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新型肺炎で隔離の「クルーズ船」対応で手腕が問われる2人の大臣

新型コロナウイルスの集団感染が確認され、長期に渡り検疫中の状態が続くクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。その乗客の扱い等を巡っては、各国から非難の声も上がっています。そんな中、日本政府の「2月19日までの全員隔離」という方針に異を唱えるのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、日本に「クルーズ船の寄港地としては最悪」というイメージがつくのを防ぐためにも政府が今すぐすべきことを記しています。

クルーズ船の危機管理行き詰まり、厚労省は危機感不足

新型肺炎に関する、アメリカの報道を見ていますと、アメリカ人が多く乗船していて感染者も出ていることから、武漢での状況よりも日本に停泊中のクルーズ船の問題が中心になって来ています。先週は、色々な政治イベントがありましたが、毎日のように横浜港の問題は取り上げられているわけで、注目度は非常に高いです。

この件について厚生労働省は、感染者数の発表についてクルーズ船分を国内分と分けて数字を出しています。その上で、「WHOでも、日本国内の感染者とクルーズ船の感染者を区別している」ので、そのように報道するように、などという要請もしているようです。

また一部の報道によれば政府筋からは「たまたま寄港しただけだ」から、感染者数としてクルーズ船の分を、日本の感染者数に含めるなら「中国と同様に日本に対しても入国制限措置を取る国が広がりかねない」と心配しているようです。

ですが、実態としては少なくともアメリカでは「日本の問題」になっていますし、例えば個室に監禁されている状況や、環境が悪化しているということについては、日本の責任を問うようなイメージが広がっているのは事実です。

そんな中で、10日の月曜には乗客60名、乗員5名が新たに感染が判明し、合計の感染者は135名という数字になっています。これは大変な状況です。これに加えて、新型肺炎以外の疾病等、また多くの乗客が高齢であることから、健康問題も懸念されるところです。

厚労省は、現時点でも次の2点を判断の柱にしているようです。

1つは、ここまでお話したように、とにかく上陸許可を出していない。だから、人道上は感染者の入院等はさせるが、日本の感染者にはカウントしない。

そしてもう1つは、とにかく「水際作戦」というのを文字通り行うのであって、この船から日本国内に感染が広がることは「何が何でも防止」しなくてはならず、船ごと乗員乗客を隔離するのは正当。

という2つの考え方です。ですが、この2つはもう崩れ始めているのです。1つ目に関して言えば、政府としては不本意かもしれませんが、日本の感染者数には、クルーズ船の数字が合算されて報道されています。そして、このトレンドはひっくり返しようがありません。

もう1つの上陸不許可を根拠とした「水際作戦」ですが、これもその結果として、乗員乗客に著しい健康被害が拡大しては、本末転倒です。

こうなったら、徹底した危機管理思想に基づいて方針を転換すべきです。少なくとも、現時点で言われている、

・2月19日まで全員隔離、船内個室に監禁
・2月19日から順次全員ウィルス検査、結果待ちを含めて更に数日乗船を継続

という方針はまず不可能でしょう。日本人だけでなく、各国の乗客からの不満が噴出して、加藤大臣なども耐えられなくなるし、政治的にアウトになってしまいます。

2つ提言したいと思います。

1つ目は、風評の根絶です。これまで日本の政府もメディアも、東日本大震災の際の放射性物質の問題などを契機に、「安全と安心は違う」、つまり科学的に安全が証明されても、人間の心理として防衛本能が暴走して不安感情が先行するのは自然なので、その心理とは戦わない、結果的に不安感情が出たらそれを認めたり、場合によっては一部政治家などが利用したりするのは当たり前という暗黙の姿勢を取って来ました。

つまり、人間の感情面のパワーはスゴいので、その感情面から来る不安心理や風評とは喧嘩しないという姿勢です。今回の新型肺炎における「水際作戦」でも、そのアプローチが使えるし、それが第一だというのが政府の姿勢だと思います。

ですが、今回の現象はまだまだ戦いようがあるのです。まず、潜伏期間の問題があります。本当は何日と考えるべきなのか、これはWHOの見解も、中国政府の見解も変わってきています。その潜伏期間について、信じられればクルーズ船内の乗客も、仮に彼らが下船できた後の周囲の人々の対応も変わって来ます。信じられないのであれば、社会的なトラブルだけでなく、混乱が秩序を壊し、結果的に感染を拡大することもあり得ます。とにかく潜伏期間について、全員が信じられるようにして、仮に例外が出たらすみやかに医学的な検証を行って修正する、そのようにすべきです。

更に、感染の経路についても同様です。飛沫感染と接触感染だけだということになっていますが、中国の一部からは「エアロゾル感染」があるというような見解が流れています。これは非常に大切な問題です。エアロゾル感染があるのなら、仮にもう少し感染が拡大したら、満員電車の通勤などもってのほかだし、外食やホテルなどの産業は高度な対策を求められてしまいます。

この点に関しては、乗客の方々には申し訳ないのですが、今回のクルーズ船は貴重なケースになります。よく言われているように、船は揺れるのでアチコチに手すりがあり、しかも多くが高齢なので頻繁に手すりにつかまる、だから接触感染が広がりやすいというのは、かなり信用できるストーリーだと思います。

仮にそうであれば、それで全てが説明できるかどうか、徹底的な追跡調査が必要です。その上で、接触感染と飛沫感染だけで、全てが追跡できたとしたら、エアロゾル感染は心配しなくていいということになります。全員に記憶の残っているうちに、徹底的に調査してデータを集めて分析すべきです。

つまり、比較的早期に感染していたAさんという人がある階段の手すりをベタベタ触ったのが、何月何日の何時か特定できたとして、その手すりをその後で触った人を追跡するという作業を徹底して続けるのです。その結果として、感染経路と潜伏期間の特定が100名単位でできれば、これは貴重なデータになります。

その上で、仮にエアロゾル感染はないということになったとして、2番めに大事なのは、乗客、乗員の健康被害を止めることです。処方箋薬の供給は即刻、タオル、リネンの交換も即刻ですが、できれば多角的な理由による健康悪化が進む前に下船させるという措置は必要と思います。

大規模になるので、施設の手配が大変だというのはわかります。ですが、危機なのですから、民間施設の借り上げと公共施設の提供を特例で行って収容すべきです。例えば簡保の資金でできた宿泊施設とか、公務員の共済組合施設とかをまず提供して、足りなければ民間も提供する、とにかく船内の個室に閉じ込めて健康が悪化するようで、万が一重病人が出たら厚労省の責任にされてしまいます。現時点では、そうなった場合に日本政府と日本国のイメージダウンは避けられません。

とにかく、まず不安感情の元になる「潜伏期間、感染経路」の問題をクリアーにして、風評を抑え込み、迅速に乗員・乗客を地上の民間・公共施設に収容して健康被害を防止すべきです。

いやいや、クルーズの客というのは、基本的に富裕層だから、そこまでしなくてもいいという世論もあるのかもしれません。ですが、現状はそんなことを言っている場合ではありません。

日本のような高度に教育を受けた巨大人口を抱える先進国が、観光立国などというのは、本来は全く誤りでチャンチャラおかしいのですが、残念ながら観光業に依存する経済というのは否定できません。

仮にそうであれば、日本は「クルーズ船の寄港地としては最悪」というイメージがついてしまうのは、何としても避けなくてはなりません。IRを潰してプラス要因が消えるのならまだしも、現在、日本のGDPに大きく貢献しているクルーズ客が来なくなったら、しかも欧米系の長期滞在型のお客に徹底的に嫌われたらどうなるか、ここが踏ん張りどころだと思います。

もっと言えば、今回の危機管理は東京五輪を成功裏に運営できるかの試金石だと思います。「おもてなし」などと言いながら、何かが怖くなったら「よそ者」には平気で冷酷なことができる、そんなイメージが広まってしまったら、オリンピックの成功は覚つかないと思います。

加藤厚労相は、ここが踏ん張りどころです。省内では、大臣のスタンドプレーで振り回されて、前例や原則が変わるとメンツが潰されるといった役人根性が蔓延しているかもしれませんし、役人出身の加藤大臣としては、怖くてそれには手出しできないのかもしれません。ですが、そんなことをやっていては、この政治家は破滅してしまいます。

もう一人、茂木外相も同じです。乗員乗客の母国にあたる各国政府と協力して、安全にかつ速やかに乗員乗客を帰還させる、そのための複雑な調整を、既にやっているにしても、加速させていただきたいと思います。

例えばワシントンの国務省筋の人達は「日本のタテワリギョウセイ」についてはよく知っています。だから最初から諦めているのかもしれませんが、とにかく政府として調整して、最善の方法を考えて迅速に実施すべきです。

少なくとも、中国政府のほうが柔軟で現実的な対処をしてくれた、などという印象が広がっては、それこそ国益に関係してくると思います。

image by: Vladimir Arndt / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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