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習近平「米国との武力衝突に備える」発言に日本はどう振る舞う?

数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんが、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、混迷を極め、複雑化の様相を示す北東アジア情勢について紐解きます。そこで語られるのは、年明けに衝撃が走った習近平国家主席のコメントからの米中の武力衝突の可能性であり、日韓、米朝の衝突の可能性です。私たちの地域である北東アジアは今年、どうなってしまうのでしょうか?

北東アジアの混乱と日本の針路 ~米中との関係

2019年に入り、いよいよ北東アジア情勢が混乱の様相を示してきました。まず、米中関係ですが、現在、高級事務レベルでの会議を北京で開き、貿易摩擦および報復関税の応酬を解決すべく話し合いを始めていますが、その見通しは決して明るくありません。

またそれに加え、年初に習近平国家主席が「アメリカとの武力衝突に備える準備が必要」と公にコメントしたように、緊張は経済・貿易問題から国家安全保障問題へとシフトアップしてきています。

実際に、南シナ海および台湾近海で、米中の艦船のにらみ合いが頻発してきていますし、これまでトランプ政権内で“融和”を唱えていたマティス国防長官の退任を受けて、もう誰もトランプ大統領および側近の嫌中論に基づく挑発を止められなくなってきています。

そして、中国サイドも、昨年明らかになったように、完全にアメリカ側の出方を読み違え、その煽りを経済的に(そして国内政治においても)もろに喰らっています。アメリカ国内も党派を超えて中国に対する制裁やむなしとの姿勢に傾いていますので、もう米中間のチキンレースの様相を呈してきました。

そのような中で日本はどのように振舞うべきでしょうか。トランプ大統領から珍しく全幅の信頼を置かれていると言われている安倍総理ですので、アメリカが軍事的なオプションに傾かないように宥めることは可能かと思いますが、日米間にも通商問題の火種があることから、どの程度、アメリカの肩をもつのかも、微妙な外交的やり取りを要します。

同時に、安倍政権下で、中国との関係も良好な方向に改善してきていることから、習近平国家主席に対しても、決してアメリカとの軍事衝突に至らないように、少なくとも中国側から始めないように、宥めないといけません。対中では経済的な関係も非常に重要なことから、アメリカの同盟国としての存在は堅持しつつも、経済そして地域安全保障の観点から、いかに中国との関係を良好なまま保てるか。とてもデリケートで難しい課題です。

しかし、恐らく、現時点で、米中間の衝突を思いとどまらせるべく、中間で仲裁に動けるのは、日本だけであると思います。そういう点で、私は安倍総理と外務省には大きく期待をしています。(G20サミットの準備も必要ですので、直近のオランダ・英国訪問は致し方ないと思いますが、その後は、ぜひ米中の間に入っていただければと願います)。

日本が取り得る針路は、「どちらとも良好な関係を保ちつつ、“裏切らない友人”として、双方に軍事的な衝突は思いとどまるように、最後まで働きかける」ということでしょうか。

北東アジアの混乱と日本の針路 ~どうなる日ロ交渉

次に、気になるのはロシアとのやり取りに潜む微妙なバランスです。

昨年、プーチン大統領と安倍総理の会談を経て、長年の懸案事項である北方領土問題について、“進展”がありました。「1956年合意(日ソ共同宣言)を基礎として問題解決に当たる」という認識の共有ですが、これは「歯舞群島と色丹島の2島返還を先行する」という内容を含みます。それゆえでしょうか。『2島返還+α』という、まだ詳細については読めない提案が交渉のテーブルに乗っています。

今、本件で最も交渉が難航しているのは、「返還の場合、主権も日本が取り戻すことになるのかどうか」という点です。日本政府としては、当然、2島が返還された場合、それは日本の固有の領土として日本の主権下に入る、との認識ですが、ロシア政府側は、返還と国家主権の帰属については別問題との認識を示しており、なかなか決着の糸口が見えません。

ロシアサイドとしては、この2島については、ロシア化は遅れているとはいえ、過去70年にわたりロシア(ソビエト連邦)の下にあり、極東ロシアを構成する重要な拠点としての位置づけがあります。

特に現メドベージェフ首相は、北方四島の帰属問題については、非常にこだわっているとのことで、プーチン政権での極東ロシアの開発という重点課題の重要なパーツと見ていますので、「日本との共同開発・経済共同圏」といったアイデアについては、比較的フレキシブルな感じですが、歯舞群島と色丹島の2島についても“日本”の主権下に置くというアイデアについては否定的なようです。

そして、今年に入ってから耳にした情報なのですが、ロシアサイド(プーチン大統領やメドベージェフ首相など幹部)は、「北方領土問題の解決には、在日米軍の撤退が必要」という、日本にとっては到底受け入れ不可能なポジションをぶつけてきているとの内容もあります。

以前、このコーナーでも書いたのですが、プーチン大統領に限らず、ロシアが恐れているのは、日本に北方領土を返還した場合、そこに米軍基地ができるのではないかということです。

日米安全保障条約に含まれる内容では、アメリカは、必要に応じて、日本の領土・領海上に米軍の基地を設置できるというものがあり、それをロシアはとても警戒していて、今回の日本との協議においても、その点で「北方4島に米軍基地の建設は行わせない」という言質を日本政府側(特に安倍総理)から確保したいようです。とはいえ、日米安保条約の下で、一応、日本政府に確認はするが、決定はアメリカ政府とのくだりがあったような気がしますので、どこまで日本政府からの“確約”が効力を持つかは不透明ですが。

日本として出来ることは、まずその“確約”については行った上で、アメリカ政府に対しても「仮に4島が返還された場合でも、北方領土に米軍基地の設置を認めない」旨、公に通告することでしょう。繰り返しになりますが、その実効性は不明です。

ただし、先ほど述べた米中間の取り持ちを行い得る立場と、北方領土問題の解決に係るアメリカ政府に対する対応は、実は、無関係なようで、実際には切っても切れない関係にあり、非常にデリケートな取り扱いが必要になります。もちろん、「どちらの案件が先に進むか」というタイミングの問題もありますが、「安倍政権は、いつまでに北方領土問題の“解決”を目指すのか」という政治的なタイミングとも密接に絡み合っていますので、非常に難しい対応を迫られるかと考えます。

北東アジアの混乱と日本の針路 ~日韓関係の行方

次に、今、最も懸念すべき事項である日韓関係の行方です。徴用工問題、慰安婦の癒し財団の一方的な解散と日韓合意の否定に端を発し、最近では航空自衛隊P-1哨戒機への韓国海軍駆逐艦からのレーザー照射に至る、一連の日韓関係の緊張の高まりです。私は本件についてはあえてどちらかの肩を持つような言い方は避けますが(とはいっても皆さん、もうお感じになっているでしょうが)、レーザー照射問題ではどちらも振り上げた拳を下ろすきっかけを完全に失ってしまった感があります。

特に韓国軍側に蔓延する「どうせ日本サイドは何もできない」という思い込みの存在が、韓国政府内でも軍当局に対して厳しい対応を難しくさせている要因のようです。

今回、双方ともに“証拠映像”の公開に踏み切りましたが、日本サイドから公開された映像は、まだ一部であり、軍事的な情報・機密を含む部分はカットされています。(そして韓国サイドが公開した映像については、その信憑性は…)もし、日本サイドが保持する機密部分まで公にするような事態が来たとしたら、日韓間の鍔迫り合いはヒートアップすることになり、両国ともさらに退くに退けない状況に発展するでしょう。

そして、また今年になって徴用工問題でも新日鉄住金の韓国内での権益を差し押さえるか否かという問題が韓国の司法部で取り上げられてしまい、日本政府及び国内での韓国への非難が高まり続けています。それに比例してか、日本国民の嫌韓論の高まりが見られますし、国会議員の間でも「どうして政府はもっと強く出ないのだ」と対応に不満を示すケースも増えてきています。

韓国国内については、与野党および大統領府・外交部といった政府・議会では「日本への対抗策」が高らかに叫ばれていますが、韓国国民については、面白いことに、比較的冷静で、徴用工問題にしても、今回のレーザー照射問題でも、文大統領と外交部の対応のまずさを指摘し、日本との関係をこれ以上悪化させるのではなく、まず韓国国内で解決されるべき問題である、との声が多くなってきているようです。

しかし、10日には、文大統領自ら記者会見で「すべての責任は日本にある!」との日本批判を繰り返し、今後、政治レベルでの(そしてビジネスレベルでも)緊張がさらに高まることは必至でしょう。一度振り上げてしまった拳が両サイドにあることと、韓国軍サイドの“つけあがり”を文大統領および政府がコントロールできていない状況が存在しているため、今後、何かしら挑発行為が行われ、偶発的な衝突が起きてしまった場合、最悪のケースでは軍事的な衝突に発展しかねないと懸念しています。

その懸念が現実味を帯びてしまうかもしれないと考える裏には、アメリカの無関心と、中国の無関心があります。アメリカについては、文大統領および政権の北朝鮮への異常なまでの傾倒と、朝鮮半島問題のハンドリングにおいて、アメリカ飛ばしを韓国が行っていることに業を煮やしており、先日のハリス駐韓大使の言葉にもあるように、「米韓同盟がいつまでも存続するとは思ってはならず、在韓米軍もいつまでもいるとは限らないことを覚えておくべきだ」との内容は、有事の際に、アメリカは自国民は守るが、韓国は守らないとのメッセージとも受け取ることができます。

そして、トランプ大統領も文大統領をすでに見捨てており、北朝鮮問題では使えるうちは使うかもしれませんが、すでに信用は置いていません。ですので、日本との緊張関係の高まりに対し、アメリカが間に入ってくれる可能性はほぼゼロでしょう。

中国については、先に述べたように、習近平国家主席はすでにアメリカとの武力衝突さえ覚悟している様子がありますので、近所の出来事ゆえに関心を持って眺めているかもしれませんが、直接、本件に割って入ることはしてこないでしょう。それは、日中関係が比較的友好的である現状を重視していることに加え、四面楚歌状態になっている文政権をサポートする気は全くないからです。

ゆえに、仮に日本と韓国の間に軍事的な衝突が起きてしまった場合でも、中国は懸念こそ示すものの(いつもの外交部の報道官の記者会見などで)、自制を求めるだけで、何一つ行動は起こさないでしょう。そのような特殊な現状を踏まえると、仮に偶発的な衝突が起きてそれが軍事的な衝突に発展してしまったとしても、米中ともに、本件には実質的な介入はしないという見解になります。

もちろん、日本としては、通すべき筋はきちんと通し、できるだけ水面下で韓国政府との調整をすると同時に、国際的な世論にも訴えかけるべく、情報はどんどん提供し、他国からのバックアップ・シンパシーを得るように努力するべきですし、日本側から“偶発的な”事故を起こさないように細心の注意を図るべきでしょう。

北東アジアの混乱と日本の針路 ~米朝関係

そして、最後に日朝関係があります。北朝鮮の核開発やミサイルの問題は、日本の国家安全保障上、大きな懸念ですが、本件で、直接的な軍事オプションを日本が持たない中、残念ながら、日本が直接的な役割を果たすのは現実的ではないでしょう。懸念を表明し、国際社会との連携を促し続けることはもちろん必要ですが、ここでもやはり米朝首脳会談の成功を祈ることと、アメリカ・北朝鮮双方に対して、軍事的な衝突に発展しないように思いとどまらせる働きかけが精いっぱいかと考えます。

しかし、今月か来月に行われる可能性があると言われている米朝首脳会談の内容次第では、トランプ大統領の我慢の限界が来てしまい、対北朝鮮軍事行動に発展するかもしれません。特に2020年の大統領選に向けたアピール材料に飢えているトランプ大統領としては、アメリカ国内で「北朝鮮を信用するべきではない」、「北朝鮮のミサイル・核の脅威は受け入れ不可能」、「何らかの対策が必要」という声が高まっていますので、これまでの政権よりもはるかに簡単に、軍事的な行動に踏み切る可能性が高いと考えます。

その場合、どのようなことが起きうるか。

これまでアメリカがクリントン政権時代から何度か北朝鮮への攻撃を考えてきたにも関わらず、それを思いとどまってきたのは、隣国韓国への被害でした。北朝鮮による報復攻撃で、僅か38度線から80キロしか離れていないソウル市は火の海になる可能性が高いため、攻撃を躊躇してきた、というものですが、トランプ大統領が、もし、本当に文大統領を信頼しておらず、かつ事あるごとにアメリカに盾突く韓国など知らない!という考えであったなら、躊躇なく北朝鮮攻撃に踏み切る可能性が高くなります。

さらに、その可能性が高めているのが、中国は恐らく、朝鮮戦争時と違い、軍事的な介入を行わないだろう、とのアメリカ側の見解です。外交上は、北朝鮮の後ろ盾として機能し、ロシアとも差を付けているように動いていますし、実際に中朝国境に、「北朝鮮からの難民流入阻止のため」軍を配置していますが、その部隊が国境を超え、米軍と対峙するシナリオは描かれていません。

特に、仮に戦争になった場合、地上部隊の派兵ではなく、空中戦で決すると思われるだけに、非難こそせよ、軍事介入を行い、できれば避けたいアメリカとの軍事的な衝突に臨むことはありません。先述の様に、年初に習近平国家主席が「アメリカとの武力衝突にも備えるべし!」と号令をかけましたが、それはあくまでも直接的な対峙に備える場合で、“他国防衛”のためではないでしょう。

このシナリオがより現実味を帯びてくる情報もあります。朝鮮半島の後処理については、実は、米中ロシアで話し合いがされていて、仮にアメリカが“メンツの問題で”北朝鮮を攻撃することになっても、軍事的な介入はしない、という密約説です。陰謀説にあまり乗っかって話したくはないのですが、いろいろな情報を集めて分析してみると、ありえないシナリオではないということです。

日本は恐らく戦後処理および復興の資金と技術を提供させられる羽目になるでしょうが、比較的、短時間で決する可能性があります。もちろん、韓国抜きで行われる作戦です。

これ以上の詳細については、お話できませんが、今後の状況次第では、2019年中に大きな変化が朝鮮半島を襲うことになるでしょう。そして、日本にとっての肝心のマターである拉致被害者に関する問題ですが、現在、北朝鮮との直接的な折衝が実現していない中、解決の糸口はなかなかつかめず、仮に上述したような状況になり、北朝鮮が存在しなくなった場合は、問題の解決は非常に困難を極めるでしょう。戦後復興の作業と称して、独自に捜索活動を実施することはできるかもしれませんが…。

日米、日中、日ロ、日韓、日朝という複雑に絡み合った2国関係の糸に加え、米朝、米中、米ロ、米韓問題も絡む、非常に複雑なパズルになっているのが、現在の北東アジア情勢です。中東やラテンアメリカ、そして東南アジア諸国で起きている問題も深刻なものが多いですが、もしかしたら2019年以降の混乱の国際情勢の嵐の目になってしまうのは、そして第3次世界大戦のトリガーを引いてしまうのは、私達の地域、北東アジア地域かもしれません。

これまでお話してきたようなシナリオが、ただの妄想であるように祈っています。

image by: Alexander Ryabintsev, shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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