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安倍マジックの正体。保守もアベガー勢も騙される次期総理と解散の行方

日本中が驚いた、安倍首相の突然の辞任表明。会見で首相は「このタイミングしかない」と口にしましたが、これにはどのような深謀遠慮が込められているのでしょうか? そして、約8年の在任期間中、有権者からの「不思議な支持」を拡大しつづける一方で、反対派から極端に強烈な反感を買った最大の理由とは? メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』を発行する米国在住作家の冷泉彰彦さんは、これらの点を踏まえて自民党総裁選や解散総選挙のゆくえを分析。「安倍マジック」とも言える政治術の本質を考察しています。

緊急特集、安倍政権崩壊

(第一部)何故、このタイミングだったのか?

安倍総理はどうして8月末のこのタイミングで辞任表明をしたのでしょうか?表面的には総理の健康問題があるわけですが、その裏には勿論、政治的な理由があるわけです。ヒントとしては、その総理自身が「このタイミングしかない」と言っていることです。

このタイミングで内閣を終わらせなくてはならない、その意味は非常に単純です。

それは、安倍総裁で総選挙を戦う選択はないということです。その上で、任期満了を来年に控え、与党が解散総選挙に打って出るには年内の早期というタイミングしかない、ということです。

つまり、安倍総理ではない新政権で早期に解散を行う、そのためには逆算するとこのタイミングしかないということになります。

タイミングという話をもう少し詰めるのであれば、まず、普通に考えると5つの要素が指摘できます。

1つはコロナ問題です。安倍総理はドサクサに紛れて、「指定感染症2類相当の解除」と「PCR検査の20万件体制」ということを辞任会見の前半で述べていますが、これは非常に重要な判断です。検査を拡充する、しかし無症者の隔離は穏やかにするというのは、より経済活動を拡大するという政策とのセットです。

上手くいくかもしれませんが、下手をすれば感染拡大や偽陽性、偽陰性によって社会が混乱する危険もあります。ですが、新政権が改めて胸を張ってこの方針を進め、結果が出ないうちに、解散してしまうという計算はあると思います。

2つ目は、河井夫妻の問題です。裁判が進行するにつれて、マズい事実が出てくるのは避けられそうもありません。この裁判で、仮に党本部からのカネの流れが明るみに出れば、安倍、菅の両氏が、また河井案里の政敵であった溝手の陣営が汚いということが分かれば岸田氏が傷つきます。裁判が進行する前に解散してしまいたいという動機はありそうです。

3番目は、景気の問題です。日本経済は観光、運輸だけでなく、やがて世界的な自動車販売不振の影響を受けて、第3四半期以降のGDPは相当に悪くなる可能性があります。また、地方の観光関連産業などで倒産が相次げば、青息吐息の地銀はどんどん追い詰められるということもあるでしょう。また世界同時株安、あるいはアベノミクス終了を見越した円高なども可能性はあります。そうなる前に解散しておくという判断はありそうです。

4つ目は、五輪です。どこかの時点で、2021年度のオリパラも解散断念という事態になるかもしれません。ですが、これは多くの国民が積極的になった結果として誘致したものですから、政局にはあまり関係はないでしょう。もしかしたら、一番気にしているのは小池陣営かもしれません。中止発表の前に解散の方が有利ということです。どういうことかというと、中止になった場合には「捨て金の責任問題」という泥試合があり得るからです。

5番目は、米大統領選のタイミングです。仮にトランプが一期で落選ということになり、バイデン=ハリス政権となれば、安倍さんでも勿論対応可能ですが、岸田さんが微妙に有利になります。その前にということは、多少要素としてあるかもしれません。

以上の5つの要素ということが言えますが、それに加えてもう一つ、今回のタイミングを決定した要因としては自民党総裁選の規則という問題があります。

仮に、安倍総理の下で解散総選挙を行い、そこで万が一大きく負けて内閣退陣となると、選挙後の総裁選は通常の選挙になります。ということは、自民党の衆参両院議員に加えて地方党員票が乗ってきます。そうなると、石破氏が有利になってしまいます。

また、仮に総理の健康問題で辞任するにしても、「平時」であれば通常の選挙になります。ですが、現在はコロナ危機の渦中です。ですから緊急時だということにして、両院議員総会+各県3票の簡易方式で押し切ることができるわけです。

コロナ危機に関しては、危機が本当に深刻であれば、たとえ健康問題があるにしても「政権投げ出しへの批判」が出ます。ですが、今回は、「2類指定解除+大量検査体制」を切り札に「収束へ向かわせつつ経済を再開」というトレンドの中ですから、結局そうした批判はできませんでした。ですが、緊急時が続いているから地方票の投票は省略するということで、「石破封じ」が可能になったわけです。

安倍総理の言う「このタイミングしかない」というのは、そういう意味だと思います。

一方で、このタイミングの問題、特に解散総選挙の問題というのは複雑です。

どういうことかというと、今回9月14日(現時点での見通し)に決まる新総理による政権は、一種の選挙管理内閣のようなものですが、ただ、解散権行使というパワーだけは与えられるわけです。そこで、次のようなことが言えます。

まず「次」を狙う人物は、解散のタイミングに勝負をかけることになります。そして、解散総選挙で勝てば本格政権を発足させることができるわけです。

一方で、「次」に負けた政治家は、「次の次」を狙うことになります。つまり「次の政権」が総選挙で負けて退陣するが、引き続き政権を担えるだけの議席数は与党として選挙で確保するというのが条件になります。加えて、自分の同志が多く選挙に通って来るということも必要です。

ということは、例えばですが、本稿の時点で有力と言われている菅さんとしては、組閣が非常に重要になります。ライバルを取り込むことが非常に重要だからです。閣内に引っ張り込めば、勝っても負けても一蓮托生になるからです。

不気味なのは小池知事で、全く何も動かないという選択も勿論あるわけです。ですが、今回の政変は傍観するとして、解散総選挙となった場合に動くのか、動かないのかというのは大きなポイントになります。

そう考えると、大事なのは解散のタイミングです。

そこで問題になるのは、就任して即解散ができるかという点です。ここは非常に難しいのですが、菅氏の場合は、総理の健康問題という不測の事態のために自分が継承したが、自分に関する民意を問いたい、安倍政権を支えた自分としては、その年月も含めた評価をしてもらいたい…そんなカッコいいセリフと共に解散したいのかもしれません。

ですが、そうなると、河井問題、これに加えて森友などの問題も引きずってしまいます。

もしかしたら、そうではなくて、菅政権は過去の安倍政権とは距離をおく、つまりアベノマスク、河井問題、森友+加計といった問題に関しては、自分は距離を置いたとして、むしろ淡々と解明に向かうというような突き放しをして、なおかつ、この9月から10月にかけて仮に大規模な台風の接近などがあった場合は、安倍体制以上にプロとしての危機管理能力を見せつける、その上で解散ということもあります。

ですが11月の中旬まで引っ張ると、仮にバイデン当選の場合に岸田氏が「バイデンとはツーカーだ」としてアピールしてくるとか、第3四半期のGDPで厳しい数字が出てくるといった問題があって面倒…となると解散は10月後半という考え方もできます。

早期解散か、10月後半か、いずれにしても仮に菅政権となった場合には、緻密な計算の上での果断な判断が求められると思います。

(第二部)安倍政権をどう評価したら良いのか?

政権への私の評価ですが、かなり難しいと思います。とりあえず現時点での評価を整理しておくことにします。

一番の功績は、右派の支持を利用して中道政策を実施したことです。具体的には、日韓合意(先方が壊したわけですが)、譲位の成功、日米相互献花外交、LGBTQ人権理解に一定の前進、移民拡大、対中関係と対ロ関係の穏健な維持といった、仮に中道政権であれば右派の反対で立ち往生したテーマを、実務的に処理ができたのは大きいと思います。

一方で、3本の矢というアベノミクスについては、結局の所は第3の矢である構造改革が全く進まなかったわけです。これは総理本人が改革の意義を理解していない以上仕方がないとはいえ、政官民の守旧派に利用されまくった7年だという批判は免れえないと思います。

外交は及第点であると思います。特にオバマ外交との協調に加えて、トランプの「スキを見せれば通商や安保面で無茶苦茶を要求される」危険を、自然体のアプローチで懐へ入り込んで、よく「かわした」のは功績です。トランプに頭を下げているようで、国の威信を傷つけることはしなかったわけで、その微妙な演技・演出については勿論、仕掛け人がいたのだと思いますが、安倍晋三という役者はその演出にピタッとハマったのだと思います。その一方でTPP11をやり、欧州との協調、トランプ対策でのG6首脳の結束、対中、対ロなども含めてキメ細かく実施したという評価は可能でしょう。

一番評価が難しいのは、有権者から不思議な支持を受け、それを拡大し続けたことです。その一方で、反対派からは、「アベガー」「アベガー」と延々と批判され、これまた不思議なまでの反感を買ったわけです。その本質は様々な角度から分析しておく必要があると思います。

まず支持の理由は「弱さ」と「裏表のなさ」であると思われます。良家の御曹司、また有能な政治家の長男でありながら若い時には知的訓練ができなかった、その弱さが「知識人への嫉妬」を抱えた層の琴線に触れたのだと思います。私にはどうもピンと来ないのですが、どうにもこうにもそう考えるしかないと思います。健康不安すら支持に転じるということになったわけですが、要するに「強さ」を誇示する人物ではなく「弱さ」を自然体で見せていた人物だったということです。

お子さんに恵まれなかったとか、奥さんが「オッチョコチョイ」だというのも、これまた不思議に「憎めなさ」になっていたのです。では凡人かというとそうではなく、勝負勘や敵味方の峻別という点では一種の迫力もあったわけです。

更に、嘘のつけない、つまりスキャンダルや強行採決など様々な局面で、山のように嘘をついたにもかかわらず、顔にはちゃんと嘘と書いてあったところが支持者には歓迎されたのだと思われます。スキャンダルにしても、私欲のためでなく、群がってくる利権の交通整理を仕切れない「弱さ」の結果として支持者からは、落胆というより同情の対象となったし、反対派の批判が支持者を結束させるというメカニズムが何度も何度も回転していたと思います。

一方で、反対派の側の憎悪というのも、これまた歴史に残る不思議な社会現象でした。過去の長期政権においては、佐藤栄作はベトナム戦争への協力故に憎まれ、中曽根康弘は日米軍事同盟と右派的なイメージ、そして行革リストラで恨みを買ったわけですが、そこには説明不能なものはあまり無かったように思います。

ですが、安倍さんが嫌いな人にはここまで憎まれたというのは、なかなか分析が難しいように思います。多分その表層には、若い時の歴史修正主義的な言動への拒否感があり、その上で「無能、無教養な人間が国の舵取りをしている」ことへの拒絶感、素直すぎる性格ゆえに「日米の非対称な関係」などを隠さずに露見させてしまうことで、余計に不快感を持ったのだと思われます。

疑似ファシズムとして、明らかに民主主義の原則を大きく逸脱しているトランプ、ドゥテルテ、ボルソナロなどと比較すれば、安倍政権というのは「はるかにまし」でした。にもかかわらず、同じように「アベガー」「アベガー」と批判され、しかも批判する側が思考停止状態であったというのは、とにかく特筆すべき現象であったと思います。特に、産業構造改革については、総理支持派とアベガー派は右と左の両側から妨害していたとしか言いようがありません。

結局、安倍さんの術中にはまって「敵味方の論理」に入っていくと、何をやっても追及しきれないし、また選挙になれば結局は安倍さんを勝たせてしまう、その繰り返しになったわけです。

image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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