安倍政権から菅内閣へと変わり、日本はデジタル化に本腰を入れて取り組むようですが、現在OECD加盟国で最下位の烙印を押されている我が国は、どうやってステップアップしていけばよいのでしょうか? 世界の金融市場で活躍する投資家の房広治さんは、自身のメルマガ『房広治の「Nothing to lose! 失う物は何も無い。」』の中で、世界のテック企業の戦略を紹介しています。
アップル=ソニー。マイクロソフト=パナソニック
菅内閣は、日本のデジタル化を本気で進めようとしているようだ。
なんせ、1989年までは世界のテック企業のトップテンの過半数を日経企業が占め、世界ナンバーワンのテック大国だったのが、いまではOECD加盟国でデジタル化最下位という結果になったのだから、当然である。よくも30年間でここまで落ちぶれてしまったものだとびっくりしてしまう。なので、「日本の常識、世界の非常識」という、1990年代に流行ったフレーズのような話はテック業界にいっぱいある。
そこで、今回はいずれハーバードビジネススクールのケーススタディになるようなケースをいくつか紹介しよう。
まずは、マイクロソフト。マイクロソフトとアップルの関係は、以前のパナソニックとソニーの関係に似ている。ソニーが松下電産(パナソニック)とのビデオ戦争で負けたのは、1980年代のビジネススクールでの典型的なマーケティングの重要性を示すケーススタディになっていた。
当時、ソニーのベータの方が松下電産のVHSよりも、画質・音質ともに良いと言われていたのに、VHSが凌駕してしまった。当時の松下電産の社長は日本一の経営者の松下幸之助さんで、松下氏は2番手戦略をとっていた。
すなわち、ソニーがいろいろな製品のR&Dで大量の資金を投入するのに対して、松下はこれは消費者に受けると確信が持てた時点で、ソニーの製品の真似をした商品を大量生産し、安く売るという戦略だ。松下氏がそのことを公に認めていたため、「まねしたでんき」と揶揄された。
中学生の時に最初に買わせてもらった株がソニーと松下電産であった私からすれば、両社ともに株価がどんどん上がっていたので、どちらの戦略に対しても、理解を示すことができた。
なので、私としてはマイクロソフトがアップルのマッキントッシュを完全に真似をして、Windowsを発売したときには、これはマイクロソフトが松下電産でアップルに勝つという予想がついた。
最初のラウンドでは私の予想以上にマイクロソフトが大勝、アップルがつぶれそうになった。ゲイツが当時のアップルのマッキントッシュの真似をしたのは、マウスとエクセルが有名である。
マウスは元々ゼロックスの研究所で使っていたのを、ジョブスが少額ででもグローバルライセンス料として払っていれば、他社は真似できなかったのだが、ジョブスもまだ経営者としては甘かったのだ。
エクセルはスプレッドシートの中で当時抜きんでて早く、対抗するロータス123というのは処理時間にマッキントッシュの数倍時間がかかっていた。
これらマッキントッシュ用に使われていたソフトを全てマイクロソフトは真似をしてWindowsを開発したのだ。「まねしたでんき」と同様、「まね・くろそふと」で世界でナンバーワンのテック会社になった。
ビル・ゲイツは戦略家。対オラクルのケース
ビル・ゲイツもイーロン・マスクもエンジニアであり、経営者である。しかし、ステイーブ・ジョブスとジェフ・ベソスはエンジニアリングを勉強したこともないし、する気もない。
この4人に共通しているのは、戦略家であるということ。これが経営者としては、一番重要である。即ち、世界を相手にする時には一人で全てをやることはできないため、自分に足りないものが何かを理解して、それを補う人と組めばよいわけだ。
ジョブスはウオズニアックと組んだ。エンジニアとしては、ゲイツよりもウオズニアックがすごいというのが一般的な見方だと思うが、世界のトップになってしまうと我々のような素人が判断できるわけもない。
しかし、戦略家のゲイツは凄い。今回のケーススタディは対オラクルで取ったゲイツの戦略である。ゲイツがインターネットを世に広めた、Netscape社のブラウザーをMicrosoft社製品に載せないで潰したことは、映画にもなっているので有名である。これらは司法省に独占禁止法違反と訴えられるという、まだ経営者としては未熟な戦略であった。
しかし、その後、経営者としての戦略がどうあるべきかを学んだゲイツは高度な戦略に出る。
2009年3月18日にIBMがサンマイクロシステムズの買収を諦めたらすぐにオラクルが交渉をはじめ、一カ月後の4月20日には74億ドル(8100億円)の買収を発表。
2010年の1月のEU委員会が独占禁止法にひっかからないと判断して、オラクルによるサンマイクロシステムズの買収が完了。
Stanford UniversityNetworkの頭文字を取った会社の買収をした理由の一つに、サンマイクロシステムズが開発したJavaという言語が開発時間を短縮し、財務およびHRに適したプログラミング言語として世界中で利用されており、現在では3億のデバイスで動作し、1200万人が開発で使用し、250億のJavaベースのカードが購入されたとオラクルが発表するぐらい可能性がある言語であったからだ。
これに対してマイクロソフトは、オラクルに対してのロイヤリティを払いたくないため、Javaに似た言語を国際標準化してしまった。これがEcmaScriptと呼ばれるもので、90%がJavaと同じ。Javaが取得している特許のところだけを上手く迂回するような言語として、世界の標準化にしてしまったのだ。
マイクロソフトのGitHubのケース
2014年からマイクロソフトのサテイア・ナデルも、サンマイクロシステムズ出身者である。ナデル氏は2018年8月にGitHub社を75億ドル(8200億円)で買収。GitHub社は2008年に設立された、ソースコードをホスティングする会社として急成長した会社である。
ソースコードは定義があいまいだが、要するにエンジニアがソフトを開発するのに使うコンピューター言語をどんどんバージョンアップさせているので、どのバージョンを使ったソフトなのかなど、プログラミング言語の管理を簡単にし、公開して、参加者を増やすためのプラットフォームと、私は理解している。
面白いことにナデル氏はこの買収後、GitHub社のノウハウの一部を国際標準化しようとしている。これはゲイツ氏の対オラクルの戦略の真逆のように表面的には見えるが、実はそうではない。
オラクルが買収したJavaに対抗するため、Javaに替わるEmcaScriptという標準言語で、「標準化のうま味」を経験したマイクロソフトは、標準化とパテントをバランスよく使うことの戦略的な意義を理解しているのではないかと思う。
これは、私の戦略と同じなのである。
標準化で世界中で使ってもらう素地をつくり、しかし、付加価値が高い部分でのテクノロジーで、誰でも(裁判官でも)使っていることが分かる部分についてはパテントを取る。
そして、裁判所で相手が使っているかを証明しにくいところは、コカ・コーラ方式で公表しない。この3つのバランスがGAFA+Microsoftに対抗するための大枠の戦略である。
日本がまたテック大国に戻るためには、GAFA+Microsoftに対抗するためのプラットフォーマーになるには、どうすれば良いかを考えられる人々が複数人必要なのである。
何故なら、アメリカにも中国にもかならず数人いるのであるから。
今回は以上。
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