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狙いはエネルギー利権。旧ソ連の火薬庫爆発で世界が見る地獄絵図

世界中が懸念するアルメニアとアゼルバイジャンの紛争ですが、収まる気配は微塵もないようです。この軍事衝突の裏にトルコのエルドアン大統領の存在を指摘するのは、元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。島田さんは自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、エルドアン大統領がアゼルバイジャンの後ろ盾として暗躍する理由を解説するとともに、各国がハンドリングを誤ればこの紛争が他の「火薬庫」の同時爆発を招き、世界が地獄絵図を見ることになると警告しています。

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コーカサスの火薬庫─紛争のドミノへの懸念

「コーカサスの火薬庫」と聞かれて何をイメージされるでしょうか。

9月24日に突如開始したアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争は、両国・両軍の報復の応酬が続き、全くと言っていいほど解決の糸口がつかめません。10月5日にはついに紛争がナゴルノカバエフ地域外にまで拡大し、両国の争いは激化の一途を辿っています。

すでに米ロ仏の3か国が両国に対して即時停戦を呼び掛け、紛争の拡大を受けて首脳レベルでの共同声明も発していますが、双方ともに聞く耳を持っていません。

これまでにこの3か国のほか、UNそしてEUも調停を試みていますが、残念ながら不発に終わっています。

今回の紛争の元凶になっているのは1991年に当時武力に勝るアルメニアが旧ソビエト連邦の解体の混乱時に乗じ、アゼルバイジャン領であったナゴルノカバエフ地域を一方的に占領したことにあります。先週号(「中国包囲網は日本の国益。なぜ親中ドイツは習近平を見捨てたのか?」)でも触れた通り、ナゴルノカバエフ地域は原油・天然ガスというエネルギー資源に恵まれるため、旧ソ連圏内でも有数の戦略拠点と考えられています。

1991年から1994年にかけてアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争がありましたが、ロシアの仲介の下、停戦合意ができていました。とはいえ、アルメニア側はその停戦合意に反し、一方的にナゴルノカバエフ地域の占領を続けています。

しかし、1994年から2020年9月27日まで比較的静かで安定していたはずのアルメニア─アゼルバイジャン関係が、どうして急に戦争にまで発展したのでしょうか?

その理由の一つは、1906年から続くアルメニア人(スラビック)とアゼルバイジャン人(トルコ系)の104年間にわたる対峙です。ソビエト連邦時代には、同じスラブ民族というつながりからアルメニアはモスクワから大事にされてきた半面、アゼルバイジャンは民族的・宗教的違いから、どちらかというと(アゼルバイジャン人曰く)下に見られてきたそうです。

ただ、モスクワからしても、非常に豊富な天然資源に恵まれるナゴルノカバエフ地域(アゼルバイジャン共和国)は非常に魅力的ゆえ、それなりには重宝してきたという背景もあり、常にアルメニアとアゼルバイジャンとの間には“どちらがモスクワにとって大事か”という争いの心理が存在すると言われています。

この心理は消えないのですが、ただこれまでしばらく平穏を保っていたのにどうして急に爆発したのでしょうか。

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アゼルバイジャンをフルサポートするトルコの思惑

そこにはトルコの影が見え隠れします。先述の通り、アゼルバイジャン人はトルコ系民族で、かつトルコと地理的に隣接していることもあり、1994年のアルメニア─アゼルバイジャン間の“和平合意”後、ちょうどトルコも国力をつけてきている時期と重なり、アルメニアによる不当な占拠に対抗する“同胞”アゼルバイジャンを助けるという名目の下、アゼルバイジャンに対して積極的な武器供与や協力を行っており、アゼルバイジャンからの信頼も勝ち取っているようです。

それゆえでしょうか。今回の紛争においても、アゼルバイジャン側につき、しっかりと紛争の当事者になっています。欧米諸国からの調停案や国連からの停戦の要請などをアゼルバイジャン側が退け、アリエフ大統領の宿願でもあるナゴルノカバエフ地域の奪還を旗印に“自らの手で解決してみせる!”と言わしめているのは、トルコからのフルサポートがあるからでしょう。

フランスがスクープ的に「トルコが雇った傭兵がアゼルバイジャン入りしている」とか、「シリアからアゼルバイジャンに向けて傭兵を派遣した」という指摘をした際には、トルコ・エルドアン大統領は「またフランスの陰謀だ!」と全面否定して対決していますが、この指摘はあながち嘘でもないでしょう。

今回のアルメニア─アゼルバイジャン間の紛争の命運を握るのは、トルコと両国と関係があるロシアです。

トルコについては、民族的・宗教的な近さがありますが、介入の大きな理由は100%地政学的な狙いと、現在、トルコが多面的に仕掛けているエネルギー安全保障のための対峙の一環といえます。

先ほども触れましたが、今回の紛争の中心地であるナゴルノカバエフ地域は天然資源が豊富で、現在は、そこから30キロメートルほど離れた位置を並行して走る2本のパイプランを通じて欧州各国に原油・天然ガスを輸出することでアゼルバイジャン経済にとっての貴重な収入源となっています。

トルコは、そのパイプライン権益を得ようと企んでいる模様です。そうすることで、現在、コロナ後の失政や、悪化の一途を辿るトルコ経済状況を受けて低迷するエルドアン政権への支持率回復の起爆剤に用いたいという思惑があるようです。

この企みがうまく行くか否かは、アルメニア─アゼルバイジャンの紛争次第ですが、そのカギを握るもう一つの“大国”がロシアです。

ロシアのプーチン大統領は、アメリカのトランプ大統領とフランスのマクロン大統領と共同で即時停戦を両国に訴えかけ、直接的な介入は避けています。国内の状況がもう少しましで、外交的にも圧力を受けていなければ、もしかしたら即座にアルメニア側について当事者化していたかもしれませんが、現時点まではまた沈黙を保ったままで、ロシア軍は1ミリも動いていません。

実はアルメニアとは1991年以来軍事同盟がありますが、同時にアゼルバイジャンには武器を売却するという関係にあり、両国との関係の維持を目的とするプーチン政権としては、今、どちらかに(特にアルメニアに)肩入れするのは得策ではないと考えているようです。

加えてウクライナ問題やベラルーシ問題を抱える身としては、今、アルメニア側について介入を深めて、国際社会でさらなる孤立に晒されることは極力避けたいとの思惑があります。

とはいえ、もちろん、今後の戦況次第、そしてトルコの野心レベル次第では、ロシアも直接介入に踏み込むかもしれません。

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トルコが東地中海での天然ガス田問題で戦っている本当の相手

ちなみにナゴルノカバエフ地域は「民族紛争の火薬庫」という異名もあり、もし、これ以上戦況が悪化する場合は、チェチェン共和国やジョージアからの独立を模索する南オセチア問題に飛び火する可能性があるため、ロシアにとっての最悪の悪夢を避けるためにあえてこの紛争に加わるかもしれません。

それが分かっているのか、今、リビア問題やシリアなどで対立する形になっているロシアを牽制するためのカードとして、エルドアン大統領がアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争を用いているのではないかとの“想像”をしてみたくなります。

ここでやはりトルコが大きなカギを握っていることが分かります。一見、直接的な関係がなさそうに見えますが、アルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争の影響は、現在、トルコがEUやエジプト、イスラエル、レバノンなどとの間で争っている東地中海の天然ガス田採掘権問題とも密接に絡んでいます。

東地中海での天然ガス田問題での相手は、直接的には境界線問題を抱えるイスラエルやキプロス、ギリシャですが、多面的に争っている“本当の”相手は、フランスです。

フランスはトタル社がレバノンとともに採掘に関わっており、今、2つあるうちの一つがイスラエルとの協議中となっていますが、そこに横やりを入れ、ギリシャとの緊張状態を作り、長年国家承認を巡って争っているキプロス問題や、欧州を分断に陥れ兼ねないシリア難民問題という何枚ものカードをチラつかせて交渉を行おうとしているのがトルコです。

今回のアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争で、間接的にトルコに即時停戦を“命じた”のもフランスですので、東地中海での対立が、ここアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争でも見られて、フランスとトルコがここでも戦っているという構図が出来ています。

東地中海での対峙は、ハンドリングを間違えると、トルコとギリシャ・フランス間の武力衝突に繋がり、それは天然ガス田採掘を著しく遅れさせるか、破壊するような危険性があります。

アルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争については、欧州に原油と天然ガスを送る2本のパイプラインをトルコが握ることになれば、対欧州で大きな切り札を得ることになり、欧州各国としてはそれは何としても避けたい事態でしょう。

トルコの視点から見ると、エネルギー大国としての地位を得て、地中海地域を支配したいのであれば東地中海での採掘は優先順位が高くなりますのでそちらに戦力を割くチョイスを取るでしょうが、もし安定的な供給源の確保というエネルギー安全保障上の意図と、ロシア・欧州各国の喉元にナイフを突きつけるというシナリオを優先するなら、ロシアが業を煮やしてアルメニアサイドとして武力介入してこない限りは、トルコはこの紛争を最大限に使って自らの勢力圏の拡大に勤しむことになるでしょう。

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世界が地獄絵図を見る最悪のシナリオ

そして皆がハンドリングを誤り、アルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争がpoint of no returnを超えてしまうような事態になれば、まさに欧州から地中海沿岸地域、中東からコーカサスに至るまでの非常に広い範囲が一触即発の事態に陥ることになります。

チェチェンでの紛争が再点火し、南オセチアとジョージア共和国との紛争も激化、トルコはギリシャとフランスと武力衝突し、東地中海の海底ガス田は傷つけられ、ナゴルノカバエフ地域の原油・天然ガスパイプラインも破壊され、地中海沿岸諸国のエネルギー安全保障は乱れ、そこにシリア問題やイランを巡る問題が絡んでくることで、非常に広い地域が地獄絵図を観るような惨状に発展していく可能性が見えてきます。

まさにコーカサス、バルカン半島、中東という複数の火薬庫が同時的に爆発し、その炎が広く世界に広がる恐怖のシナリオです。

コロナウイルスのパンデミックとその後の経済社会的な混乱で連帯感や経済力、協調性などが薄れ弱まっている現状で、このような恐怖のシナリオを“ただの妄想”で片付けることが出来る力が世界に残っているかどうか。非常に不安が募ります。

そのような状況の中、なぜかアルメニアとアゼルバイジャンとの間の紛争を巡る多角的調停プロセスに関わるように依頼が来ました。どのような構成になるのか不明ですが、両国とトルコ、ロシアの合意の下、このプロセスを立ち上げることになったそうですので、最後の望みをかけて臨みたいと思います。

またご意見などお聞かせいただければ幸いです。

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image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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