トランプの語り口
以上のような国際情勢知識のイロハをトランプ大統領が理解しているのかどうかは分からない。しかし、2月6日にようやく実現した今年の一般教書演説を聞く限り、彼はマイク・ペンス副大統領やピーター・ナバロ補佐官のような狂信的な反中国派とは明らかに一線を画しているようだ。中国に触れた部分の全文は次の通り。
▼驚異的な経済の成功を築くためには、最優先事項として、数十年にわたる悲惨な貿易政策を転換させることだ。
▼我々は中国に対し、長年にわたって米国の産業を狙い、知的財産を盗んできた今、雇用と富を盗み取るのはもう終わりだと明確にしておきたい。我が国は最近、約2500億ドル(約27兆4000億円)の中国製品に関税を課した。財務省はいま、中国から何十億ドルも受け取っている。
▼しかし、我々を利用したと、中国を非難するつもりはない。私は、この茶番を許した我が国の過去の指導者と議員たちを非難する。私は習近平国家主席をとても尊敬している。
▼我々は今、中国との新しい貿易協定に取り組んでいる。しかしその新たな協定には、不公正な貿易慣行を終わらせ、慢性的な貿易赤字を減らし、米国の雇用を守るために、実質的で構造的な改革が含まれなければならない…。
「とても尊敬している(I have great respect for)」という言葉まで用いて、習近平との対話を絶やすつもりがないことを表明したのは結構なことである。とはいえ、対中国に限らず貿易不均衡を「勝ち負け」で捉えるというトランプの余りに幼稚な発想では、とうてい満足できるような結果が得られないことはハッキリしている。
米国が赤字を出している国に関税をかけて輸入を減らせば、確かに赤字は減るけれども、その輸入に頼っている米企業や消費者は困ってしまう。例えばの話、トランプの選挙演説会では「アメリカ・ファースト」を強調するために星条旗の小旗が打ち振られるが、その旗は米国内では作っていなくて中国製だと言われる。
またある国からの輸入が減ったからと言って、米国からその国への輸出が増える訳ではないから、両国間の貿易は単に縮小均衡に向かうだけである。問題の根本は、米国の産業競争力が劣化して世界に胸を張って売れるものがますます少なくなっているということで、それは米国自身の問題であって中国からの輸入を止めれば米国の産業力が蘇る訳ではないし、米国内の雇用が増える訳でもない。
要するに米国は、20世紀に世界一の覇権国だった時のプライドが壊れるのを恐れて、背後に迫る中国に向かって当たり散らしているだけで、そんなことをしても何の解決にもならないことをよく自覚していない。老いたとはいえまだ充分に体も大きく腕力もある元覇権国が、自分の居場所をよく認知できないまま徘徊して暴力的に振る舞い被害が広がるというこの困った事態を、中露欧日はじめ主要国が巧く分担協力して介護し、静かに寝かしつけることが、21世紀の多国間主義の最初の試練である。
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