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新型肺炎で日本のメディアがほとんど報じていない検査体制の真実

すべてが後手後手に回り、海外からの強い批判の声も聞こえ始めた日本政府の新型肺炎への対応。安倍政権は、なぜ今回の「危機管理」でこのような失態を晒してしまったのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』でその原因を検証するとともに、日本のマスコミがほとんど報じていない「事実」を紹介しています。

新型コロナ大量検査体制の確立を急げ

新型コロナウイルス感染症について、加藤厚労大臣が「受診の目安」なるものを発表した。

「37.5度以上の発熱が4日以上続く方、強いだるさや息苦しさ呼吸困難がある方はセンターにご相談ください」。

センターとは「帰国者・接触者相談センター」という、いまだ“湖北省しばり”から逃れられない名前をつけた相談受付窓口である。

ご親切な指針。結構なことである。ならば、37.5度以上の発熱が4日以上続いてセンターに電話したら、どういう答えが返ってくるのだろう。そう思うと、不安になる。

ふつうの風邪なら3日で熱は下がるはずだから、4日以上としたのだろうが、それだけで新型コロナの感染が強く疑われるかというと、そうでもない。他の疾患でもそのような症状はあるだろう。

なにより、ウイルスの遺伝子検査をしなければ、確かなことはわからない。だからといって、すぐに検査に案内してくれるのだろうか、どこそこの病院へ行ってくださいと的確な指示をしてくれるのだろうか。

どうしてそう不安がるかというと、どうやらこの国では、新型コロナウイルス検査のキャパシティを、意図的に抑えている、そんなフシがあるからだ。

なんでも、現時点で検査ができるのは国立感染症研究所や地方の衛生研究所、民間検査会社を合わせて1日3,000件ていどだという。横浜港の豪華クルーズ船の検査が、1日300件とかなんとか言っていたのに比べると、格段に増えたように見えるが、それでも今後、感染者数がネズミ算式になっていく恐れがあるわりには、検査体制がお粗末である。

米国ではすでに「大量検査体制」が確立されているというから、日本の対策の遅れにはただただ驚くばかりだ。

17日のプレジデントオンラインに、フリーランス麻酔科医、筒井冨美氏が書いている記事によると、米国で猛威をふるっているインフルエンザの患者について、実は新型コロナの感染者も紛れ込んでいるのではないかとの見方があるという。このため、感染症対策の総合研究所であるCDC(米疾病対策センター)は「大量検査体制」を活用して、インフルに似た症状の患者にも新型コロナ検査を開始するらしい。

米国は日本に比べ中国からの渡航者が少ないうえ、厳しい入国制限もしているから、日本ほどの感染拡大はないかもしれない。それでも、そこまでの対策を進めているのである。

他方、日本においては、新型コロナウイルスが国内で大拡散中であることは疑いようがない。無症状の潜在感染者が自由に動き回ってウイルスをまき散らしている可能性が高い。

先日のTBS「サンデーモーニング」で、鎌田實医師は「政府は水際作戦に失敗したことを認識して対策を立てるべきだ」と話していた。

グローバル化とインバウンド頼みの日本経済のもと、「水際作戦」がかなり難しい課題であったことは確かで、結果論より、これからの対策が重要であることは言うまでもない。

だが、これまでの「失敗の本質」がどこにあったかを見極めておかないと、今後、重症患者のベッドを確保するなど国内医療体制を迅速に整えるうえでも、カオスにはまりこんでしまう危険がある。

振り返ってみると、厚労省が武漢における新型コロナウイルス感染の第一報を伝えたのが1月6日だ。

昨年12月中旬にはヒト・ヒト感染が武漢市で起こっていたという。中国の研究者が確認し、世界で最も影響力のある米国の医学雑誌『NEJM』に発表している。

だとすると、1月6日の時点では、すでに武漢から感染者が日本にかなりの数、入国していた可能性がある。

第一例目の患者が国内で発見されたのが1月14日だ。これを受け、厚労省はホームページ上で「国民の皆様へのメッセージ」を掲載している。

新型コロナウイルス関連肺炎に関するWHOや国立感染症研究所のリスク評価によると、現時点では本疾患は、家族間などの限定的なヒトからヒトへの感染の可能性が否定できない事例が報告されているものの、持続的なヒトからヒトへの感染の明らかな証拠はありません。武漢市から帰国・入国される方は、症状がある場合には速やかに医療機関を受診し、武漢市の滞在歴があることを申告してください。

家族間のヒト・ヒト感染をほぼ認めているのに、これが他人に移って広がっていくという可能性に言及せず、「持続的な感染への明らかな証拠はない」ということですましている。武漢市から帰国・入国する人も、これではフリーパスだ。

この時点で湖北省からの入国規制を実施していれば、いくらか感染者の流入が少なくて済んだかもしれない。

政府が「入国申請前14日以内に中国・湖北省に滞在歴があるか、湖北省発行のパスポートを所持する外国人について、特段の事情がないかぎり、入国を拒否する措置」を実施したのは2月1日のことである。

武漢は春節に入る前日の1月23日から都市封鎖され、市民の移動が制限されたが、森雅子法相が2月3日の衆院予算委員会で語ったところでは、武漢から直行便で1月20日~23日に外国人約1,700人が日本に入国したという。それから推定すると、春節前の1か月間に1万~2万人が日本に脱出してきたのではないだろうか。

「水際作戦」はすでにこの時点で、さほど意味がないものになっていたのは、厚労省や専門家なら誰しも認識していただろう。

にもかかわらず、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」をめぐって「水際パフォーマンス」を繰り広げた。安倍政権お得意の“やってる感”を演出しようとしたのだろうが、厚労省の役人の独断専行で、かえって船内感染を広げ、あげく諸外国のメディアから酷評される始末である。

そして誰もが不思議に思ったのは、約3,700人の乗客、乗員全員のウイルス検査をなぜしないのかということだった。

国内でも「既にウイルスが入り込み街の中で散発的な流行が起きていてもおかしくない」とする日本感染症学会の見解がありながら、厚労省の方針で湖北省と無関係な人は検査の対象外とされ、そのためウイルスが日本の街中にどのように広がっているかについてはベールに包まれたままだった。

おしりに火のついた政府が民間の検査会社の助けを借りて検査体制の拡充に乗り出したのは2月12日になってからだ。

当社の連結子会社である株式会社エスアールエルは、厚生労働省及び国立感染症研究所の依頼により、新型コロナウイルスの検査を2月12日(予定)より受託することとなりましたのでお知らせいたします。

 

(みらかホールディングスのサイトより)

SRLは日本国内の病院から送られてくる血液、便、組織などの検体を一日20万件もさばいているといわれる。ウイルス検査装置は最新式のもので、公的な研究機関とは比較にならないくらい手馴れているため、スピーディな検査が可能だ。

今後はこうした民間の検査会社をもっと活用していかないと、追いつかないだろう。

医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏は、政府が予算をつけてメガファーマを誘致すれば、クリニックのような小規模医療機関でも、検査をSRLなど民間検査会社にオーダーできると指摘する。

上氏の念頭にあるメガファーマの一つは、スイスの世界的な製薬・ヘルスケア企業「ロシュ」であろう。

「ロシュ」のスタッフは、新型コロナウイルスが発見されるやすぐに現地に入り、さっそく検査ツールの開発に成功、やがて商用バージョンが民間検査会社にも投入された。

それを報じたのが1月31日付ブルームバーグの記事だ。

スイスの製薬会社ロシュ・ホールディングは、中国で発生した新型コロナウイルスに対応する初の商業用検査ツールを投入する。(中略)同社では、数週間前に中国・武漢市を発生源とする新型コロナウイルスの存在が浮上した時に分子診断医から成る緊急対応チームが始動。スタッフが十分に配置された施設で数時間以内に診断が可能な検査ツールを開発した。…新型コロナウイルスの感染拡大に備える他の国々からも注文を受けているという。

上昌広氏は、日本のメディアで、こうした事実が報道されないのをいぶかる。

「海外メディアが大きく報じたが、日本メディアはほとんど扱わなかった。緊急事態に際し、記者クラブ、役人、そのまわりにいる学者はどこを向いているのでしょう」(同氏のツイッター動画より)

厚労大臣らの記者会見や、担当官僚のレクをうのみにして記事を書く記者クラブメディアの報道だけでは、われわれ国民は、世界から見て日本政府の対策がいかにズレているかを具体的に知ることはできない。

中国への渡航歴は?中国から来た人との接触は?など、いわゆる“湖北省しばり”で、一般市民を検査から切り離し、政府はこの間、ミスリードを続けてきたが、自治体や医療機関の判断により“湖北省しばり”を突き破って検査を行う動きが広がるとともに、感染が急速に拡大しつつある実態が見えてきた。

上氏は東洋経済オンラインの記事で、こう書いている。

新型コロナウイルスに限らず、ウイルスの遺伝子診断はありふれた検査だ。クリニックでもオーダーできる。看護師が検体を採取し、検査を外注する。SRLやBMLなどの臨床検査会社の営業担当社員がクリニックまで検体を取りに来て、会社の検査センターで一括して検査する。そして翌日には結果が届く。新型コロナウイルスに対する検査はすでに確立している。…この検査ツールは、感染研などが実施している研究レベルでなく、臨床レベルの厳しい規制、品質管理をクリアしている。

政府がその気になり、予算をつければ、民間の検査会社を活用することにより、近所のクリニックでも、検査ができるのだ。

検査の結果、陽性であっても、無症状や軽症なら、自宅にしばらくの期間こもっていればいい。

その分、感染が一定以上に拡大するのを防げるし、限られた数しかない入院ベッドを、重症化してしまった人のために確保することもできる。

しかも新型コロナウイルスか普通の肺炎かがわからずに、やみくもに抗生剤を投与されるなどの無益な医療を受けずに済むだろう。

これまでの政府の「失敗」には、狭い視野、情報不足、日本の医療への過信などがあったように思える。もちろん、中国との外交関係、経済界への配慮や、さまざまな政治的思惑もあったに違いない。

政府は一刻も早く大量検査体制を整え、各医療機関には院内感染を防ぐ十分な対策を整備するよう指導すべきである。

image by: Rodrigo Reyes Marin / Shutterstock.com

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