【書評】なんであの人が。「心の優しいイイ人」が罪を犯した理由

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裁判には民事裁判と刑事裁判の2種類がありますが、年間で数えきれないほどの裁判が行われています。その中には少し信じられないような事件もあり、物語には描けないような人間ドラマも…。そんな裁判でのエピソードを取り上げた、オンライン上で人気の連載『ビジネスマン裁判傍聴記』。無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の著者で編集長の柴田忠男さんが、その連載をまとめた一冊を取り上げ、良であるがゆえに苦しみ罪を犯した人の人生を語っています。

偏屈BOOK案内:北尾トロ『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』

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なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか

北尾トロ 著/プレジデント社

こんな長い(しかもマヌケな)タイトルの本、初めて出会った。PRESIDENT Onlineで月間5,000万超PVの人気連載「北尾トロのビジネスマン裁判傍聴記」から選抜した33話。第1章「ビジネスマン裁判傍聴記」は、お金、女・酒・薬、小事件、情欲、被告人を助ける人々の5ジャンル、19本の傍聴記がある。

第2章「法廷の人に学ぶビジネスマン処世術」は、被告人(表情・外見)、被告人(言い訳・答弁)、弁護士、裁判長、検察その他の5ジャンル、15本の傍聴記。ここでは被告人や法曹関係者のことばや態度から、ビジネスシーンで使えそうなポイントを選び観察した。口調や表情のすべてが情報の宝庫だった。

本のタイトルにもなった「元公務員がなめた苦渋“おにぎり35個万引き男”の真相」とは?ワクワク。被告人は無職(自ら公務員をやめた)43歳・男性・罪名は窃盗。早朝のコンビニで店にあるおにぎりをありったけカゴに入れ、そのまま店を出て行こうとして捕まった。所持金は147円。「4日間何も食べずにいてもう限界だったんです」って、35個(約5,000円相当)はないでしょう。

裁判長は「あまりに大胆すぎないですか?」と問う。現行犯逮捕されて刑務所に入りたくて、わざと目立とうとしたのではないかと疑っているようだったが、被告人は路上生活中で、盗めるだけ盗んでおこうという気持ちが働いたと言い張った。同じような路上生活者に売る考えはなかったのか、との問いに「それはないです。やろうとしても取られるだけですから」。そりゃそうですわ。

被告人は三つの大学を卒業している。市役所に勤め、勤務態度は真面目で、手話通訳もできてやる気のある職員だった。なぜ安定した生活から転落して、路上生活者になったのか。障害者福祉を担当していたが、そこは路上生活者など社会的弱者を食い物にして儲けようとする、法律の穴を狙ったタチの悪い連中が集まる場所だった。理想と現実との間の激しいギャップが彼を苦しめた。

福祉の現場で味わった絶望感は大きく、彼は公務員を辞め、手話通訳で直接ろうあ者の力になろうとした。ところが、仕事は暴力団がらみばかりだった。そんな連中に利用されて食べていくのに耐えきれず、せっかくの技能を封印し、結局路上生活者に堕ちた。被告人は心の優しい“いい人”なのだ。だからこそ悩み、うまく立ちまわれず、矛盾だらけの世の中で生き方を見失ったのだ。

この「自分を曲げない生き方」に裁判所中が心を動かされた。論告で検事は型どおりの責め文句を連ねたが、ルールだから仕方ないんだという雰囲気ムンムンでおざなりに懲役1年6か月の求刑。弁護人も同じで、執行猶予がつかなかったらただではおかないという気迫。それを受けた裁判長は判決を下す。求刑通りの懲役1年6か月、執行猶予3年。やさしい激励の言葉を添えた。いい話であった。

被告人は土壇場で言い訳を連発するほど大損する。見苦しい、責任転嫁だ、反省してない、などと思われる。基本はイエスかノーでいいのだ。“負けて勝つ”ための執行猶予付き判決を得るためにも、言い訳してはならない。著者はいまだかつて、裁判で被告人の言い訳が奏功した場面を見たことがない。よく分かる。家庭内裁判の言い訳でドツボにはまるわたしには、よく分かる。

編集長 柴田忠男

image by: StreetVJ / Shutterstock.com

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