中国を笑えるのか。静かに、しかし確実に監視社会化するニッポン

 

2つの「民主化」が交錯する

このあと同書は、ネット社会と監視という問題を実にさまざまな角度から丁寧に検討していて、その強靭な議論のすべてがおもしろい。が、そのいちいちをここで紹介することは出来ないので、関心ある方は本書を手にとっていただきたい。1点だけ私が強く関心を持った個所を取り上げておくと、「市民社会と公益・公共性をめぐる議論に関連して、次のように述べていることである。

これまで中国社会の近代化を論じる際は、近代西洋において成立した「法の支配」や普遍的人権、民主主義といった「普遍的な価値」をものさしとして、その中国における不在や困難性を指摘するのが一般的でした。
(P.140)

しかし、習近平政権の「反腐敗キャンペーン」に見るように、私的利益のみを追求する人々を「高い徳を持った統治者」がどう正しく導いていくかという問題意識は、西洋の公権力と社会との関係とは一致しない。とすると、中国には2つの民主化がある

欧米近代思想に起源を持つ、政治的権利の平等と権力の分散化を意味する民主化(「民主I 」)の要求と、中国の伝統思想に起源を持つ、経済的平等化とパターナリスティックな独裁権力によるその実現を意味する民主化(「民主II」)の要求が存在した。この後者は「民意」を伝統的な「天理」あるいは「天下」といった概念で読み替えることによって得られる、いわば中国独自の「民主」理解によって支えられてきた。経済面での平等化すなわち富の再配分を行うには大きな国家権力による介入が必要で、そのためには国家権力を制限するのでなく、むしろパターナリズムを容認し、強化させるほうに働きがちとなる。「慈悲深い指導者への直訴」という形をとってそれを実現しようとするのがその象徴である。
(P.162~165)。

分かり易く言えば「大岡裁き水戸黄門の印籠」のような形で悪代官が懲らしめられたりするのもまた東洋の伝統的民主主義なのである。そういうことを考えて見ようともせずに、「共産党一党支配だから民主主義でないに決まっている」などという幼稚な西洋かぶれの偏見で中国を語るようなのが日経の編集委員になれるというこの国がおかしいのである。

【余談】

街頭の監視カメラは、日本ではまだ控え目というか、できるだけ目立たないように設置されているが、中国ではこれ見よがしに角角で睨みを利かせていて、確かにそれを見ると「監視国家」の重圧を感じないではいられない。しかしそれも、少なくとも地上の分は恐らく数年中に消え去って宇宙偵察衛星からの監視に置き換わるだろう。多分それを世界に先駆けて実現するのは米国でなく中国ではないか。

現在の偵察衛星は、地上のコーヒーカップ程度の大きさのものを識別できるところまで精度というか解像度を高めつつあるが、そうなると街角にカメラを乱立させなくても宇宙から各個人の動きを監視することができるようになる。衛星はこちらからは見えないので、各個人はますます監視されることに慣れ、そのことを意識さえしなくなり、自分の画像を誰が管理しているのかを考えようともしなくなる。このことについて至急、国際的な議論を起こすべきだと、考古学者でグローバルエクスプローラー財団の代表であるサラー・パーカクが17日付ニューヨーク・タイムズに意見を寄せている。

image by: Davi Costa / Shutterstock.com

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print
いま読まれてます

  • 中国を笑えるのか。静かに、しかし確実に監視社会化するニッポン
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け