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台湾脱線事故で「問題なかった」はずの日本車両が訴えられる理由

2018年10月に台湾で起きた特急列車の脱線事故に、新たな動きがありました。台湾鉄路管理局は4月5日、車両を製造した日本車輌に対して賠償請求する方針であることを表明。当事故について、「日本製の車両に問題は無かったか?台湾脱線事故を識者が徹底検証」などでも取り上げてきた、作家で世界の鉄道事情に詳しい冷泉彰彦さんは、今回の動きについてどう見ているのでしょうか。冷泉さんは今回、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で改めて自らの事故原因に関する仮説を記すとともに、日本車輌の「対応ミス」について批判的な見方を示しています。

低姿勢が裏目、台湾事故における日本車輌のミスを考える

台湾北東部の宜蘭県にある宜蘭市郊外の新馬駅構内で2018年10月21日に発生した特急列車の脱線事故は18人が死亡し180人以上が負傷という惨事になりました。

その後、この特急列車の車両を製造していた日本車輌は運転士が安全装置ATPを切っていたことが指令に伝わらないという配線ミス」を起こしたとして、謝罪するという一幕がありました。それだけでなく、日本車輌は「配線ミスをした36編成の修理を無償で行うということまでしています。

これに対して、台湾鉄路管理局(台鉄)はこの4月5日になって日本車輌などに対して責任を追及する方針を明らかにしました。今月末にも文書を送付し、責任追及後に損害賠償について話し合うとしているのです。

当初からイヤな展開と思っていたこの事件、私の想定した以上に最悪のコースを辿っているようです。

改めて、この事故に関する私の仮説を述べます。

問題の車両、つまり日車(日本車輌製造)製のTEMU2000型電車ですが、最新型のブレーキを装備しています。「電力回生併用電気指令式空気ブレーキ」というタイプです。電力回生というのは、電力を通じない場合は、モーターが発電機に変わり強力な抵抗を起こさせてブレーキをかける仕組みです。

このモーターを発電機に変えるというのは、それこそ20世紀前半からある技術なんですが、それは「発電ブレーキ」といって発電したブレーキを抵抗器で熱に変換して捨てていたわけです。似たような仕掛けですが、最新の「回生ブレーキ」というのは、熱に変えて電気を捨てるのではなく、架線に戻してやるつまりより省エネを目的とした設計です。

この電力回生ブレーキですが、制約があります。それは、近所に力行している、つまり電力を必要としている車両があるか変電所があって近くに電力需要がないと電気の行き場を失ってブレーキが効かなくなる(回生失効)という問題です。

そこでこの車両の場合は、空気ブレーキが備えられています。回生ブレーキが効かない場合は、空気ブレーキが作動します。では、操作は複雑かというと、決してそうではなく、現在のこの種の電車は、マスコン(マスターコントローラー)という1本のレバーで操作するようになっています。前へ押せばノッチが入って加速し、手前に引けばブレーキがかかります。

問題は、現在の1本マスコンというのは、その時々の状況に応じて電流を流して加速する、電力回生ブレーキをかける、回生が効かないか、最後の停止の場合は空気ブレーキもかけるという3つの動作を、電子回路が判断して自動的に制御するようになっています。ほぼブラックボックスになっていて、何も起きなければこの1本マスコンを操作するだけで、運転ができます。

問題は、事故の前に空気圧が足りないという報告がされていたということです。ですから、次のような流れが想定できます。

  1. 電気の行き場がない回生失効がたびたび起きていて、それで空気ブレーキを何度もフルで使った
  2. ブレーキングを繰り返したので、空気圧が足りなくなった
  3. 空気圧が足りないまま発車した
  4. 郊外に差し掛かった地点で、周囲に電気の行き場がなくなって回生失効した
  5. そこで空気ブレーキに頼ることになったが空気圧が足りないので、ブレーキが効かなかった。

このストーリーですが、実は絶対に起きない話です。つまり「フェール・セーフ」というシステムが作動して、そんな状態では車両は動かないようになっているからです。

そこで一つの疑惑が生じます。事故を起こした線区ですが、全体を管理しているATPという安全装置は欧州仕様のものが使われています。

一方で、システム上、純粋に日本の車両・システムであれば「空気圧が足りないのにブレーキが解除できる」とか「ブレーキ力が全体的に足りないのに制限速度以上で走れる」ような「安全装置の外し方はできません

ですが、「ハードは日本製+ソフトは欧州仕様」というチャンポンをやった結果、そのようなタブーが起き得るような状態になっており、運転士がATPを切った結果として、ブレーキ力が足りないのに140キロが出せたという可能性が濃厚です。

百歩譲って、日車さんが「謝っちゃえばいいんでしょ」と言って謝ったり直したりしたような「配線ミス」があったとしましょう。仮にそうだとして、日車の説明のような「ATPをオフにしても指令に伝わらなかったというミスというのは違うと思います。

というのは、今回の事故では「ATPは切ってます」ということは指令に伝わっていたらしいからです。無線で話して伝わっている話なのに配線ミスで伝わらなかったので事故になったというのでは話が矛盾しています。

仮に配線ミスだとしたら、日本仕様の電車の安全装置を「欧州仕様のATPに接続する上での配線ミス」ということで、「空気圧がなくて、動かせない仕様なはずなのに車両を走らせることができたというストーリーになるはずです。

これも仮説ですが、仮にそうだとしても、今回の事故では「遅延を恐れて、何が何でも走らせた」のが問題なのですから、運転士は、非常手段を使ってでも「空気圧が足りない」のに発車させたわけで、問題はその判断だと思います。日車製の車の安全装置がATPに繋がっていなかったのが事故原因とはならないはずです。

問題の本質は、回生失効しやすいという脆弱なインフラに、できるだけ回生ブレーキを使って省エネという高スペックの車両を供給した、しかも安全装置に日本と欧州の仕様のチャンポンをやった、というミスマッチが招いた事故と思います。

日車さんの車両は、どう考えても本来の事故原因ではないと思うのですが、良かれと思って車両の問題を認めたために、妙な方向になってきました。このように国際感覚に欠けるディールを続けるのなら、鉄道車両輸出ビジネスというのは総見直しをしなくてはならなくなります

せっかく技術があるのに、

  1. インフラが大丈夫か、欧州のATPとの混用は大丈夫かの現場での運用確認を怠った
  2. そのくせ謝れば好印象になるとして、一方的に「ごめんなさい」をやった
  3. その結果、全責任を押し付けられて損害賠償のプレッシャーかけられている。

というような対応になっているのだとしたら、国際ビジネスの世界へ出て行くのはやめたほうがいいからです。

image by: 蔡英文 - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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