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正社員という日本の病。なぜこの国では正規雇用がバイトより悲惨なのか

非正規雇用者に比べ格段に恵まれているとされる正規雇用者。しかしながら正規には正規の歪みが存在し、もはや修復不能な地点にまで達してしまっているようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、これまでも度々労働問題や雇用形態について論じてきた米国在住作家の冷泉彰彦さんが、「病んでいるのは正規雇用の方」としてその理由を記すとともに、非生産的極まりない旧態依然とした日本式の経営や雇用からの早急な脱却を訴えています。

非正規差別、問題は正規雇用の異常さにある

10月の上旬に最高裁は非正規雇用に関する2つの判決を出しました。一見するとこの2つの判決は矛盾するようですが、全体として見れば、次のような判断だとみなすことができます。

非常に大雑把に言えば、最高裁は非正規社員に対して「扶養手当」や「有給休暇」は出せ、けれども「賞与」や「退職金」は出さなくてもいい、そんな判例を出したということになります。

ちなみに扶養手当などという時代に逆行するものは正規、非正規ともに認めているというのは、どうも変ですし、また有給休暇については、さすがにILOの勧告などがあるので、先進国中最悪という汚名を回避するためにこうした判決を出したのかもしれません。

問題は、賞与と退職金です。同一労働、同一賃金を実現するのは国策となっているはずなのですが、それでもこうした格差容認判決ができるというのはどういうことなのでしょうか?

まず、全体の成長ができないので、あらゆる産業の利幅が少なく人件費の下降圧力が社会の全体に存在しているという問題はあると思います。ですが、今回の議論はそこではありません。

また、余りこの問題を蒸し返すと、最終的には全部非正規になってしまうという懸念もあります。確かに人件費を圧縮したいという動機が多くの雇用主には強くあるのであれば、そうした「正規社員の廃止」みたいな問題は出てくるでしょう。もっと言えば、「全員を正規雇用にするが、その内容は現在の非正規並みの水準」ということになる、だから同一労働なら同一賃金という理想を押しすぎてもダメという考え方もあると思います。

では、この問題はこのまま放置しておくしかないのかというと、そうではないと思います。問題はどこにあるのかというと、正規雇用の方です。日本式雇用における正規雇用というものが、完全に制度疲労を起こしています。金属ならば、もうボロボロでボキッと折れてしまいそうな状況なのです。

例えば、今回の裁判の対象になったのは、次の3つの業種です。

という3つです。そこで、同じような作業の場で正規と非正規が一緒に勤務しているわけです。

その場合に確かに現場作業が回っている、例えば医療機関なら窓口時間、売店なら営業時間、物流ならラインが動いているとか窓口が空いている時間には、正規労働者も非正規も一緒に同じような作業に従事しているかもしれません。

ですが、定時が終わった後、つまり非正規の人たちが退社した後の時間にも正規労働の人には余分なタスクが振られることがあります。また定時の中でも、突発事態が生じた場合は、そのタスクは正規の人に振られます。

その結果として、基本的には、正規労働の人は仕事の裁量はありません。厳密な職務分掌もないので、隣のセクションの電話も取らなくてはならないし、欠勤した人への問い合わせもできるだけ対応しなくてはならないなど、ヘトヘトな世界があります。

結果的には、厳密な時間管理はなく、いくら根絶しようとしてもブラックなサービス残業や、自宅での公私混同的な作業などを背負わされます。場合によっては社会正義・法令遵守と企業の利益の板挟みになることもあります。非正規の場合は、脱法行為を強制すると「内部告発」などをされる危険がありますが、正規の場合は「忠誠心」があるから「大丈夫」という発想が経営側にあるからです。

また正規労働者の場合は、公私混同の局面は様々な、おのがあり、夜間や休日における交際、儀礼、派閥、セレモニー的な社内行事への参加強制、意味のない研修や視察への派遣、それに伴う出張などがあります。転勤命令とか、その結果として単身赴任が発生するなど、世界のどこにも見られないような奴隷的な慣行もあります。

その全てが契約でないし、厳密には江戸時代のような一方的な命令に従わせる物となっています。契約上は断ることができても、それでは、出世コースから外されるとか、転勤を断った人間や産休を取った人間を出世させると士気に関わるなどという封建的な理屈で隷従を迫られる場合もあります。

とにかく、正規雇用の場合は、非管理職の間は持ち出しということになります。企業に安い給料で搾取されても、とにかく管理職候補だからということを信じて耐える、その上で、管理職以上になったら、過去の我慢を回収にかかるわけです。

名ばかり管理職だとか、ITのできない窓際などが高給を取っている姿は、若い世代からは実に格好悪く見えるかもしれません。ですが、当人たちは、若い時代にこれだけ我慢して、理不尽な要求に耐えて来たのだから、今はそれを全部回収する権利がある、そう思っています。ですから、反省はゼロなのです。

だからこその年功序列なのです。そのようにしてヒエラルキー管理をすることで、日本式雇用というものが成立しているわけです。

日本経済はそろそろ、その異常性に気づくべきです。非人間的だからだけではありません。その時代、その時代における「最先端」とは無関係の、過去の世代に権限を与え、報酬を与えるというシステムがまず非効率であり、壊滅的です。それだけではなく、時代を代表し、技術革新や業務改革を進める最前線の世代には、十分な権限も報酬も与えない、従って自発的なモチベーションによってパフォーマンスを最大化することが「ない」というのは、全く経営として論理に反する態度だと思います。

そうではなくて、本来業務とは異なる例外対応や、違法スレスレの危ない橋を渡らせ、それに耐える人間が「忠誠心」があるとして、スキルとは別の基準で出世する、そんなことを70年も続けてきたら、それは経済として崩壊するのは当たり前です。

病んでいるのは、正規雇用の方です。日本式の経営とか雇用というのは、もう根元から腐敗しているのです。管理職、専門職には国際的な労働市場を反映した実力主義、人材の流動化を行うこと、現場労働には生産性に見合った分配を行い、自動化できる部分は自動化して、人間の仕事としては創造的な内容にドンドンシフトしてゆくべきです。

その結果として、日本経済の生産性が上がり、一人一人の分配も大きくなる、その上で正規非正規の区別も解消してゆく方向に、改革の舵を切って行くべきです。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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