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安倍殿の敵を菅家老が討つ?三文芝居に騙される日本国民の忘れ癖

第99代内閣総理大臣の座をほぼ手中に収めたと言っても過言ではない、菅義偉官房長官。シナリオを描いたのは二階俊博自民党幹事長とも囁かれていますが、その見立ては正しいのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「仕掛け人は菅官房長官自身」という驚きの説を紹介。さらに「菅氏は一度手中に収めた権力を簡単には手放さないだろう」との予測を記しています。

安倍殿と菅家老の人情劇が大当たりで支持率急上昇

いまでも日本人は昔風の人情劇を好むようだ。主君である安倍首相が志半ばで病に倒れ、後を託された家老、菅義偉官房長官が、総裁選出馬会見で次のように語る。

「総理の無念な思いを推察…この国難にあって、政治の空白は決して許されません。…雪深い秋田の農家の長男に生まれ、地元で高校まで卒業をいたしました。…就職のために東京に出て、町工場で働き始めましたが、すぐに厳しい現実に直面し、紆余曲折を経て、2年遅れて法政大学に…」

失意の殿を思い、忠臣が「殿のお志、しかと私が継がせていただきます」と決意を語る。そして、自らの生い立ち、苦労話を吐露し、庶民の共感に訴える。

安倍首相も菅長官も意図しない、誰かが演出したわけでもない古典的な芝居が、テレビという装置を通じて演じられたのである。

それにしても、この物語が世論調査へ及ぼす効果のほどは、驚くべきものだった。

朝日新聞による9月2日、3日の調査。安倍首相の後継に誰がふさわしいかを聞いたところ、菅官房長官が38%でトップに躍り出たのだ。6月の同紙の調査では石破氏がトップで31%。菅氏はわずか3%に過ぎなかった。

そしてなんと、第2次安倍政権の7年8カ月の実績についても、「大いに」「ある程度」を合わせて、71%が「評価する」と答えたのである。少し前までの内閣支持率の低迷は何だったのかと思わせる結果だ。

もっとも、この物語は、ひとときの幻影に過ぎない。菅義偉という人物からは、場合によっては殿の寝首をかきかねない凄みを感じる。あの鋭い眼光の奥には、いまにも飛びかかりそうな野心が潜んでいるように思える。

時として、人が美談めいたものに酔いたがるのは仕方がない。ナレーションつきの映像の断片から、事実を冷静にとらえるのは難しい。

だが、振り返ってみたい。菅義偉氏が、実務家として優れているとしても、官僚コントロールが上手いとしても、独自の世界観、国家観が、この人の口から発信されたことが、かつてあっただろうか。

たとえば、外交について聞かれると、トランプ大統領と安倍首相の電話会談に同席したとか、訪米してペンス副大統領らと会談したことがあるといったたぐいの話しか出てこない。

経済はアベノミクスの継承だし、なにより驚いたのは総裁選への立候補を表明する記者会見で、菅政権は独自色を出せるのか、と問われた時、次のように答えたことだ。

「私はこのコロナ対策を全力でやりあげる。それと同時に、自らの考えを示しながらそこは実現をしていきたいというふうに思いますし、それは必ずできるというふうに思います」

なんという中身のない答えだろう。コロナ対策は独自色とは関係がない。だれが首相になろうとも取り組まねばならないことではないか。どうしてそんな話しかできないのだろう。ふつうなら大風呂敷を広げてでも、なんらかのビジョンをぶち上げるところだ。

ひょっとして、と筆者は思った。あえてその政策を、安倍政権の継承と目の前の課題克服に絞ることが、菅氏にとって、なにか大きな意味があるのではないか。

今回の政界異変は、必ずしも、体調悪化をかかえた安倍首相の事情だけでつくられたものではないかもしれない。

仕掛け人は、二階幹事長、ではなく、菅官房長官なのではないか。そんな疑念がわいてきた。

今につながる菅官房長官と二階幹事長の6、7、8月、3度にわたる会談。筆者は8月27日の当メルマガ(「裏切りの菅義偉『安倍降ろし』への秘めた思惑とは?二階氏と急接近、TV出演で攻勢」)で、以下のように書いた。

6月と7月の段階では、二階氏はそれこそ石破、岸田といった名前をあげながら、いつかはやってくる総裁選の絵を菅氏とともに描いていたはずだ。ところが、8月に入り、健康不安説が持ち上がって安倍首相の存在感が低下するや、ポスト安倍の思考回路を乱世モードに転換した気配がある。8月20日の席では、ズバリ「菅さん、あんたがやったらいい」と、菅氏をけしかけたかもしれない。

二階幹事長は党の人事とカネを握る自民党幹事長という、彼としてはこの上もないポストを死守するため、菅官房長官に目をつけ、総理・総裁への道に誘導したという見方だ。

もちろんそういう側面もある。しかし、菅官房長官が、はるか前から虎視眈眈とチャンスを狙っていて、コロナ対策に疲れ切った安倍首相の様子をうかがい、二階氏との会談を重ねるうちに、さりげなく菅支持に仕向けていったと考えるほうが自然かもしれないのだ。

いずれ菅首相、二階幹事長に。二人の利害は一致する。これで、いざとなったらどう動くか、心構えが整った。

彼らには読みがあった。安倍首相は、もし辞任するとしたら、菅氏を後釜に据えることに異存はないだろうと。なぜなら、2012年の総裁選で自分よりはるかに多い党員票を獲得した石破茂氏を嫌っているのはもちろん、岸田文雄氏に対しても、すんなり禅譲という気分ではないからだ。そのことは、菅官房長官がよく知っている。

岸田氏に関しては、そのバックにいる古賀誠氏を麻生太郎副総理が嫌っているという要素があるが、なにより安倍首相の胸に引っかかって離れないのは河井案里参院議員の一件だろう。

昨年の参院選で、岸田派の重鎮、溝手顕正氏の金城湯池とされてきた広島選挙区(改選数2)に、安倍首相と菅官房長官のお気に入りである河井克行元法相の妻、案里氏を送り込んだため、かつてない激戦になり、自民党本部から河井陣営に1億5,000万円という破格の資金が振り込まれた。そのため、公選法違反の買収事件が起き、溝手氏は党本部への不信を抱えて涙をのんだ。

それもこれも、溝手氏の派閥領袖、岸田文雄氏が安倍首相に盾突けないと甘く見ていたゆえであり、だからこそ安倍首相、そして菅官房長官が、平気で河井案里候補の選挙カーに乗り、握った案里氏の手を高らかにあげて支持を呼び掛けたのだ。

その意味で、安倍首相と菅官房長官はいわば“共犯関係”だ。その時の悔しさを胸の底に潜ませる岸田氏は、真面目さゆえに安倍首相にとって不気味な存在である。禅譲を当てにしているうちは耐え忍んでいても首相になったら、岸田氏といえど、モリ・カケや桜を見る会をめぐる疑惑解明の動きををあえて抑え込もうとはしないかもしれない。

菅官房長官なら、そういう心配は無用だ。しかも、安倍案件以外の政策はばっちり踏襲できる。実際、安倍首相が外交パフォーマンスを繰り返し、スピーチや表情、アクションの練習に励んでいるとき、菅長官が官邸のガードをしっかり固めながら、実務をこなしてきたのである。

安倍首相は辞任を表明するまでに、菅氏を後継者とする腹を固めていたようだ。9月4日の時事コムに、こんな記事がある。

「次は菅さんに任せたい」。任期途中で職を辞すると表明した先月28日、首相は周辺にこう明言した。「自分が言わなくても、菅さんの出馬を求める声が出るだろう」とも語った。

こうなると、岸田氏には頼りになるものがない。石破氏も、二階幹事長が党員投票をブロックしたため、集票のあてがなくなった。

安倍首相の出身派閥「細田派」は党内最大勢力だ。二階派と、菅官房長官支持の無所属議員グループはもちろん固まっている。

この動きに対し、ちょっと待てと「菅支持」を俄然アピールしはじめたのは、麻生副総理率いる「麻生派」であり、乗り遅れまいとする「竹下派」である。二階派には声をかけず細田派、麻生派、竹下派の各会長が顔をそろえて、わざわざ「菅支持」表明の記者会見をしたのは、あきらかに「好き勝手するなよ、こちらにもちゃんとポストをよこせ」という圧力であろう。

先述したように、菅氏はその政策を、安倍政権の継承と目の前の課題克服に絞った。あたかも、自分は長期政権など望んでいませんといわんばかりである。ショートリリーフ色を出すことによって、各派閥の警戒心を薄めようとしたのだろう。それを信じたわけではあるまいが、党内の空気はあっという間に菅支持に傾いた。

だが、菅氏がいったん権力を手中にすれば、手放さないために最大限の努力をするだろう。当然、来秋の総裁選にも出るだろう。二階氏が幹事長にとどまれば、党内固めもしやすいし、人事を武器に議員や官僚をコントロールするのは菅氏の得意技だ。

おりから、解散風が吹いてきたという。煽りか妨害か、解散・総選挙日程の記された怪文書まで出回っている。もちろん、菅内閣誕生を前提にしたものだ。抜け目のない菅氏のこと、やれるものなら、すぐにでもやりたいのではないか。大勝して来年の総裁選に勢いを持ち込みたいに違いない。

ただ、コロナ対策をやると言って総裁選に立候補した手前、解散となったら、コロナ禍の最中に何ごとか、という議論もメディアを中心に沸騰するだろう。すべてはコロナ次第。移り気な秋の政局となりそうだ。

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image by: 菅義偉 - Home | Facebook

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