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米中イランと曲者トルコ。中東を最大の危機に陥れる各国の思惑

バルカン半島と並び、長らく「世界の火薬庫」と呼ばれ続けてきた中東に、またもきな臭さが漂い始めています。8月13日、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化の合意を発表。これによりますます孤立を深めるイランに中国が接近するなど、バランスゲームが活発化しています。中東情勢は今後、どのような様相を呈するのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんが、中東地域を最大の危機に陥れている要因と各国の思惑を分析。さらに武力衝突の可能性についても言及しています。

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混乱と緊張を高める中東情勢

イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)が国交正常化に合意したとの電撃ニュースをきっかけに、中東地域におけるバランスゲームが活発化してきました。

これまでにどちらも“核戦力”であると言われているイスラエルとイランの刮目と、その間に挟まれ、シーア派のイランも、同胞パレスチナ人の権利を奪い去っているイスラエルも嫌いなアラブ諸国は、いわばイスラエルとイランの対立激化を防ぐクッションの役割を果たしてきました。

しかし、ここ最近は、イランとサウジアラビア王国をはじめとするスンニ派アラブ諸国との間での対立が激化し、その背後でアメリカのトランプ政権からの積極的な働きかけもあり、歴史的背景から100%の融和と和解はないとは思われますが、アラブ諸国にとってのenemy number oneは、イスラエルではなくイランに変わってきたように思われます。

アメリカを中心とする欧米からの経済制裁の下でも着々と軍事力を増強させ、地域最強ともいわれる革命防衛隊を擁するイランは、原油輸入からの収入に胡坐をかいてきた他のアラブ諸国との実力差を拡大させてきたことから、サウジアラビアを筆頭に、地域におけるスンニ派勢力の影響力維持のために、イランへの敵対を強めてきています。

トランプ政権下で露骨なまでのイスラエル寄りの政策が取られ、かつイランに対する敵対度も格段に上がった状況にも影響され、100%アメリカの中東・イスラエル政策を支持するものではないと前置きしつつも、反イランで固まりつつあります。

現在、中東における混乱と緊張のmain playersは、イラン、トルコ、アメリカ、イスラエル、UAE、サウジアラビア、中国と言えるのではないかと考えます。

特にアメリカを後ろ盾にしたイスラエルは、あまり自らの歴史的な主張を引っ込めることなく、「宿敵イランの地域への恐怖に対する抵抗」を旗印にアラブ諸国との距離を縮め、アメリカと共に“イラン包囲網の拡大”に乗り出しています。

その動きに真っ先に乗ったのがUAEです。UAEと言えば、以前、イランがサウジアラビアの油田施設に対して巧みで大規模な攻撃を加えて大打撃を与えた際、イランから名指しで「次はUAEだ」と言われています。覚えていらっしゃるでしょうか?

以後、UAEは対イラン批判を弱め、バーレーンでの“代理戦争”からも一旦手を引く動きを示し、イランからの攻撃の危険性を可能な限り削ぐ努力をしてきました。

しかし、今回、イスラエルとの電撃和解とアメリカからのサポートをバックに、隠してきた鋭い反イランの“爪”を再度出して、対決姿勢を示すことにしたようです。

この“電撃和解”ですが、表面上はサウジアラビアには諮らずに勧められたように見えますが、イスラエル、UAE、サウジアラビアそれぞれの関係者から聞いたところでは、事前に相談はされており、サウジアラビアが直面する“アラブ諸国の雄”としての事情を理解したうえでの措置だったそうです。

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ここでいう“サウジアラビアの特殊事情”とは、「アラブ(スンニ派)の雄として、表立って同胞パレスチナ人を抑圧するイスラエルとの和解を支持できず、公式には“まずはパレスチナ問題の解決が先決”との立場を取らざるを得ない」というものです。

まだすべてのスンニ派諸国がこの和解に乗っかっていない中、サウジアラビアが率先してサポートできないという事情があるようです。

しかし、先日、イスラエル高官御一行様を乗せたイスラエルの国営El Al航空機がTel AvivからUAEの首都Abu Dhabiに向かう際、これまで禁じてきたサウジアラビア領空通過を黙認したことで、「今回の電撃和解ディールを暗に歓迎している」様子を示したのではないかとの憶測が飛んでいます。

もしそうだとしたら、サウジアラビアがイスラエルとの和解と国交正常化に走るのは最後だとしても、イスラエルとアラブ諸国全体の和解への動きが加速することになると考えられます。

しかし、その前に立ちはだかるバリアが、イスラエル側にあるアラブ諸国への歴史上拭いきれない不信感です。

今回UAEとの電撃和解を演出して見せましたが、その仲介をしたアメリカ政府がUAEに対してF-35戦闘機を売却すると発表した際には、イスラエル政府は頑なに拒否するとの声明を出しています。

今後、他のアラブ諸国との“和解”、特にサウジアラビアとの和解が進んだ暁には、全体的な和解に繋がるのかもしれません。

それを必死で阻止しようとしているのがイランとトルコです。

イランについては、この和解はあからさまに自国に対する包囲網が広がり、強化されることを意味し、シーア派同胞のアラブ諸国での立場を危うくし、イランの国家安全保障上の危機も高めることになります。ゆえにイランとしては、近状状態が続くにせよ、現在のイスラエルとの対峙で生まれている緊張状態の現状維持を目指すことで地域における勢力図とパワーバランスを保ちたいと願っています。

この目的にうまく乗ったのが、アメリカとの世界的なパワーゲームを戦う中国です。

「ともにアメリカからの嫌われ者」として、イランと中国との急接近が目立つようになってきました。特に25年間にわたる経済と安全保障上の戦略パートナーとなるべく、中国からはエネルギー部門に合計2,800億ドル、輸送・通信・製造部門に対して1,200億ドルがイランに対して融資され、その見返りとして、イランは中国に対して安価での原油の提供を行うという相互に恩恵を受けることが出来るディール(Win-win?)を急ぎ締結しようとして、アメリカを中心とする中国とイラン包囲網へのcounter balanceを築こうとしているようです。イランの高官曰く、「そのためには、イランは中国の一帯一路にもフル参加する」とのことで、中国との接近を強めることを今は主眼に置いているようです。

それに加えて起きているのが、アメリカが離脱した核合意のメンバー国や国連機関との連携の強化の動きです。

アメリカ、イスラエル、スンニ派アラブ諸国によるイラン孤立化工作のにおいを嗅ぎ取り、イランは、これまで抵抗してきたIAEAによる査察を受け入れる方針を示し、またウィーンで核合意メンバーである英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国と協力し、皆から「合意を離脱したアメリカにスナップバック(対イラン制裁の復活)を発動する権利はない」という言質を引き出して国際社会との協調のイメージを前面に押し出しています。

実際にイランの窮状にシンパシーを示す国も多く、中国の影響が及ぶアフリカ諸国や、イランも“属す”アジア諸国は、イスラエルとUAEの和解を歓迎しつつも、行き過ぎたイラン孤立策には反対しています。この中東の地でも、米中双方が仕掛けるブロック化・分断化が顕著に現れている証でしょう。

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その分断化・ブロック化の動きから少し距離を置き、自らの立ち位置の確保に躍起になっているのが、エルドアン大統領のトルコです。

ご存じの通り、トルコはNATOの主要メンバーであり、その空軍基地にはNATOの核弾頭が保管されているという重要戦略拠点ですが、オバマ政権末期からトランプ政権下において、ロシアと接近してS400ミサイルを購入することで、アメリカに揺さぶりをかけたり、アメリカとの微妙な距離を保ったりしつつ、トルコが目指すクルド人排除を淡々と進め、シリア問題解決のカギを握り得る位置に身を置いています。

そして、今回のイスラエル(とアメリカ政府)が進める中東反イラン包囲網の成立のカギを握るサウジアラビアの弱み(特にカショギ氏殺害事件の様々な証拠)をチラつかせることで、中東地域の勢力図の書き換えを阻止しようともしています。

また、欧州各国に対しては、シリア難民を巡る措置(欧州への渡航を止めるか否か)を盾に、東地中海での天然ガス田の権益問題や、キプロス周辺の領有権問題などにおける駆け引きを有利に運ぼうとしていることから、意図的に欧州各国による中東問題への介入を鈍らせているという戦略も取っています。その裏には「中東地域のバランスと主導権は、誰でもないトルコが握るのだ」という、まるでオスマントルコ帝国の再興を望むようなエルドアン大統領の意図が透けて見えます。

そのためにイランに対しても、シリア問題を通じて、各論では対立があるものの、総論ではイラン支援をロシアとともに行い、アメリカ・欧州・イスラエルによるシリア“支配”を阻止し、シリアにおけるイランの権益をサポートするような動きを見せることで“恩”を売っているように見受けられます。COVID-19の影響とアメリカ主導の経済的な締め付けの影響で、トルコ経済は苦境に瀕していますが、それでも地域におけるcasting voteの立場は死守しているように感じています。

そのような微妙なバランスの存在が、今、中東地域を最大の危機に陥れています。

世界レベルでは、米中の対立が激化し、私も何度も触れたように、南シナ海を舞台にした米中武力衝突の可能性がクローズアップされていますし、中国共産党による台湾への“攻撃”があったら開戦の可能性は高まりますが、それ以上に戦争に発展しそうなのがイランとアメリカとその仲間たちの間でのバランスゲームだと思われます。特にサウジアラビアも含めてアラブ諸国が反イランで固まり、そして“憎き”イスラエルと和解するような事態になれば、いつ戦争が起きてもおかしくない状況になります。

何しろ、ここにも米中の睨み合いが存在するのですから。そして米中双方にとって、自国を戦場にすることなく、覇権国同士の争いができる、言い方は変ですが、貴重な機会に思われます。

中国も石油権益への融資などを通じて中東諸国の取り込みを行っていますし、イスラエルと中東各国を別のサイドからにらむことが出来るジブチの軍港に軍事拠点を築いていますので、同地域を戦略的重要拠点と位置付けるアメリカと対決する準備は着々と進められているとも言えるかもしれません。

アメリカ大統領選挙が11月3日に開催されますが、もしトランプ陣営が起死回生の一発を狙っているのだとしたら、中東地域を舞台にした“新たな”そして“終わらない”戦争がまた始まってしまうかもしれません。

米中双方に対して外交努力を重ね、イランを含む中東地域にも影響力を拡大した安倍外交が終焉する今、日本は有事の際、どのような対応を取るべきでしょうか。ユニークな立ち位置に立っている日本外交が、新しい総理と政権の下でどう振舞うのか、非常に注目し、期待したいと思います。

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image by: Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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