いまの安倍政権を見ていると、あえて言いたくなる。夜郎自大に陥らず、欺瞞的な宣伝文句に頼らず、失敗は失敗として認め、現実の日本に向き合って、新しい地平を開くべきではないかと。
安倍首相の思想には、大戦で崩壊した「大日本主義」へのノスタルジーが色濃い。
戦前、「大日本主義を捨てよ」「植民地を放棄せよ」と説き続けた石橋湛山は産業主義・自由主義・個人主義を3つの柱とする「小日本主義」を唱えた。
欲が戦争という悲劇を生む。領土への妄執を棄て、自由と平和に生きよ。仏教的な生の知恵と西欧のヒューマニズムがみごとに調和した簡明な主張である。
戦後の自由と平和を所与のものとして育ってきた安倍晋三という人には、戦後に日本人が得た大切なものを軽視する傾向がみられる。
権力を委ねられている為政者には、国民にできるだけ正確な情報を開示し、メディアのいかなる批判も受け止めるという、民主主義国ならあたりまえの心構えが必要だが、彼にはそれが乏しい。
今国会の焦点になっている毎月勤労統計問題への対処もそうだ。
アベノミクスの数値をよく見せるために官邸が関与したのではないかと、取りざたされているにもかかわらず、統計手法の変更を行った経緯の詳細を明確にしようとしない。
そんな政府の姿勢は、安倍首相流の反個人主義、反知性主義的傾向によるものであろう。
3月20日の参議院総務委員会で、杉尾議員が、毎月勤労統計に関する厚労省特別監察委員会の“第三者性”について、「総理は高く評価しているのか」と問うたところ、安倍首相はこう答えた。
「特別監察委員会の樋口委員長は統計の専門家だ。しかも元最高検検事を事務局長に迎えており、中立的客観的な立場から検証作業を行っていただいた」
問題は報告の中味なのに、それには一切ふれないで、統計の専門家や元最高検検事がやっているから信頼できると言う。
だが、報告書には、昨年1月から賃金変化率上振れの原因となった統計手法変更について、当時の加藤大臣や担当者から詳しい聞き取りをした形跡がない。
弁護士、大学教授、ジャーナリストら9人で構成する「第三者委員会報告書格付け委員会」は「独立性、中立性、客観性のかけらもない」と、特別監察委報告を厳しく批判している。
御用有識者をメンバーとする監察委員会が、厚労省大臣官房のお膳立てでまとめるのでは、とても真実に迫ることはできない。せいぜい厚労省の組織防衛に一役買うくらいのところだろう。