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「GoToで感染拡大」の論文を軽視、学問に敬意を払わぬ政治家たち

遅きに失した感はあるものの、ようやく一時停止が決まったGoToトラベル。当キャンペーンについては、東大などの研究チームが発表した「利用者のほうが新型コロナへの感染リスクが高い」とする論文の解釈をめぐり激論が交わされましたが、識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では著者で健康社会学者の河合薫さんが、学問の世界に身を置く者としての意見を記すとともに、研究結果について詳しく解説しています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

「GoToで感染拡大」をめぐる調査研究の誤解

今回は「研究論文をめぐる誤解」について、あれこれ書きます(長いです)。

先週の8日に、「GoToトラベル」を利用している人は新型コロナへの感染リスクが高いとする調査結果を、東京大学などの研究チームが発表したことが話題になりました。

しかし、その結果をめぐり、さまざまな解釈の誤りと報道が相次いだので、研究者の端くれとして意見&説明しようと考えた次第です。

件の論文のタイトルは「Association between Participation in Government Subsidy Program for Domestic Travel and Symptoms Indicative of COVID-19 Infection(河合訳:国内旅行のための政府の補助金プログラム参加とCOVID-19感染を示す症状との関連)」で、東京大学大学院の宮脇敦士助教などの研究チームが調査・分析を行っています。

そもそも本研究の目的は、シンプルにいえば「コロナ感染拡大をおさつつ、最大限経済を活性化するための示唆」を得ることが目的です。

そうです。示唆、implication。あくまでもこの研究結果から読み取れることを研究者が提言したもので、「決定的な事実」ではありません。しかし、今回に限らず、研究者の調査研究は「世の中を良くするため」に行われています。だからこそ、先行研究をレビューし、バイアスをできる限り排除できるサンプルを選び、調査項目を精査し、可能な限り確証が得られる分析方法を取捨選択する。

そして、得られた結果を有効に役立たせるための考察を行い、ネガティブデータに注目することも恐れず、研究の限界を考慮するのです。

メディアは「断定とわかりやすさ」を好みますが、学問には不確実性がつきまといます。研究者の話がわかりづらいのはこのためです。

こういった「前提」を理解した上で、研究結果を知ることが大切なのです。

では、話を戻しましょう。

件の調査は、インターネットサイトに登録している人を、年齢や居住地などが偏らないように無作為に抽出し、15-79歳およそ2万8,000人を対象に、2020年8月末~9月末に実施しました。

質問項目には、GoToトラベルの利用経験(過去1-2ヶ月以内の利用の有無)と、過去1ヶ月以内に新型コロナを示唆する5つの症状(発熱、喉の痛み、咳、頭痛、嗅覚・味覚異常)の経験を訊ね、関連を調べました。

分析は、性別・年齢・社会経済状態・健康状態、居住地などの基本属性の影響を統計的に取り除いた上で行われています。

その結果(GoTo利用者 vs 非利用者)

で、すべての症状においてGoTo利用者の有症率が統計学上高く、およそ2倍前後にのぼることが確認されました。

また、年齢別に分析を行ったところ、GoToトラベルの利用経験による有症率の違いは、65歳以上の高齢者よりも、65歳未満の非高齢者で顕著でした。基礎疾患の有無による違いは認められませんでした。

以上の結果から、「GoToトラベルの利用者は、新型コロナ感染を示す症状の発生率が高かった」ことがわかります。しかし、ここで注意しなくてはいけないのは「Association between」とタイトルが示すとおり、AとBの関連、すなわちGoTo利用者とコロナ感染症状の関連を分析した結果で、A→Bという因果関係を分析したものではないという点です。

一方、発熱、喉の痛み、咳、頭痛、嗅覚・味覚異常などの各症状は、コロナに感染していなくても経験しますが、いずれもコロナ感染で認められている症状であり、5症状のすべてで有意に利用者の有症率が高かったことは、「コロナ感染のリスク大」と解釈できます。

その上で研究グループは、

を示唆しています。

つまり、5つの症状が「GoToトラベル」ではなく、「日常の活動」によって誘発された可能性も否定できないからです。

さて、いかがでしょうか?わかっていただけましたでしょうか?

こうやって読み解いていくと、いかにこの調査研究が有益かがわかるはずです。前述したとおり、研究者の思いは「コロナ感染拡大をおさつつ、最大限経済を活性化することの示唆」にあります。

人が移動すれば接触する人も増えるし、旅行にいけばおしゃべりしながらご飯を食べたり、仲のいい人たちと長時間をお酒を飲んで盛り上がるなど、感染するリスクは高まることは容易に想像できます。

その「想像」は本当なのか?実際にはどうなのか?という疑問を科学的に捉えるために、件の調査研究は行われたのです。

繰り返しますが、あくまでも関連でしかないことは事実です。でも、その「関連がある」という科学的な根拠から、GoToのあり方、実施時期、停止する時期などを考えることが大切なんじゃないでしょうか。

GoToトラベルは「Government Subsidy Program」、私たちの税金です。

誰か大金持ちが大枚叩いて、「経済活性化させるぞ!」とやっているわけじゃないのです。であるなら、少なくとも「GoTo取りやめは一切考えてない」「いつの間にかGoToが悪者にされている」という発言は出なかったし、GoTo対策がここまで後手後手になることもなかった。

以前も書きましたが(Vol.196 「学術会議問題で判った日本の学問軽視、識者の声を黙殺してきた前科」)、悲しいかなこの国は「学問」に敬意を払いません。EBPM(証拠に基づく政策立案)が行なわれず、“霞が関”を中核にしたいわゆる「御用学者」が重宝されがちです。

長くなってしまいましたが、最後にもうひとつ。今回の論文が「査読中」ということで、あたかも「質が低い論文」のごとくコメントするMCやコメンテーターがいましたが、査読中なのは単に「査読に時間がかかる」からです。質とは関係ありません。

私は自分の論文が査読を通るのに1年近くかかるのは当たり前でした。今はもう少し短時間で行われているようですが…。

みなさんのご意見もお聞かせください。

image by: 首相官邸

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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