昭和16年、「総力戦研究所」なるものが内閣直属機関として発足した。当時は近衛文麿が内閣総理大臣だった。「国家総力戦に関する調査研究」が目的で、若手の官僚や少佐、大尉級の武官、エリート民間人が集められ、「模擬内閣」を構成して、対米英戦について、“内閣”としての見解をまとめる議論を進めた。
その結論は昭和16年8月27日、首相官邸大広間で発表された。会場には総力戦研究所のメンバーだけでなく、第三次近衛内閣の閣僚たちも顔をそろえた。もちろん、のちに首相となる東條英機陸軍大臣の姿もあった。
猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』に、その時の結論がこう記されている。
12月中旬、奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから日米開戦はなんとしてでも避けねばならない。
模擬内閣の“閣僚”たちは、それぞれの所管における基本データを揃えていた。たとえば、商工省にいたメンバーは鉄やアルミニウムの製造能力を把握していた。彼らにしてみれば、米英との戦争に勝ち目がないのは自明のことだった。
彼らは「総力戦」を、武力だけではなく、国力全体が動員されるものと定義した。たとえば、鉄や石油が戦争に費やされば、民間工場の使用分が減り工業生産力が低下する。そうなると長期的な国力は疲弊し、勝ち抜くことは不可能だ。出身官庁や企業で毎日のように経済的な国力の数字を扱っていたからこそわかるのだ。
大戦に至らず引き返す道はいくらでもあった。なのに、統計的なデータに裏打ちされた合理的な判断を無視し、軍部とメディアの作り出した戦意高揚の空気に押されるように、上層部は戦争に突き進んだ。
安倍政権は実質賃金が下がり続け、個人消費が低迷しているにもかかわらず、戦後最長の景気回復が続いているとうそぶいて、アベノミクスの不都合な真実を覆い隠している。
前年と共通する事業所で比較した2018年の「実質賃金」変化率をいまだ公表していないのも、隠蔽的姿勢の一つだ。総務省統計委員会は、賃金の動きをつかむには「共通事業所」を重視すべきだとしている。
ところが、厚労省は、共通事業所での変化率を「名目賃金」では公表したのに、なぜか「実質賃金」は公表せず、有識者の検討会で議論しているなどと言い、時間稼ぎをしているのが実態だ。
野党や専門家の試算では、共通事業所の実質賃金変化率は、マイナス0.3%ほどになる。18年に賃金が大幅上昇したと宣伝してきた安倍政権は、マイナスの数字を出したくないのだろう。
大本営発表は戦況の悪化を伝えず、情報から遮断された国民はB29の来襲に逃げまどい、街は焦土と化した。
「経済敗戦」「外交敗戦」の危機が迫っている。今のうちなら、それを回避する道は見つかるだろう。問題は、事実を直視しようとしない安倍政権の体質だ。
image by: Twitter(@首相官邸)