突然のイージス・アショア停止で判った、安倍首相の戦略的大混乱

 

守るのは日本国民でなく米軍基地

第4に、イージス・アショアを東西2カ所に配備すれば日本列島全体をカバーできると政府は説明してきたが、これがまた嘘で、そもそも安倍首相に日本国民を守るつもりなど毛頭なく、その2カ所を選んだのは、北からハワイに向けてミサイルを発車すると秋田上空を通過し、グアムに向けると山口上空を通過するからで、つまりは、米国領とそこにある米軍基地が北のミサイル攻撃を受けるという時に「口を開けて見ているわけにはいかないじゃないか」という安倍首相流の「集団的自衛権」感覚による対米サービスがこの計画の本質である。

第5に、そうだとすると、考えるべきは北朝鮮のミサイルだけでいいのか。中国の増強著しい核ミサイルも日本・グアム・ハワイの米軍基地と米本土を射程に入れているし、ロシアもたぶん同様。「ミサイル防衛」と言うのであれば、それら全体の潜在的脅威の見積もり、対処の優先順位、可能な手段等々の検討があって、その一環として2カ所にイージス・アショアを置くことの意義が確定されなければならないが、そういう検討が行われた気配はない。

安倍首相は、プーチンとはお友達だし、習近平は国賓に招こうとしている親密な関係なので、そちらからミサイルが飛んでくることは想定しなくていいとでも言うのだろうか。そのような、現政権の首脳がどこの誰と仲がいいとか悪いとかいう話が、軍事戦略とはまるっきり無関係であることは言うまでもない。

米国が問題にしている中国のミサイル

東アジアの軍事バランスに関して、米国が一貫して重視しているのは、北朝鮮ではなく中国である。本誌No.815(2015年12月14日号)でも詳しく伝えた通り、ペンタゴンに直結する軍事政策の研究機関「ランド・コーポレーション」が15年9月に公表した「米中軍事スコアカード/1996~2017年にかけて変化する戦力、地理および力の均衡」では、台湾海峡をめぐって米中が戦った場合に、中国の日本・沖縄、韓国、グアムなどの米軍基地に対する攻撃能力や、中国の潜水艦部隊による米空母艦隊などへの攻撃能力で、17年には中国が「やや優勢」に立つと予測していた。それからすでに3年を超えた今では恐らく「やや」のとれた「優勢」が確保されていると考えられる。

分かりやすいのは、中国の短・中距離ミサイル攻撃能力の1996年、2003年、2010年の変化と2017年の予測を描いた4枚の地図で(図1)これを見ると、96年にはDF-11および15級のミサイル数十発が台湾と韓国のほぼ全域に届く程度であったのが、03年にはそれが数百発に増え、さらに10年になると劇的な展開があって、DF-11とDF-15は数千発、日本全土とフィリピンまでカバーするDF-21とDH-10は数百発、グアムのアンダーソン空軍基地にも到達しうるH-6やIRBM(中距離弾道弾)は数十発を保有し、17年ともなればアンダーソン基地を撃てる数も数百発に増えるというのである。

図1―中国の短・中距離ミサイル能力の進展

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これがどういう脅威を米軍にもたらすかを示す一例が嘉手納空軍基地が爆撃された場合で(図2)、中国が108ないし274発の中距離ミサイルを集中的に発射し、嘉手納の2本の滑走路にそれぞれ2個所、直径50メートルの穴を空けられた場合、米軍の戦闘機が飛べるようになるまでに16~43日、大型の空中給油機が飛べるようになるには35~90日もかかる。つまり、修復できた時には戦闘は終わっていて、せっかくの前進配備は何の役にも立たないということである。

図2―嘉手納空軍基地が爆撃されると

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