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日本はチャンスを生かせるか?米朝会談決裂で開いた日朝交渉の扉

2月27日、28日にハノイで開催された米朝首脳会談は合意に至らず、物別れに終わりました。会談前に「成果は出ない」、「アメリカは交渉を焦らない」と分析していたメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者の島田さんが、会談決裂の理由を3つ上げ解説します。そして、日本に拉致問題解決のチャンスが巡ってくるかもしれず、しっかりとした準備と戦略を練る必要があると指摘しています。

失敗に終わった、第2回米朝首脳会談

2月27日と28日にベトナム・ハノイで開催された第2回米朝首脳会談。開催が決定してから当日に至るまで、「どうせ何も起こりやしない」という期待薄なコメントや、「トランプ大統領は、国内で起きているロシア疑惑の批判をかわすために、外交的な成果をアピールするため、大きな妥協をするのではないか」との懸念などが渦巻いていましたが、初日には両首脳とも積極的に“何かしらの合意”を出す意欲を示しました。

その意欲は2日目の会談開始時まではキープされていたようですが、非核化に関する根本的な内容で折り合いがつかず、協議は物別れに終わってしまいました。会談後のトランプ大統領とポンペオ国務長官の記者会見では、何とか前向きのイメージを出そうと懸命に見えましたが、結論から申し上げますと、会談自体は失敗に終わったと言えるでしょう。

何があったのでしょうか?理由はいくつか考えられますが、一番の理由は、完全なる事前調整不足かと考えます。第2回米朝首脳会談に臨むにあたり、直前まで高級事務レベルでの「合意文書」の文言調整が行われたようですが、調整がつかないまま、見切り発車で首脳間での会談が始まってしまった、というのが実情でしょう。

両国間で埋めることが出来なかった溝は、「非核化の定義づけとタイムラインを含むプロセス」についての解釈でしょう。2日目の会談の冒頭、記者からの問いかけに、金正恩氏は「非核化の話し合いをするためにベトナムに来た」と答えましたが、その“非核化”が意味する内容は、トランプ大統領の解釈とは異なりました。

「ICBMや既存の核兵器の破棄」、「寧辺の核施設を含む、すべての核施設の活動停止と破壊」、そして「核兵器の実験及び開発の中止」というのが、アメリカ側が提示した“非核化”の内容であったのに対し、北朝鮮側の“非核化”は、「核兵器の実験及び開発の停止」と「寧辺の核施設への国際的な査察団の受け入れと破壊」という内容に加え、「朝鮮半島の非核化」、つまり、「在韓米軍の存在への疑問符」も含んでいました。

会談に臨むまでの期間、トランプ大統領も何度かtwitterなどを通じ、在韓米軍の“在り方”の見直しについて言及したり、「非核化については、急がない」といった発言を繰り返したりしていましたが、非核化の意味する内容が、根本的に違ったようです。自分と金正恩氏との直接会談で何とかdealを引き出そうと狙ったようですが、思いのほか、金正恩氏の立場は硬かったようです。

2つ目は、北朝鮮側がアメリカの「合意を欲する度合い」を見誤ったのが理由だと考えられます。「ロシア疑惑に関する捜査が大詰めを迎え、年当初から議会運営でも苦戦しているトランプ政権は、失地回復と事態の改善のために、北朝鮮との“合意”をアピールしたいと望むはずだから、大きな妥協をするだろう」というのが、北朝鮮側の読みだったようです。

その表れが、今回の会談を失敗へと導いた「対北朝鮮制裁の全面撤回」という要請に見て取れます。一種の賭けにも思えますが、アメリカサイドの関係者からの情報では、2月28日午前の会談時にこの要請が出された時点で、トランプ大統領は「話にならない」との反応を示し、今回の会談での合意を諦めたようです。

それは、“非核化”(注:アメリカ側の定義での非核化)については、ゆっくりでいいが、それに比して制裁の解除もゆっくり、段階的に行う、というのがアメリカサイドの譲れないライン(red line)でしたが、北朝鮮側からの要請は、そのred lineを大きく超える内容であったというのが理由です。

その要請が出された時点で、予定されていたランチ会も、合意文書への署名“イベント”もすべて吹っ飛んだ、とのことです。トランプ大統領からの拒絶に遭い、金正恩氏は交渉の席を立って、挨拶もなく帰国の途に就いた模様です。

3つ目は、メディアなどでは報道されませんでしたが、会談における金正恩氏の発言内容から、韓国の“裏切り”について、トランプ大統領が確信を持ったというのも理由のようです。

対北朝鮮制裁の要として、日米韓による包囲網が挙げられますが、昨年6月12日の第1回米朝首脳会談以降、韓国政府のフライング行為が相次ぎ、公海上での瀬どり(原油の密輸)や、南北経済協力の実施、そして38度線からの“国連軍の撤退”などが、同盟国への相談もなく進められました。

暴走する韓国政府に対して、ボルトン補佐官やハリス駐韓大使などを通じて再三警告が出されましたが、文大統領は聞く耳を持たず、文政権への批判的な立場をとる国内勢力の表現を借りれば、ひたすら北朝鮮への“貢”(みつぎ)行為を繰り返した結果、トランプ大統領からの信頼は完全に失墜していたようですが、今回の会談で、金正恩氏から韓国による支援についてのimplicationsが出されただけでなく、“南北は一枚岩”との表現が繰り返された模様で、それがトランプ大統領の逆鱗に触れたという事情もあったようです。

帰路にAir Force Oneから文大統領にも電話を入れているようですが、「韓国への報告」ということではなく、実際にはトランプ大統領は自らの怒りを文大統領にぶつけたようです。結果、両首脳の協議は物別れに終わり、合意文書の署名も合同記者会見もなくなり、次回会合の予定にも言及がないまま、今回の会談は終わってしまいました。まさにfiascoでしょう。

では、今回の会談は完全な失敗だったのでしょうか?私は、合意こそ得られなかったが、トランプ大統領はred lineを見失うことなく、無駄に大きな妥協をせずに済んだという点では、失敗とは思えないと考えています。

外交での得点稼ぎのために大きな妥協をしてしまい、北朝鮮側の一方的な勝利に終わる、との懸念もありましたが、そこは踏みとどまったということでしょう。チャンネルはアメリカ側からは閉じないが、再度会談に臨むのであれば、受け入れ可能な内容を準備してこい!というメッセージも、きちんと北朝鮮側に突きつけることが出来た模様です。

そして、今回、物別れに終わったことは、日本にとっては、もしかしたらよい結果だったのではないかと考えます。トランプ大統領からの報告を受けた後に会見した安倍総理の発言(「次は私と金正恩氏が直接に話し合う番だ」というもの)からも感じ取れますが、米朝首脳会談がうまくいかなかったことで、2002年のケースの様に(ブッシュ大統領が北朝鮮を悪の枢軸と呼び、両国関係が極限まで緊張した)、北朝鮮側から日本に対して交渉・協議のドアが開かれる可能性が出てきました。

北朝鮮としては、韓国を味方につけているとはいえ、日米の強固な包囲網と、ロシア・中国の制裁への参加は、北朝鮮経済に対しての大きなブローとなっているため、日本と接近することでその包囲網を弱めたいという働きかけが行われる兆しが見えています。

今回、トランプ大統領も拉致問題に言及し、「安倍総理は拉致問題の解決に本気で臨んでいるから、日本からの支援を期待するなら、相当の覚悟を持って臨んだ方がいい」と伝えているようですので、米朝間の対話が停滞する中、もしかしたら日朝協議のチャンネルが開かれる可能性が高まったと見ています。

もしそうなら、このチャンスを無駄にしないよう、しっかりと戦略を練って挑まないといけないでしょう。恐らく、拉致問題に関する協議は、これがラストチャンスになり得ると思われます。

中国にとってはどうでしょうか?習近平国家主席は表だって発言はしていませんが、今回の米朝間での協議の決裂は、月末までに開催予定の米中首脳会談の行方にも大きな影響を与えるのではないかと恐れているようです。北朝鮮の後ろ盾という立ち位置を、米中協議において活かせないということと、今度はトランプ大統領の外交上の攻めの矛先が中国に向けられることになり、米中首脳会談もかなり中国にとって厳しいものになりかねないと思われます。

実際に、トランプ大統領がベトナムに立つ直前まで高級事務レベルでの調整が行われていましたが、まだ米中間でも歩み寄りが必要なcritical issuesが山積しており、両国間の立場の溝は広いことから、来週以降のトランプ大統領の対中発言に戦々恐々としている模様です。そして、今回の米朝首脳会談がうまく行かなかった原因の一つとして、中国の過度な介入をアメリカが問題視しているらしいことも気になります。

「次回会合の予定がないこと」、「必ずdealを作って見せる」としていたトランプ大統領の顔をつぶしたとの意識、米国内で進むトランプ包囲網…これらが、トランプ大統領に“切り札”を切らせることにならなければいいなと望んでいますが、実際には軍事的なオプションがかなり現実味を帯びてきた気がしてなりません。

今回の米朝首脳会談の頓挫を受け、北東アジア情勢は一層緊張感を増してきたように思えます。

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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