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高評価のクオモNY州知事、ブレる安倍首相。何が欠けているのか?

新型コロナウイルスが猛威を振るう中にあって、冷静さとブレのない対策が評価され支持率を上げているクオモNY州知事。一方で、後手後手とも思われるその対策が批判的に受け取られ、支持率が急落した安倍総理。その差はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんが、「リスクコミュニケーション(リスコミ)」をキーワードに日米の違いをあぶり出すとともに、「安倍首相は新型コロナ対策について、100%理解しているとは思えない」と記しています。

新型コロナウィルス問題の論点 専門家頼みのリスコミを疑う

コロナ危機の進行に伴って、リスコミ(リスクコミュニケーション)という言葉に接する機会が増えてきました。色々な定義ができると思いますが、広い意味では、リスクが増大している時期、つまり危機が進行している中で社会の中で飛び交うコミュニケーションを、どうやったら上手く進めていくかという問題意識であると思います。

例えば、Wikipediaの日本語バージョンでは、どなたかが書いた「社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などのステークホルダーである関係主体間で共有し、相互に意思疎通を図ることをいう。合意形成のひとつ」というキレイな定義付けがされていますが、問題はそれをどうやったら上手くいくかということだと思います。

まずこの間、アメリカでも日本でも見られる現象として、「正しいことは専門家に語らせる」というアプローチがあります。

例えばアメリカの場合は、大統領の役割は「コロナなんて大したことない(3月上旬まで)」「いや、大変みたいだから俺が仕切ろう(4月上旬まで)」「もう我慢出来ないので経済オープンしよう(4月中旬以降)」という大雑把で、極めていい加減な仕切りを続けています。

さすがに一番厳しい時期はケンカを売るのは止めていましたが、厳しい姿勢を取るのに少し飽きてくると、どうしても危機意識の少ない中西部の支持者の言い方とシンクロしてくるらしく「俺が人工呼吸器を手配したのにお礼の言葉が少ねえじゃないか」とか「どうせ各州のマスクとか人工呼吸器の要求数なんて盛ってるに違えねえ」などと言いたい放題になっています。

危機の深い州では、特に後者の方については「命の問題に関してあまりに不謹慎」という反応になるわけです。当然すぎるほど当然ですが、ある種の宿命として、コロナ危機の深刻な州は「人口密度が高く、国際社会と密接」という特徴があるために、民主党支持(リベラル)であるわけです。そうなると、この種のケンカというのは、以前からある「左右対立」だということになり、感染拡大への危機感の薄い保守州は「大統領のほうが正しい」と思いこんでしまいます。

先週全米で騒動となった「社会をオープンしろデモ」の大盛り上がりについては、トランプが背後で煽っていたのですが、どう考えても悪質な行為ではあるわけですが、憎いリベラルの言うことを聞いてこれ以上ガマンをするのはイヤ、という左右対立から言われてしまうと、議論は難しくなります。

その点で、結局「専門家」が登場しないとダメということになります。

アメリカの場合は、ホワイトハウスの専門家チームというのがあって、3名が主要な「顔」としてメディアに出てきます。それぞれにキャラが立っています。

■アンソニー・ファウチ博士

感染症の最高権威ということになっています。絶対に主張を曲げません。ですから、大統領の言うこととしばしばズレが発生します。大統領がファウチ博士をクビにするとか、ファウチ博士の方で怒って辞任するという噂が出たことは数え切れないほどあります。ですが、ファウチ博士は絶対に大統領の売ってくるケンカは買いません。大統領批判もしません。ですが、正しいことは曲げない、そうしたキャラで押し通しています。その結果として国民の中でも博士の悪口を言う人はいません。

■サマンサ・バークス博士

女性専門家としてファウチ博士とコンビを組んでいます。非常に雄弁です。論旨も明快。ファウチ博士とのズレはありません。同じように、絶対に大統領批判はしません。ファウチ博士と異なるのは、医学面以外で大統領の姿勢に「お付き合い」をするということです。良くも悪くも政治的センスがあります。例えば中国での初動への批判とか、ウィルス人為説などでは、科学者として許されるギリギリの範囲で大統領への「迎合」という名人芸を展開することがあります。ファウチ博士を含む専門家チームを守るためなのだと思います。

■ジェローム・アダムス博士

軍医として閣僚メンバーである保健長官(Surgeon General of the United States)のポストを務めています。トランプ政権では珍しいアフリカ系です。トランプ派と目されていましたが、危機が進行するにつれてファウチ博士のチーム内で、ズレやブレなく活動するようになってきました。それとともに、東部など危機の進行している州では人気が上昇していますが、反対に中西部では不人気になったのか、表舞台には出たり出なかったりです。

とにかく、ファウチ博士が最高権威で、バークス、アダムスの両博士は、それを補佐しながらファウチ博士をトランプとトランプ派の無茶から「防衛する」ように動いているようです。

結果的に、この間に大統領の支持率はアップしましたが、その支持というのはファウチ体制への支持だという解説もあるぐらいです。大統領は右派的な、あるいは命よりカネ的な放言大魔王として「野放し」になっている分、ファウチ体制がしっかりと「リスコミ」の重責を担っているという奇怪な構造になっています。

一方で日本の場合ですが、加藤勝信厚労相は、最初のうちは必死に会見をやっていましたが、「危機が深化する中では組織防衛的なニュアンスが出ると炎上するだけ」ということが見えてきたので、後ろに引っ込んでいるのは正しいと思います。また、菅官房長官については「有能なのに安倍総理が外しているのが間違い」という解説がありますが、そういうことではなく、決してこの方もリスコミが得意なわけではないと思います。

政治家の場合、リスコミということでは、小池都知事の評価が上がっていますが、彼女の場合は築地問題がいい例で、批判者、チャレンジャーとしてのスキルはあるわけです。ですから、政府がモタモタしていて、それを批判するという構図に持ち込むと強い、ですが、自分として確たる方針があるのかというと、どうも怪しいわけです。その証拠に、会見を毎日やっていますが、その話術はテレ東時代同様にプロ級ですが、内容は薄いです。

安倍総理に関しては、「マスク配布+星野源ビデオ」で叩かれているわけですが、そうではなくて、会見において準備不足のために、どうしても内容が薄くなり、説得力が出ないということが最大の問題であると思います。

というわけで、日本の場合はアメリカとはまた違う意味で「専門家」にリスコミの役割が回って来ています。ですが、その使われ方としては、アメリカとは違って、どうも妙な格好となっています。

ズバリ、尾身茂、押谷仁、西浦博の3名は、本当に多忙の極致の中でよく頑張っておられると思いますが、政治や官庁としては、この3人にリスコミを押し付け過ぎと思います。

例えばどうして「3密」はダメなのか、「クラスター潰し」の戦略は何が目的なのか、「クラスター潰し」がプランAで「接触削減」がプランBという「方針転換」がされたのではなく両者は連続している、といった基本的な問題について、どう考えても安倍総理はブリーフィングを受けて100%理解しているとは思えないのです。

また、理解が十分でないことから、いつの間にか目標が違ってきてしまうということもあります。例えば「80%」がいつの間にか「70%」になって、それが結局は達成できないとか、要するに政治の中で目標設定がズルズル後退してしまうわけです。

そこで危機感を持った西浦教授などは「8割おじさん」などというニックネームで呼ばれることを受け入れて、「噛み砕いて話さないといけないレベル」のリスコミまでも背負わされてしまっているわけです。これはマズいと思います。

一方で、あくまで「何もしなかった場合の警鐘」として挙げた「42万人死亡」という数字が独り歩きして、西浦教授を叩く動きすらあるわけで、こうなったら何をかやいわんやという感じです。

大切なのは、自分が納得するまで、そして応用編の質問にアドリブで対応できるまでに十分なブリーフィングを受けて、政治家がしっかり危機管理の中心に立つことです。安倍政権は末期的ということが言われていますが、ポスト安倍を考慮してゆくのであれば、少なくともそのスキルと姿勢を持った人材に絞って議論すべきと思います。

NY州のクオモ知事が行う毎日の定例会見が評判になっていますが、これは死者数などネガティブ情報に向き合っていること、数字の見せ方が上手なこともありますが、とにかく「内容の100%以上を理解して喋っている」以上でも以下でもないところが成功しているだけです。しかし、その程度で大統領への待望論が出るというのは、ちょっと困った感じというのが正直なところではあります。

新型コロナウィルス問題の論点 コロナ治療薬と副作用の問題

7日の配信号(「緊急事態宣言も東京はロックダウン無しで感染爆発を防げるのか?」で「治療薬の現況」についてお話をしました。その後、研究や、投与された症例の検討が進んでいます。重症化のプロセスにおいて、患者の体力が残っているうちに、少しでもウィルス増殖を抑制するという目的だけでなく、発症直後の早期に投与することで重症化が抑制できた症例なども出てきています。その一方で、副作用についても問題が指摘されています。今回は、その点を整理しておこうと思います。

1.抗インフルエンザウィルス薬ファビピラビル(アビガン)

日本発の薬剤ということで、期待がありますし、実際に著効したという症例も出てきています。ただ、催奇性が懸念されるので、妊婦と妊娠を予定している男女双方には禁忌というのが要注意です。その他に、かなり血中の尿酸値を上昇させるという報告もあり、そうしたデメリットを越える効果を証明する必要があります。

2.ロピナビル・リトナビル配合剤などの抗HIV薬

カトレラという商品名で、HIVの薬として認可されています。ですが、副作用はかなり強く、嘔吐・下痢・腹痛などの胃腸症状が短期でも出やすいようです。また、高血糖、膵炎、肝障害、不整脈、皮膚障害などの報告があります。血友病のある人は、出血の発現の要注意のようです。

3.抗エボラ出血熱ウィルス薬レムデシベル

アメリカのFDAがフェーズ2へ進むことを認可したとして話題になっていますが、問題は肝機能に障害が出る危険性です。

4.抗マラリア薬であるヒドロシクロロキン

商品名はプラケニル。マラリヤ薬のクロロキンを改良して、全身性エリテマトーデスや他の膠原病の薬として確立している薬剤です。問題は、通常量の使用では網膜症の発症を警戒しないといけない点ですが、大量に投与すると強い心臓毒性を発揮する点です。トランプが「ファンタスティック」だと持ち上げており、信じたトランプ派の夫婦が「感染を恐れて事前に飲んだ」ところ夫が即死するという事件がありました。尚、コロナ患者への投与では高確率で胃腸障害が出たという報告もあるようで、ちょっと難しくなって来たかもしれません。

image by: 首相官邸

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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