「書籍は書店で手に取り購入するもの」という常識を覆し、オンラインストア隆盛の時代を築いたと言っても過言ではないAmazonに、「電話機にはボタンがあるもの」という先入観を破壊し、iPhoneでスマホ時代の幕開けを演出したApple。書籍販売業界、携帯電話業界のそれぞれの既存企業は、なぜ彼らの後塵を拝する事になってしまったのでしょうか。世界的エンジニアの中島聡さんは今回、自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』でその理由を解説するとともに、Teslaにリードを許す自動車業界が、同社と肩を並べるために必要な取り組みについても考察しています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年1月14日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
デジタル・トランスフォーメーションとイノベーションのジレンマ
最近、私は「DX(デジタル・トランスフォーメーション:最新のデジタル技術を活用したビジネスの効率化やユーザー体験の改良)は、業界内部では起こりにくく、新しくその業界に参入する企業が起こすケースが多い」という話を色々なところで書いたり話したりしています。
最も分かりやすい例が、書籍販売のDXです。インターネットが誕生した時に、いち早く「書籍をオンラインで販売すること」の価値に気が付いたのがJeff Bezosで、その結果、誕生したのがAmazonでした(厳密には、Jeff Bezosは「最もオンライン販売に適した物品」として最初に書籍を選んだだけですが、ここは書籍に絞って話します)。
Amazonがやったことは、単にオンラインで書籍を注文出来るようにしただけで、ウェブサイトは陳腐なものだったし、その後ろの配送業務も、ほとんど手作業で行なっていました。
この時点で、既存の大手の書店チェーンがオンライン販売に乗り出していたら、Amazonはあっと言う間に倒産していたと思いますが、そうはなりませんでした。彼らは、「オンラインで書籍を買う人はごく一部だ。書籍は自分の手で持ってこそ購入するものだ」と言う考えに囚われていたのだと思います。
その後、Amazonの売り上げが伸び始めて、ようやく彼らもオンライン販売の価値を見出すようになりましたが、そこからの動きはとても遅いものでした。そもそも彼らはデジタル技術が得意ではなかったので、オンラインストアの開発は外の開発会社に委託して作ってもらわなければなりませんでした。「人々はなぜ、オンラインで本を購入するのか」という本質的な部分も分かっていなかったため、ウェブサイトのユーザー体験も、単にAmazonを表面的に真似しただけのものでした。
ようやく彼らがオンラインストアをリリースした時には、Amazon側はそれまでの知見を生かして、はるか先を走っていました。過去に購入した書籍や、同じような書籍を買った人のデータを活用して、オススメの書籍を並べる手法、配送プロセスの自動化、問題が起こった時のカスタマー・サービスの体制など、表からは見えにくい部分で、大きな進化を遂げていたのです。
私は、この頃に、一度だけAmazon以外のウェブサイトから書籍を購入したことがありましたが、惨憺たるものでした。書籍がいつまでも届かないので、電話をかけると、やたらと時間がかかるのです。Amazonと違って、配送が完了したのかどうかを追跡するシステムすら持っていないことは明らかでした。
その後、さらに Amazonは進化を続け、今や世界をまたにかけた流通ネットワークを持っているし、品揃え、値段、配送スピード、配送コスト、顧客サービスなどのあらゆる面で、誰も手が届かないところまで達してしまいました。
つまり既存の書店は、
- 当初は、従来通りのやり方で十分だと思ってしまったため、出遅れた
- 途中でDXが必要なことに気が付いたものの、それは表面的でしかなく、「なぜ」という本質の部分はなかなか理解できなかった
- 得意でない領域での戦いを強いられることになった
- 社内にエキスパートを持つことが出来ず、外注に頼らざるを得なかった
- 進化のスピードでも負けていたため、差が開く一方だった
ビジネス書『イノベーションのジレンマ』に書かれている「既存の顧客の方ばかり見て、彼らの要求するものを作り続けた結果、『何か欠けるものがあるけれど、破壊的な価値を提供するもの』を掲げた新参企業に負けてしまうこと」にオンラインストアを当てはめれば、
- 欠けているもの:本を手に持って選べるという体験
- 破壊的な価値:品揃えが豊富で、家から一歩も出ずに買える
となります。
重要なことは、既存の書店がオンラインストアの破壊的な価値に気が付いたとしても、彼らには、なかなか本質は理解できないし、得意でない戦いを強いられるため、負けが決まっているのです。
同様なことが、2000年代の後半に携帯電話業界に起こりました。iPhoneが誕生した時、既存の携帯電話メーカーの人たちは、ボタンがない電話機など使い物にならない、あんなものは作ろうと思えばいつでも作れると否定的でしたが、結局、軒並み淘汰されてしまいました。
2020年の現在、全く同様なことが自動車業界で起こりつつあります。自動車業界では、何年も前から、これからはCASEの時代だと騒いでいます。
- C:Connectivity(ネットへの接続)
- A:Autonomous(自動運転)
- S:Shared Economy(所有せずに、必要に応じて使う時代)
- E:Electric(電気自動車)
にも関わらず、既存メーカーの動きは非常に遅いのです。
GMは、EV1という時代を先取りした電気自動車を1996年に発売しましたが、これはあくまでカリフォルニア州の厳しい規制(ZEV:Zero Emission Vehicle)に対処するものではなく、ロビー活動によりその規制を封じ込めると、さっさと市場から撤退してしまいました(2003年)。
日産は、(話題のゴーン氏の肝いりで)リーフという電気自動車をいち早く発売し(2010年)、一時は、世界で最も売れている電気自動車でした(すでに40万台を出荷しました)。しかし、なかなか利益を生み出さないという理由からその後の積極的な投資が出来ず、今や市場での存在感を失くしつつあります。
トヨタ自動車も、一時はTeslaに出資し、電気自動車を発表しましたが(2010年のRAV4 EV)、全く本気でやる気はなく、すぐにTeslaとの提携も解消してしまいました。Toyotaは最近になって、ようやく電気自動車に本気になり始めたように見えますが、未だに「電動化(ハイブリッドを含む)」などという中途半端な言葉を使っている状況で、フルコミットは出来ていません。
そんな中で、結局、世界の電気自動車業界をリードする立場になったのは、新規参入のTeslaでした。「なぜ電気自動車なのか」「なぜ自動運転が重要なのか」という本質を理解している創業者がCEOをしているため、物作りの姿勢が根本的に違うのです。
私自身もTeslaを所有してようやく理解できましたが、Teslaは「電気で動く自動車」ではなく、「駆動能力を持ったコンピュータ」なのです。これは、ガラケーが「ブラウザ機能を搭載した携帯電話」だったのに対して、iPhoneが「携帯電話の機能を持ったコンピュータ」であったのと同じで、設計思想から違うのです。
私は、長年、自動車メーカーの人たちと仕事をしてきましたが、この「Teslaは設計思想から根本的に違う」という部分がどうしても通じないのでとても苦労しました。結果として、未だに、縦割りの組織でものを作っているし、ソフトウェアの開発は仕様書だけ書いて下請けに丸投げしています。
既存の自動車会社がTeslaと肩を並べるには、
- 別会社を作って、外から連れてきたソフトウェアが分かる人間をトップに置く
- 潤沢な開発資金とリソースだけ提供し、口は出さずに自由にものを作らせる
- その会社のライバルはTeslaではなく、ガソリン車・ディーゼル車であることを明確にする
- 既存のディーラーネットワークを使わずに、直販させる
- 自動運転車を使ったカー・シェアリング・ビジネスも本気で作らせる
- 親会社からの天下りは一切しない
ぐらいの荒療治が必要だと思います。
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