人文・社会科学分野も例外にあらず
上記の軍事技術研究助成金などはもちろん理工系の研究者が対象となるが、政府は人文・社会科学系への関与も強めようとしている。余り注目されていないが、安倍政権下で去る6月、1995年の「科学技術基本法」を25年ぶりに抜本改正した「科学技術・イノベーション基本法」が国会で成立している(来年4月施行)。
私は、こんな風に日本国の法律名にカタカナ語を入れること自体に反対で、それは山手線の新駅に「高輪ゲートウェイ」と名付けることや、小池百合子=東京都知事が「(アラビア語ではなくて)英語が得意」であることをアピールしようとしているのか、例えば(10月16日の会見だけでも)「グリーンボンド」とか「都立大学プレミアム・カレッジ」とか「ビジネスコンシェルジュ東京」とか「東京マイ・タイムライン」とか、私には直ちに理解できないカタカナ語を連発していることへの反感とも通底している。
イノベーションは普通に辞書を引けば「技術革新」で、そうすると「科学技術・技術革新基本法」となってしまうのでカタカナにしたのだろうが、醜い法律名である。
それはともかく、その最大の眼目は、旧法が「科学技術」の範囲に入れていなかった人文・社会科学を積極的に位置づけたことにある。それに伴って今回導入された「イノベーション創出」の概念においても、新たな商品やサービスの開発だけでなく、「社会課題解決に向けた活動も含め、多様な主体による創造的活動から生まれる成果を通じ、経済や社会の大きな変化を創出する」ことをも含むこととした。社会課題解決とは、例えば、地球規模の大規模な気候変動、人工知能やゲノム編集技術、少子・高齢化などが急速に進む中で、社会が解決を求める様々な課題に学術が貢献するには、人間と社会の在り方を考察する人文・社会科学と自然科学とが緊密に連携すべきだというにある。
このこと自体は当たり前と言うか、まことに望ましいことで、日本学術会議も肯定的に評価している。が、今回任命されなかった6人の内の1人である加藤陽子=東京大学教授は、「名簿から除外された6人全員が人文・社会科学を専門とする。安倍晋三政権下で成立した新法は、旧法が科学技術振興の対象から外していた人文・社会科学を対象に含めたのだ」と述べている(17日付毎日新聞のコラム)。除外をめぐっては「世の役に立たない学問分野から先に切られた」との冷笑もSNS上に散見されたが「実際に起きていたのは全く逆の事態なのだ。……政府側がこの〔人文・社会科学という〕領域に改めて強い関心を抱く動機づけを得たことが、事の核心にあろう」と。
新法下では、内閣府に司令塔として「科学技術・イノベーション推進事務局」が新設され、「自然科学のみならず人文・社会科学も『資金を得る引き換えに背負う政策的な介入』を受ける事態が憂慮されるのだ」(加藤)。つまり、安保法制に反対するような人文・社会学者には「競争的研究資金」は供給されないということで、そうだとすると今回の人事介入は、新法がまだ施行されない内から早々にその趣旨を人文・社会科学者たちに思い知らせるためのショック療法だったのかということになる。余計に酷い総理大臣による違法行為である。
菅政権が長く続かないようにしないと、今が「瀕死の状態」の日本のアカデミズムは本当に死んでしまう危険がある。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年10月19日号より一部抜粋)
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