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国際交渉人が警戒。中東地域に嵐を呼ぶトルコの「危険なあそび」

メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんが、かねてからその動向に注意を払っているトルコで、エルドアン大統領が強権を発動する事態が起きました。さらに、アメリカのイランに対する強硬姿勢がさらに強まったことも加わって、ますます危険な状況になっている中東情勢を解説し、警戒を呼びかけています。

もう引き返せない中東情勢の悪化の兆し

GWが明けて今週入ってきたトルコからのニュースには思わず目を覆いました。エルドアン大統領が“民主的に行われたはず”のイスタンブール市長選挙のやり直しを宣言し、選挙管理委員会もその申し立てを受け入れる形で、再選挙になる見通しとなりました。

理由(こじつけ?)としては、『本来、公務員で組織されるはずの選挙管理スタッフの中に、非公務員が紛れ込んでいたため、不正が行われた可能性が否めない』ということのようですが、すでに国内は、エルドアン大統領と彼の政党AKPの横暴に対し、真っ向から対立の様相を呈してきました。

『イスタンブールを制する者は、トルコ全土を制する』

これは、自らがイスタンブール市長を踏み台に、首相、絶対権限の大統領にまで駆け上がったエルドアン大統領の言葉・意識ですが、前首相のユルドゥルム氏という超大物を擁立しながら、僅差で野党候補に負けた“事実”を受け入れることが出来ず、考え得る権限を駆使してのゴリ押しが行われた模様です。

もちろん僅差でも勝利した野党の候補とその支持者からは大きな反発が起こったことは想像に難くないですが、エルドアン大統領のゴリ押しは、国際社会からの顰蹙を買い、多くの国から(特に欧州各国から)大きな懸念が伝えられました。

例えば、欧州委員会のモディリアーニ外交委員からは「民主的に行われた選挙結果を無視し、自らの権限を通じて選挙管理委員会に圧力をかけ、再選挙を宣言させたことは、民主主義の精神に著しく反するもので受け入れがたい。しかし、もし、どうしても再選挙を行うのであれば、国際的な選挙監視団の関与を求めるし、欧州としては貢献する用意がある」と懸念を表しつつ、トルコとの微妙な関係を反映するかのようなコメントが出されました。

メルケル首相やマクロン大統領からも非難と懸念が述べられていますが、『NATO29か国との友好的な関係に鑑みて、今、ここでトルコを突き放すこともできない』との苦悩も見て取れます。

そのNATOとの絡みでは、まだアメリカ政府は公式なコメントも、大統領のTwitterも出ていないかと思いますが、NATOのメンバーシップとの絡みで、トルコの扱いをどうするべきか、思案しているとのことです。

ある政権の幹部によると、「いますぐにでもNATOから蹴り出してやりたいのはやまやまだが、トルコは中東地域と北アフリカ地域、そして欧州全体を睨む戦略的な拠点に位置する国であるがゆえに、対応が難しい。しかし、エルドアン大統領の度重なる横暴については、アメリカとしてもこのまま見逃して好きにさせておくわけにはいかない」ということです。

NATOの戦略拠点として、イスラエルとイランの高まる緊張のバランスを取る役割を果たすトルコですが、最近では、ロシアからS400ミサイルを購入し、国内に配備することを決めたことが、就任以来、出しては引っ込めるトランプ大統領のNATO改造への関心と合いまって、欧州各国やトルコの出方次第では、国際安全保障上、とても大きな見直しが近々行われるかもしれません。

その可否、そして可能性を左右するのが、もう一つの懸念材料、イランをめぐる国内外の情勢です。こちらについては、5月に入ってからアメリカが各同盟国に“要請”するイラン産原油の輸入禁止措置から例外規定が外され、日本や欧州各国を含むすべての同盟国が対象になったことから、これまでに比べてよりイラン経済を苦境に陥れる状況に拍車がかかったことで、イラン国内で強硬的な意見が強まってきているという現状があります。

これまでは、ドイツやフランスなどのEU各国で、かつイランの核合意の当事国でもあったヨーロッパ諸国は、ドル決済を回避するための合弁組織を作って、原油の売買を続け、イラン経済を安定させることで、イランが再び核開発に走り、国際社会に対して挑戦的な姿勢になることを防ごうとしてきました。言い換えると、アメリカは離脱してしまったが、「イランが核合意の内容を遵守する限りは、欧州各国はイランを見捨てない」ということでした。

しかし、アメリカからの再三の要請と、5月1日以降の特例措置の延長は行わないとの姿勢に直面し、欧州各国はイラン支援のための手段を失い、結果、イラン経済は大きなブローに見舞われることになります。

『ついに、イランはまた孤立したのだ』

そうロウハニ大統領は悟ったのか、引き続き核合意への残留の方針を示しつつも、ここにきて、核開発の一部再開(特にウラン濃縮)や短距離弾道ミサイルの再配備の動きを見せるようになりました。

これは、ロウハニ大統領をはじめとする穏健派・国際協調派の弱体化を意味し、国内の政治が、最高指導者であるハーメネイ師に代表される、核合意に対決姿勢を取る対米・国際社会強硬派の主張に傾いたことを意味すると考えられます。

もし、この強硬派の流れが加速すると、世界はまたイランを一つの核とする不安定要素を抱えることになります。それは、直接的には、地域の宿敵イスラエルとの全面的な対立です。(もしかしたら、核戦力の応酬に発展するかもしれない事態です)。そして、それはイスラエルの背後にいるアメリカとの全面対決の姿勢となります。

話は少しずれますが、どうしてアメリカの歴代政権は、ここまでイランを敵対視するのでしょうか?

1979年11月~1981年1月20日に起こったテヘランの米国大使館占拠事件に起因するのではありません。心理的には影響はあるでしょうし、1979年2月に起こったイラン革命の結果、アメリカへの対決姿勢が明確に示されたこともあり、アメリカの対イラン政策を転換させた要因だと思われますが、実際には、アメリカは、イランと地域での覇権を争うイスラエルに肩入れせざるを得ないからです。

それは、アメリカ国内政治において占めるユダヤ人コミュニティーの絶大な政治力が背景にあります。イスラエルを敵と定め、その存在を認めず、徹底的な抗戦を掲げるイランを、イスラエルを推すアメリカは、政治的に攻撃せざるを得ないのです。

そこに中東地域におけるイスラム教の宗派の間の主導権争いが絡みます。イスラム教シーア派の国であるイランは、サウジアラビアを筆頭とするスンニ派の国々に囲まれ、直接的な主導権争いをしつつ、スンニ派国の中でシーア派の勢力拡大を図るべく、イラン革命防衛隊にトレーニングされたゲリラ活動を実施しています。

この鍔迫り合いは、イラン核合意の下、比較的にイランをめぐる国際情勢が緩やかな雰囲気を楽しんでいる裏でも、変わらず続いていて、中東地域の不安定要因を作り出しています。この衝突が、これからさらに激化するという見込みが出来てきています。その懸念を大きくさせているのが、アメリカへの対抗心からイランをサポートするロシアと中国の影の強まりです。

例えば、国連安全保障理事会でイラン制裁関連の議題が上がれば、ロシアと中国は拒否権の発動をチラつかせ、議題を抹殺するか、もしくは大幅に修正させ、害のない内容になった時点で棄権するという外交を行ってきましたが(注:核合意は国連の枠組みの外で構築されたもの)、アメリカが核合意からの離脱を行い、その上でイランへの制裁強化を断行したことをうけ、中国とロシアは、イラン支援に直接的に関与するようになってきました。

その結果、イランとイスラエル、そしてシーア派とスンニ派の争いは、米ロ中国を巻き込んだ大国間の“いざこざ”へと姿を変えることになっています。そして、この非常にデリケートなバランスを保つ支点となっているのが、『地域の大国、トルコ』です。

以前もお話したとおり、そのトルコのエルドアン大統領が『危険なあそび』を欧米陣営とロシア中国(イラン)陣営との間で仕掛けることで、世界中を巻き込む紛争へと発展する危険性をはらんでいます。

アメリカとの仲直り、ロシアへの接近とS400の配備、シリア問題(クルド人問題)をめぐる駆け引き(対米、対ロ)、そして、今度は、国内マターとはいえ、イスタンブールでの市長選結果への異議申し立てと再選挙の“命令”…。

国際社会という舞台において、トルコのエルドアン大統領が投げ上げたjuggling balls(お手玉)は、その数が多く、そして重くなりすぎて、もしかしたら、もうハンドリングできなくなるのではないかと心配しています。

トルコは今後どのような動きをするのか。中東各国はどのように反応し、微妙なバランスを何とか保って、脆く見える和平による安定を守ろうとするのか。それとも、地域をあげたガラガラポンに挑むのか?そして、彼らの背後に潜むアメリカ、欧州、ロシア、中国などはどのように動くのか。

朝鮮半島情勢と並んで、中東における嵐の兆候から目が離せなくなってきました(そして、私もまた、忙しくなってきました)。

image by: esfera, shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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