【カンブリア宮殿】売上高3兆円。JR東日本の飽くなき挑戦

 

悲しい事故を忘れない~5年で1兆円の安全対策

山手線の終電が終わる頃、JR東日本の重要な仕事が始まる。毎日の保守点検だ。東京駅の近くであるチームが始めたのは、レールを動かすポイントが日中の走行で微妙にずれていないか、糸を張ってミリ単位での計測。一方、走ってきた特殊な車両が始めたのは架線の点検だ。どれも異常を見落せば大惨事につながるシビアな作業である。

さらに大勢の作業員が格闘していたのは、傷んだレールの交換だ。レールの移動は人力。高温で2本のレールを溶接し、凹凸が出ないように丁寧に仕上げていく。JR東日本管内では深夜、想像できないような数の人員が鉄道の安全を守り続けている。

一方、運転士たちの詰所に置かれていたのは最新鋭の運転シミュレータ。電車運転ゲームのようなものかと思いきや、突然警報音が鳴った。運転士はすぐに電車を停車させる。画面を見てみると、目前の踏切を車が渡っていた。千鳥足の酔っ払いがホームにいるような場面もある。

これは「トラブルを体験するための」シミュレータ。JR東日本は、実写にCGを合成した圧倒的にリアルなこのシミュレータを、勤務の合間にいつでも訓練ができるよう、管内すべての詰所へ設置する予定だという。安全運行のための最新技術は山手線の車両にも設置されている。特別に見せてくれたのは、車両の下に取り付けられた箱型の「線路設備モニタリング装置」だった。すぐ下のレールをよく見ると、なにやら赤い光が見える。「この装置からレーザーが4本出ていて、走りながら線路のゆがみを測定します」(設備部・嘉嶋崇志)

さらに奥には特殊なカメラも搭載。画像解析で線路の異常を自動的に検出するという。従来、目視で確認していたレールの保守点検が、営業運転をしながらできてしまうのだ。「山手線ですと、1日に10~20周するので、1日で高頻度のデータが取れることになる。まさに技術革新のひとつだと思います」(嘉嶋)

2014年からの5年間で、JR東日本が安全のためにかける資金は1兆円。列車の安全運行に執念を燃やし、自ら現場に足を運んできた冨田が掲げるのは「究極の安全」だ。「鉄道会社の最優先課題は“安全”。安全にはゴールがないんです。見えないリスクはたくさんあり、そこに落とし穴がある。安全は“守るもの”ではなく、“作るもの”だと、いつも社員の皆さんに話しています」(冨田)

その背景には、冨田が対峙してきた様々な事故の記憶があった。2005年に山形羽越本線で起きたのは、吹雪で車両が脱線した痛ましい死亡事故。2015年には山手線でラッシュアワーの直前に電化柱が倒壊、危うく大惨事となるところだった。冨田は二度と同じ事故を繰り返さないよう、究極の安全を目指し、投資を続けてきた。

そんな冨田の肝入りで、社員のために作られた施設がある。福島県白河市にある「JR東日本車両保存館」。館内に展示されているのは様々な事故で破壊された実際の車両だ。東日本大震災の被災車両や、2004年の中越地震で脱線した上越新幹線の実物。モニターからは、震災で津波を体験した車掌の生々しい証言も流れている。訪れた社員からは「私がこの場面に直面したら、どういうことができるのか。いつも考えながら仕事をしなければならないと感じました」といった感想が聞かれた。一歩でも究極の安全に近づくために、悲しい事故を胸に刻み続けるのだ。

一方で、様々な事故から学び、磨き上げた安全な運行システムは、JR東日本の海外展開の強力な武器になっている。2017年、イギリス・ウェストミッドランズ鉄道の運営権を取得したJR東日本は、日本の鉄道会社としてはじめて、海外での鉄道運営に乗り出した。中国と競って勝ち取ったインド高速鉄道(2023年開業予定)の運行システムの受注も、JR東日本の安全技術が評価されたからだ。

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