「ぬるい時代」だった平成を振り返って見えた、日本が進むべき道

 

熱気と高成長の昭和時代

昭和の時代戦後は熱気にあふれ、むんむんとしていた。1950年代から敗戦の傷あとが癒え始め、1960年代には成長路線を走りだす。1970~80年代は高度成長期に入り成長率は7~8%を誇った。電気洗濯機や炊飯器、調理器などの家電製品があふれ、若者や中堅サラリーマンは自動車に目を輝かせた。三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)、新三種の神器といわれるトランジスタラジオ、ステレオ、テープレコーダーなどの日本製品が世界中に輸出された時代だ。

品質が良く安い日本製品は、欧米の日常品を駆逐し、日本は製造王国になった。生活も豊かになり将来に不安を抱く人々は少なく、希望を感ずる人の方が多かった

成熟時代のゆるさから新産業を

だが、平成に入ると、昭和の熱気は徐々に薄れ、人々はガツガツと働いたり、買物に目の色を変えることもなくなっていく。昭和時代に十分にモノを蓄え、余暇生活をそこそこ楽しみ、海外にも足を延ばした。追い立てられるように生きたり、遊んだりするよりもゆったりとしたライフスタイルに魅力を感じ始めたのだ。まさに“ゆるさ”を受け入れる生活のほうが豊かだ、と感ずるようになったのだろう。

実は欧米の人々は10年から20年も早くそんな境遇に慣れ、日本はそんな欧米のライフスタイルを後追いしてきたといえるかもしれない。日本も成熟の時代になってきたのだろう。

平成後の新世界は成熟やゆるさを脱し、新しい経済世界、ライフスタイルなどを築くのだろうか。アメリカは製造業の世界からIT(情報産業)の世界を生み出し、今はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などの産業が世界を率いている。日本の得意はモノづくりにあった。日本はGAFAの後追いを目指すのではなく、得意な製造業から新しい境地を切り開いていって欲しいと願っている。

(Japan In-depth 2019年1月24日)

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ジャーナリスト。1942年生。慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、日銀、財界、ワシントン特派員等を経て1987年からフリー。TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務め、TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」に27年間出演。現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」出演。近著にウズベキスタン抑留者のナボイ劇場建設秘話を描いたノンフィクション「伝説となった日本兵捕虜-ソ連四大劇場を建てた男たち-」を角川書店より発売。著書多数。NPO「日本ニュース時事能力検定協会」理事、NPO「日本ウズベキスタン協会」 会長。先進国サミットの取材は約30回に及ぶ。

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【著者】 嶌信彦 【発行周期】 ほぼ 平日刊

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