3月19日、ゲームのストリーミング配信サービス「Stadia」を発表したGoogle。ゲーム機不要、さまざまなOS上でプレイ可能であることから、「ゲーム界の革命」とまで書き立てるメディアもあるほどですが、そこに「死角」はないのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアの中島聡さんが、プロの目で見たStadiaの3つの問題点を挙げています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年3月26日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
ゲームのストリーミング配信
Googleが先週、Game Developers Conferenceでゲームのストリーミング配信サービス、Stadiaを発表しました(参照:All the Details About Stadia, Google’s Huge Bet on the Future of Gaming)。
ゲームのストリーミング配信とは、ゲーム・アプリケーションそのものはサーバー上で走らせ、そこで生成された映像のみを端末側にストリーミング配信し、ゲームを遊んでもらうというスタイルのビジネスです。
端末側は映像の再生とユーザーの入力処理だけをすれば良いので、それほど高性能である必要はないし、汎用的な再生アプリ(Stadiaの場合は、Chromecastアプリ)だけあれば良いので、ゲームの機種依存性もなくなります(Stadiaの場合、iOS、Android、Chrome OS、macOS、Windows上で動きます)。
ゲーム・アプリケーションの端末側へのダウンロードは不要なので、違法コピーや中古販売などは実質不可能で、ビジネスモデルとしては、遊び放題の月額課金サービスがマッチしています。
ゲームを作る立場から見て、最も魅力的なのは、「マルチプレーヤー・ゲームにおける物理演算の誤差問題」が100%回避出来る点です。3Dゲームでは、物体同士の接触判断とか、重力による落下などを、クライアント側の物理演算で処理していますが、マルチプレーヤー・ゲームの場合、通信遅延によるクライアント間の計算結果に誤差が生じるため、同期させるための何らかの補正をする必要があり、それが本当の意味でのリアルタイム物理演算を使ったゲームプレーを不可能にしています。私自身も、Unityを使ったマルチクライアントの物理シミュレータを作った時にこの問題で悩まされた覚えがあります。
しかし、Stadiaのようなアーキテクチャの場合、マルチプレーヤー・ゲームにおける物理演算は1つのサーバーで行い、各クライアント向けのレンダリングのみ個別のサーバーで行えば、上に書いた「物理演算の誤差問題」を完全に排除出来るのです。
その意味では、とても「Googleらしい」アプローチで、スマートフォン向けのゲーム市場だけでなく、Sony PlayStation、Microsoft Xbox、Nintendo Switchなどの「据え置き型ゲーム」に対しても脅威になる可能性が十分にあります。特にYoutubeとの連携はGoogleにとっての最大の利点で、「上手なプレーヤーが遊ぶのを観る」ことがスポーツ観戦に近づきつつある今、Youtubeというプラットフォームが力を発揮できるのです。
私自身、作りたいゲームの企画を2つほど抱えているのですが、その1つにとてもマッチしているように思えるので、それがビジネスとして正しい判断なのかどうかの評価を始める予定です。
しかし、ゲームのストリーミング配信には3つの欠点があります。
1つ目は、ネットワーク遅延です。端末側で操作をしたという情報がサーバーに送られ、それを処理してから映像として返されるまでに、どうしても数十msの遅延が生じてしまいます。その遅延が、ゲームの微妙なバランスを崩してしまう可能性があるのです。
優秀なエンジニアを数多く抱え、かつ、データセンターを世界各地に持つGoogleなので、この遅延を最低限に抑える工夫はしているようです。コントローラーからの入力を端末側のアプリで処理をせずに直接サーバーに送ってしまうなどは、素晴らしいアイデアです。
しかし、通信経路そのものから生じる遅延をGoogleが全てコントロールすることは出来ないので、それがユーザー体験にどんな影響を与えるかが若干疑問です。家にまで光ファイバーが来ている環境では楽しめても、4Gネットワークに接続したスマホからでは遅延が大きすぎて楽しめない、などの可能性はあると思います(これから5Gを売り込もうとしている通信事業者にとっては、格好の宣伝材料になるかも知れません)。
2つ目は、通信コストです。ADSLや光ファイバーで繋がっている環境では、通信料は月額固定なので、どんなに帯域を使っても問題はありませんが、通信網に繋がったモバイル端末の場合、一月の通信量に制限があるケースが多いため、ゲームをストリーミング配信で楽しんでいるとすぐに制限を超えてしまい(いわゆる、「ギガが足りない」状態)、(Wifiにでも接続しない限り)ゲームが遊べなくなってしまう可能性があります。
3つ目は、インフラコスト(ハードウェア+電力+通信料)です。Googleは、サーバー側にはプレステ4やXbox One Xよりも高性能のゲームサーバーを用意するようですが、本格的な3Dゲームは、サーバーのリソースを大量に使うため、多重化にも限度があります(多重化は一切考えていない可能性すらあります)。プレステ4のGPUが4.2 teraflops、StadiaのGPUが10.7teraflopsなので、プレステ4と同じ性能を出そうとすると、2人同時接続が限度になります。つまり、100万人が同時接続して遊ぶには、サーバー50万台が必要になります。
ちなみに、最新のプレステ4の消費電力は200Wなので、一人のユーザーが同程度の電力をサーバー側で消費すると予想できます。すると、一人のユーザーが1日5時間遊んだとすると、1ヶ月で30kWhを使うことになります。Googleならば電力の仕入れ値は1kWhあたり10セント以下なので(ビットコインのマイナーは、3~ 9セントを支払っているそうです)、月々の電気代は高々3ドルという計算になります。
GoogleはStadiaの価格をまだ発表していませんが、Netflixの映像ストリーミングサービスやMicrosoftのGame Passと同様の月々10ドル程度と考えると、電気代だけで3ドルというのは結構高いように私には思えます。それ以外に、通信コストやハードウェアの減価償却費を考えると、粗利益が50%を切ってしまい、ゲーム開発者にロイヤリティを払っていたらビジネスになりません。
ちなみに、Netflixは通信コストを節約するために、AkamaiなどのCDNサービスを使っていますが、ゲーム配信の場合は、一人一人に異なる映像を配信する必要があるため、CDNは使えません。
1ユーザーあたり200Wという見積もりが高すぎ、実際には50Wぐらいで抑えることが出来るのかも知れませんが、こんな風に計算してみると、ゲームのストリーミング配信ビジネスというのが、必ずしも通常のSaaSビジネスのような高い粗利益率(80%程度)で運営できる「割りの良いビジネス」ではないと、直感的には感じられます。
Googleがそれだけのリスクを背負ってこのサービスをローンチするということは、なんらかの「勝因」があるはずで、それが実際には「サーバーの運営コストが上の試算よりもずっと低い」のか「ユーザー一人から月々10ドル以上の売り上げを上げる公算が十分にある」のかは、今回の発表だけでは分かりません。
image by: Stadia - Home | Facebook
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