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中東の悲劇の再来を予感。アメリカが求める有志連合の「踏み絵」

7月9日、アメリカは同盟国に対し、タンカー攻撃などで緊張が高まるホルムズ海峡の防衛やパトロールのため、有志連合への参加を呼びかけました。この問題について、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんは、日本がハンドリングを間違え中東諸国の信頼を失ってしまえば、第3次世界大戦の口火となるかもしれないと大きな懸念を抱いています。

踏み絵か?アメリカが同盟国に有志連合参加を要請

「今後は、ホルムズ海峡の防衛やパトロールの任を、日本など直接的に影響がある同盟国とシェアすべき」。7月9日にトランプ大統領から出された“要請”です。 実際に、大阪でのG20サミットの前から、トランプ大統領の「米軍による同盟国の防衛負担への不満」が出されていましたが(実際の数値に信憑性があるかどうかは別ですが)、少し内容を変えて出されたのが今回の“要請”です。

この裏には、先に述べた“不満”もあるでしょうが、実際にはホルムズ海峡での2隻のタンカー(日本の権益)への攻撃を受け、迅速に「イラン犯人説」をぶち上げたものの、追従してくれたのは英国だけで、日本も他の欧州各国も、起きたことへの憤りと懸念は表明するものの、米英のイラン批判に乗っかることはせず、「真犯人捜しの必要性」を述べるにとどまっていました。それにしびれを切らしたのか、「ならば、同盟国も、自国のタンカーは自分たちで守るべきだ!」ということになったようです。

実際に世界の原油取引の5分の1は、ホルムズ海峡を通りますし、中国は8割強、日本もかなり高い割合で、中東地域からの調達に依存していますので、無視できない“要請”ですし、常日頃、地域安全保障およびエネルギー安全保障上、ホルムズ海峡を閉鎖された場合の膨大なネガティブインパクトが懸念されているため、日本のタンカー護衛についてはずーっと懸案事項ではあります。これまではアメリカの第5艦隊に海域の防衛を依存してきましたが、今後は、もしかしたらそうはいかないかもしれません。

アメリカの統合参謀本部議長も、「これから2週間ほどを目途に、各国からこのCoalition of the willing(有志連合)に加わるかどうか、そして、加わるならどのような貢献ができるか、伝えてほしい」というお達しが出ています。では、同盟国・日本はどうするのでしょうか?

現行の法律では、拡大解釈してもこの要請への対応は困難でしょうし、ソマリア沖の海賊対策に派遣している海上自衛隊の艦船のカバレッジの拡大も法解釈的にも苦しい中、政府は大きな決断を迫られそうです。現在、参議院議員選挙真っただ中という政治的な制約もありますが、やはり、現在、与党が推している憲法改正議論への影響が懸念されることもあり、とても難しい舵取りとなるでしょう。

しかし、most likelyですが、現在の日本政府には、今回のアメリカ政府からの「要請」を断ることはできないと考えます。その理由は、G20サミット前からトランプ大統領が呟いている「日米安全保障条約の“見直し”の必要性」に、影響がネガティブに波及しかねないとの懸念です。実際に、日本のタンカーを守るという経済的なinterestもありますので、国民の利益を防衛するためとの理由で自衛隊を出すというのは理に適っているようにも見えることもあります。

もちろん、憲法上の解釈、現行法の解釈という問題は付きまといますが、もしかしたら、これを憲法改正議論の“好機”と捉えるような考え方もあるかもしれません。恐らくこの2週間の猶予期間中に、日米政府間で何らかのアレンジを協議しあい、様々な解釈が可能なsolutionを編み出そうとするのだろうと思われます。

ただ、さらに大きな懸念は、このCoalition of the Willingへの日本の参加は、やっと築き始めた日本外交のチャンスを根底から壊してしまう可能性でしょう。 トランプ大統領から依頼を受けるような形で安倍総理がアメリカとイランの仲介をすることで、それまでの後追いの外交からの脱皮が図られ、恐らく初めて国際的な懸念事項の解決において、創造的な役割を果たせる可能性が生まれました。 イラン政府からも、普段、なかなか外国の首脳と会談を持たないハーメネイ師との会談をセッティングし、日本の果たし得る役割に対し、一応、期待感で応えました。メディアの論調には失敗だったのではないかとのネガティブなものが多くあるように見受けられますが、私は日本外交の新しい領域へのスタートと見ています。

しかし、仮に今回、トランプ大統領からの呼びかけに応じ、何らかの形でCoalition of the Willingに、しっぽを振って参加するように見られることになったら、イランからの信頼は失われるでしょうし、それを受けて、他の中東諸国からも「ああ、やっぱりアメリカに追従するしかできないのか」と、日本の外交力へのクエスチョンマークが付けられることになるでしょう。

私は予てより、日本外交が最も活きる道は、仲介・調停の部門だと見ています。リーダーシップを追求するよりは、皆が挙げた拳を下ろせなくなっている際に、双方の立場を尊重しつつ、和解の道を探るという点で、最大の力が発揮できるのではないかと思っています。表立って使える軍事オプションが削がれている中、これまで挙げてきている途上国支援での実績や資金力などは、和解案の提示と実施に際し、大きな評価となるからです。今回のイランが絡んでいるケースもそうでしょう。

これから2週間から1か月の間は、日本政府の外交筋としては、とても難しいハンドリングを迫られることになるかと思いますが(本件のハンドリングはもちろん、韓国との問題もあるので)、大事なことは、「いかにトランプ大統領からの要請に応えつつ、イランとの間に醸成されている信頼関係を崩すことなく、この大波を乗り越えるか」という戦略的な対応です。慎重な思考を期待します。

では、もしハンドリングを間違え、再度、イランを孤立状態に追い込み、対日信頼も失われたらどうなるのでしょうか? すでにイラン核合意で約束したウラン濃縮レベルを超過し、欧州各国にもプレッシャーをかけているイランですが、仲介のドアも閉ざし、欧州各国からも批判に晒されることになったら、中東地域はこれまでにない危機的な緊張の高まりを経験することになるでしょう。

第1次世界大戦後、英仏がアラビア半島を勝手に切り裂き、第2次世界大戦後には英国の3枚舌外交の結果、イスラエルが建国され、パレスチナ問題が勃発し、中東戦争が起き、そして、アラビア半島が相互不信のエリアになってしまったような緊張状態です。その状況は、1991年の湾岸戦争以降、さらに悪化し、イスラエルとイランの“核”を用いた相互威嚇の状況を生みました。 そこに確実に軍事力を付けているサウジアラビアが参加し、イエメンにおいてイランと対峙するような事態になっています。そして、今やスンニ派の雄としてサウジアラビアはスンニ派国をまとめ、イランに代表されるシーア派国との軍事的・外交的な緊張を高めています。 イスラエルとの歴史的なライバル関係を加えると、大きく分けてもトライアングルの力の均衡が出来ています。その後ろには、米ロがおり、そこに地域のバランサーとしての役割を果たしてきたトルコがいます。 もし、イランがさらに孤立し、軍事的な緊張を高める方向に触れていくなら、偶発的なincidentがおこれば、一気に第3次世界大戦の口火を切ってしまうかもしれません。

今回、私がお話した内容、ただの絵空事だと思われるでしょうか?いろいろな角度から入ってくる情報や、現地の声を聴く中で、私はとても大きな懸念を抱いています。

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

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