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名ばかりの「大学無償化法」、ニセ看板では問題など解決せぬ理由

5月10日に成立した「大学無償化法」ですが、低所得世帯のみに絞られたその対象範囲の狭さに、各所から批判や疑問の声が上がっています。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、同法案の「名ばかり」ぶりを指摘するとともに、無償化の対象となるために大学に課せられる「ある条件」について疑問を呈しています。

誰のための大学無償化法か

ゴルフ、相撲観戦、宮中晩餐会…令和の一大ページェントは、真夏の選挙を見据えた安倍官邸のシナリオ通りに進んだようである。

何だかんだ言っても、日本人はお祭り好きだし、典雅な宮廷絵巻には賓客がだれであろうと、引き込まれる。

トランプ転がしの名人とサム・ポトリッキオ・ジョージタウン大学教授が安倍首相を評するように、トランプ大統領もまた安倍首相の“日米蜜月症候群”を操る達人なのだろう。選挙が終われば、トランプ氏から法外な請求書が送りつけられるのではないか。

浮かれた雰囲気に誤魔化されてはいられない。こういうときだからこそ、地味でも大切な問題に目を向けたい。

メディアにさほど大きく取り上げられることもなく5月10日に成立した、いわゆる「大学無償化法」。

まさか、この法律で大学にタダで行けると勘違いしている人はいないと思うが、報道によって誤解を受けやすいのも確かだ。たとえば「大学無償化法が成立、20年4月から 低所得者世帯が対象」と見出しのついたこの記事。

低所得者世帯を対象に大学など高等教育を無償化する大学等修学支援法が10日の参院本会議で与党と国民民主党などの賛成多数で可決、成立した。(日経新聞)

授業料や入学金返済不要の給付型奨学金を国や自治体の予算で無償化するというのだが、実際に無償化といえるのは、年収270万円未満の世帯でしかない。

そして、3分の1、または3分の2の支援が受けられるのは年収380万円未満の世帯だけである。つまり年収380万円をこえると、学費や返済不要の奨学金をもらえる対象にならないのだ。

低所得世帯を支援するのはいいが、あまりに対象範囲が狭すぎないだろうか。

安部首相は国会で「無償化」と繰り返したが、正式名は「大学等における修学の支援に関する法律」だ。「大学等」のなかには、短大や専門学校も含まれる。

大内裕和・中京大学教授は4月25日の参院文科委員会でこう述べた。

「年収380万以上で学費に困っている学生は大勢いる。この法案の内容を聞いたら…あの人たちはいいな、みたいなことになる。分断や対立が強まることは悲しいし、起こしてはならない。380万から600万ぐらいの世帯に高等教育の費用負担が厳しいことは統計上も分かっている

日本学生支援機構の学生生活調査(2016年)によると、奨学金受給者の割合は世帯年収600万円から700万円の層が最も多い。中所得層を対象から除外するのでは真の問題解決にはならないだろう。

周知の通り、近年、大学の学費高騰にともない奨学金の利用者が急増し、卒業後もローン返済に苦しむ姿が社会問題として取り上げられるようになった。

同機構の調べでは、大学(昼間部)における奨学金の利用者は1996年には21.6%だったが、2012年は52.5%にはね上がり、16年も48.9%と依然高い水準で推移している。学費負担が困難になっている層が、低所得だけでなく中所得の世帯まで広がってきたことを物語る。

低所得世帯の無償化が実現するだけでも前進といえるかもしれないが、これをもって「大学無償化と胸を張ってもらっては困るのだ。

問題はもっとある。無償化の対象になるためには大学等が一定の要件を満たす必要がある。実務経験のある教員を配置し学校法人の理事に産業界の人材を複数名任命しなければならないのだ。そんな条件がなぜ必要なのだろうか。

実務経験とは、学問の世界以外で働いたことがあるという意味だろう。産業界から理事を選任せよというのは、企業の儲けに役立つ人材育成をはかるのが目的と考えられる。

ただでさえ安倍政権には、基礎研究を重視せず、“富国強兵に役立つ即戦力の人材養成ばかりを大学等に求めているのではないかという疑念がつきまとう。

恣意的な匂いが強い「要件」の中身に、識者から厳しい批判の声が上がった。

大学の自治や学問の自由への介入を引き起こす危険性を持っている。支援対象者は修学支援が行われないからその大学は選べないというような形になってしまって、選択する自由を狭めてしまう可能性がある」(大内教授、国会陳述より)

特定分野の実務経験があっても、基礎理論を含めた体系的講義ができるとは限らない。大学は、学問のための機関であって、その意義は職業訓練に限られない。社会のニーズや就職しやすさを援助条件にするなら、今回の法律は、憲法・条約の求める教育無償化政策とは異なる。
(木村草太氏、5月19日沖縄タイムスプラスより)

では、新制度の対象となる学生は何人くらいで、これに要する予算はいくらかかると想定しているのだろうか。

3月22日の衆院文科委員会で、伯井美徳・高等教育局長は次のように答弁した。

「高等教育段階の全学生の約2割の75万人程度になると想定し、所要額は約7,600億円と試算をしている。内訳は、給付型奨学金が最大約3,500億で、全額これは国費負担。授業料減免は最大約4,200億で、そのうち約500億円が地方負担、残りが国費です」

これだけの予算を要する新制度により、かえって先行き不透明になったものもある。国立大学等が独自に行っている現行の授業料免除制度だ。

授業料免除制度は大学によって多少の違いがあるようだが、免除が受けられる所得基準は大学無償化法より高い。つまり、中所得世帯の子弟でも対象となる可能性があるのだ。

4月10日の衆院文科委員会で菊田真紀子議員は、こう疑問を呈した。

「新制度がスタートをしたら、そのもとで大学の基準が統一されていくわけですよね。各大学の減免基準は現行よりも下がるということですね」

柴山昌彦文科大臣 「理論上そこには乖離が生じることがあり得ると考えておりますが、そのすき間をどうするかについて、各大学に対して調査をしっかりと行っていきたいと考えております」

曖昧な答弁である。基準が大きく異なっている現行の学費軽減制度を、新制度導入によっても続けるというのはかなり難しいのではないか。文科省が明確な方針を示す必要があるだろう。

菊田議員 「ごまかさないでほしい。各大学も、学生も混乱すると思う。ニセ看板の法案じゃないんですか。低所得者世帯の学生の授業料を無償化するかわりに、そのほかの世帯の授業料が負担増になってしまう」

これを否定できず、大学に調査をすると繰り返す柴山大臣に対し、菊田議員はさらに「国際人権規約の高等教育の漸進的無償化に逆行するのではないか」とたたみかけた。

国際人権A規約は1966年に国連総会で採択され、1976年に発効した。教育を受ける権利の完全な実現をめざし、初等教育は無償、中等教育、高等教育にも無償化を漸進的に導入すること、適当な「奨学金」制度を設立することを定めた。中等教育には高校も含まれる。

日本は1979年に国際人権A規約を批准したものの、中等・高等教育における無償化の漸進的導入については従わない留保」を宣言した。

その背景には、学費の高騰があった。1975年頃から国立、私立とも大幅な大学学費の値上げが始まり、1979年の国立大学の授業料は74年の4倍、69年の12倍になっていた。

教育費軽減を求める世論に押された政府は、2012年9月になってようやく留保撤回」を閣議決定し、国連に通告した。これにより、中・高等教育の無償化は国際的な約束事になっている。

菊田議員の追及に対し柴山大臣は「高等教育の漸進的無償化の趣旨にもかなうと認識している」と述べ、国際人権規約に沿っていることを強調したが、従来からある授業料減免制度が新制度によって消滅する恐れをぬぐいきれない答弁でもあった。

名ばかりの「無償化」でも、選挙戦では宣伝材料になる。「ドナルド」「シンゾー」と仲の良さをアピールする首脳外交ショーと同じく、真夏の国政選挙に照準を合わせた人気取り作戦の一つであろうが、もっとじっくり時間をかけて制度設計すべきではなかっただろうか。

生煮えの法案を十分な議論のないままに成立させる。安部政権らしいやり方だが、副作用は覚悟しなければならない。

image by: Anotai Y / Shutterstock.com

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