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シリア情勢再加熱とイラク情勢複雑化。トルコとロシアの狙いは?

このところ断続的に届いていたトルコとシリアの武力衝突のニュース。3月5日にシリア北西部イドリブ県での停戦が合意されましたが、状況はいまだ安定を見ていません。複雑でわかりにくいシリア情勢と、その影響を大きく受けているイラク情勢をメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、国際交渉人の島田久仁彦さんが解説します。トルコ、ロシアの思惑とEUやアメリカ、そしてISの出方は?目が離せない状況にあると声を上げています。

シリア情勢再加熱の恐れ。その背景とは

シリア情勢は9年の歳月と苦悩を経て、アサド大統領側がほぼ全土掌握するまでに勢力を回復し、“落ち着いた”と伝えられていました。それに呼応するかのように、ISの勢いも削がれ、シリアやイラクを舞台にしたISの夢は無残に散ったかのように報じられていました。

その楽観的なムードを一転させたのが、トランプ大統領が突如打ち出した『米軍のシリアからの撤退』と、そこに機を見出したトルコ・エルドアン大統領のギャンブルじみたシリア・イドリブ県への侵攻です。

以前にもお伝えした通り、イドリブ県は、アサド政権軍が唯一奪還できておらず、反政府武装勢力の最後の拠点となっていましたが、トルコにとって大問題だったのは、ここにクルド人勢力が多数存在したことでした。

シリア内戦を巡るチーム分けとしては、トルコは、アサド大統領に反対する反政府組織をバックアップしてきましたが、アメリカの介入で突如、クルド人勢力が反政府組織に加えられたことでとても複雑な状況に追い込まれました。

反政府武装勢力の健闘も虚しく、イドリブ県以外はアサド政権軍が奪還に成功しますが、そのイドリブ県で反政府武装組織とクルド人武装組織が拠点を作り、対アサド大統領の最後の戦線をはることになります。

アメリカも反政府武装組織をサポートしていましたが、一方的な撤退のアナウンスがなされたことで、『反政府武装組織へのサポート』という建前を用いて、宿願のクルド人勢力の壊滅という本当の目的を果たすべく、力の空白と混乱の最中、トルコ軍が国境越えをしたのが、確か昨年秋でした。

その後、散発的な戦闘がシリア軍とトルコ軍の間で繰り広げられていたのですが、小競り合いが次第にエスカレートしたことで、双方に死者が出て、一触即発の危機が訪れましたが、シリアの後ろ盾であるロシア・プーチン大統領が仲介することで、イドリブ県における停戦合意を昨年12月に締結し、事態が落ち着くかに思われました。

しかし、今年に入って、停戦合意は破られ、再度、シリアとトルコの戦闘が始まりました。エルドアン大統領は、ロシアがシリアに停戦合意を守らせていないと批判したことで、一気にトルコとロシアの関係がぎくしゃくし、2月末までに数度、シリアに派遣されているロシア軍とトルコ軍が対峙するという緊張状態に陥ることになりました。

トルコとしては、ロシアとの戦闘はどうしても避けたいと願っており、またロシアとしても、ウクライナ問題を抱え、またシリアを死守したいとの思惑があることから3月5日に首脳会談を開催することで合意しました。

しかし、ご存じの通り、6日からイドリブ県におけるbuffer zoneをロシアとトルコが共同でパトロールするという合意ができましたが、実際には両国の認識に大きな差があり、火種は消えていません。

アサド大統領の後ろ盾、ロシアの3つの狙い

ロシアのプーチン大統領としては、トルコがNATOの加盟国であることから、シリアを舞台にしてNATOと戦いたくないという思惑と、Brexitでごたごたしている欧州各国の目を覚まし、ロシア批判を再開させたくないとの思いがあり、形式上、矛を収める決断をしたのではないかと考えます。

しかし、ロシアにとってどうしてそこまでシリア、それもアサド大統領が大事なのでしょうか。表面的には、歴史的なつながりという理由が挙げられますが、実際には3つの狙いがあったのではないかと思われます。

1つは、『体制転覆の阻止』です。これは以前グルジア(現在のジョージア)での革命や、イラクでのサダムフセイン追放のための戦争、そしてアラブの春の影に欧米諸国の意図が隠れていることに気付き、親ロシアの中東における勢力であるシリア・アサド政権の体制維持を至上命題にして、地域における欧米の影響力を削ぎたいとの思惑です。

2つ目は、ISなどの打倒を含む『対テロ戦争』です。ロシアは国内にもイスラム過激派を抱え、常にテロの脅威にさらされていることで、ISなどのイスラム過激派勢力がロシア国内の過激派に影響を及ぼすことを厳重に警戒しており、その勢いを根源から絶つという狙いがあるように思います。ゆえに、シリア国内においても、反アサド勢力をテロリストとみなし、空爆などで破壊するに至っています。それが結果としてアサド政権軍の復活を支え、アサド大統領の権力基盤を強化することで、国内外のイスラム過激派へのメッセージとなっています。

そして3つ目ですが、『中東地域におけるロシアの権益の獲得と確保』という狙いがあります。恐らくこれが最大の思惑かと考えます。例えば、シリアにすでにロシアの海軍基地がありますが、この存在は、北東アフリカ諸国と地中海沿岸諸国に睨みが効き、対NATOの前線基地になるだけではなく、欧米に後れを取った中東への本格的な進出の足掛かりとしてシリアを確保したいという狙いです。反対側(シリアの対岸)では、ジブチやエチオピアに海軍基地や対テロ戦争の大本営を置くアメリカや中国と意図は同じです。

このようなプーチン大統領の狙いを察知してか、3月9日にイドリブ県に赴こうとしたシリア駐在のロシア軍の行く手を、撤退前の米軍がブロックしたという出来事がありました。実際の衝突には至っていませんが、『好き勝手にはさせない』というトランプ大統領からの隠れたメッセージだったのかもしれません。

混乱極め、複雑化増すイラク情勢

このような多方面・多角的な衝突は、シリア国内はもちろん、内政不安定な隣国イラクの状況をもかき回しているようです。3月15日までには次の首相が指名される予定になっていますが、まだ成り手が決まらず、その力の空白は、イラクを地域勢力の衝突の場に変えています。

イランにバックアップされたシーア派組織と、サウジアラビアなどに支援されているスンニ派勢力、そして元イラク軍の実力者(実はISのコアメンバーでもあった)、加えて、トルコが毛嫌いし、サダムフセインも目の敵にしていたクルド人勢力が乱立する形で、イラクをめちゃくちゃにしています。

イラクは今、イラン、トルコ、クルド人勢力、そしてサウジアラビアと、米ロの争いの場となっていると言っても過言ではないでしょう。アメリカは、すでに米軍のイラクからの撤退を計画していますが、そのスケジュールが遅れ続けるのは、このような混乱の存在が理由でしょう。

そして、この混乱を最も喜ぶのが、イラク国内で一旦壊滅したとさえ言われたISの残党です。ISの残党は一旦北アフリカ諸国、特に同じく混乱が続くリビアに本拠地を移し、またLone Wolfといわれる一匹オオカミたちを世界各地にばらまくことで、ISの勢力の維持と拡大を目論んできましたが、その勢力が今、イラクに再集結しようとしているらしいのです。

ISは上記に挙げたステークホルダーすべてにとって“敵”と言えますが、かつてのようにISを共通の敵として協力することはもはやできず、それがISの台頭を許す悪循環を呼んでいます。

イラクで勢力を回復するようなことがあれば、確実にイドリブ県を巡る混乱で手薄になっているシリア国内の主要都市が再度、ISの脅威と攻撃にさらされる恐れがあります。それはまた、シリアを確保したいロシアにとっても脅威となりますし、国境を接するトルコにとっても、望まない不安定要因となります。

その不安定要因を取り除くために、エルドアン大統領はここでもまたEUに対する賭けに出ます。ニュースでも報じられている『トルコ国内のシリア難民を留めず、ギリシャとの国境を開放することで、EUに再度、難民の流入を起こす』という賭けです。

EUにギャンブルを仕掛けるトルコの狙い

これまでEU加盟問題や人権問題、財政問題など、多岐にわたって事あるごとにケチをつけられ、またシリア難民をトルコ国内に留めおく代わりにEUがトルコに60億ユーロの支援をするとの合意が履行されていないことに業を煮やして、2月28日から3月1日にかけて、『門は開かれた』というエルドアン大統領の発言にもあるように、国内のシリア難民を一斉にギリシャ国境まで移送するというギャンブルに出ました。EUはもちろん猛反発していますが、トルコは怯む雰囲気もなく、3月9日にブリュッセルで開催された首脳会談でも議論は平行線だったとのこと。

トルコの本当の狙いは何なのでしょうか?それは、イドリブ県におけるシリア国軍との衝突、そしてその後ろにいるロシア軍との衝突を避けるべく、EUやNATOからのバックアップを取り付けたいがために、シリア難民を餌に使っていると思われます。

今のところ、EUやNATOは本件への介入を見送っていますが、トルコ・ギリシャ国境に押し寄せる難民の波を目の当たりにして、今後、どのような決定がEU側で下されるかは、恐らく第101号を発行する頃には見えているかと思います。

そしてこの裏には、また東地中海海域での天然ガス田開発権(@キプロス)を巡るEUとトルコの争いも絡んでいますので、非常に複雑なゲーム・ギャンブルとなっています。

このような地域における直接的な反目はもちろん、シリアに権益を確保し、進出の足掛かりとしたいロシア、それを止めたいという目的と共に、盟友イスラエルに敵対するアサド政権をつぶしたい米国、トルコが目指すようにクルド人を実は排除したいイラク、イランなどの周辺国、そして、今でも中東・アフリカ地域は自らのsphere of influence(勢力圏)だと思い込んでいるEU。そして、まだイスラム国家の樹立を諦めないISの勢力。

地域内外の各勢力が戦いの場に選んだのがシリアとイラクであり、そこでの戦いの勝敗を決定づけるべく、いろいろと企んでいるのがEUや米国、ロシアと言った大国です。そして何よりも、いつもその中心にいて、状況をかき回しつつ、勢力基盤を盤石なものに変えていくのが、そう、トルコ・エルドアン大統領です。

国内での神通力は、かつてほどではないと言われていますが、トルコとその周辺地域、そして中東各国に赴かれたことがある方ならお感じになっているかと思いますが、まだまだエルドアン大統領の影響力は絶大です。

今後、そのエルドアン大統領が、どのような勝負を仕掛け、それに翻弄される大国たちと周辺国がどのように動き、そして中東・アフリカ、そして地中海地域はどのように再編されるのか。中東・北アフリカ地域で繰り広げられるトルコ主導のパワーゲームから、目が離せません。

image by: shutterstock

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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