないまま外国人労働者が一気に増えたら、少なからず社会の混乱が起きることは避けられないだろう。日本の将来像まで展望するのなら、あらゆる観点から議論し尽くすべきである。

ただし、いまや日本は海外の働き手にとって必ずしも魅力のある国ではなくなっているようではあるが…。

image by: 首相官邸

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