アメリカ混迷の根源。中国に「覇権」を奪われるという被害妄想の代償

 

「冷戦終結」まで時計を戻さないと

米国のこの「対中ヒステリー」症状を直すには、時計を「冷戦終結」のところまで巻き戻さなければならない。

2001年9月11日の米同時多発テロ事件の後、逆上したブッシュ・ジュニア大統領が「戦争だ!」と叫び出していた頃、私はINSIDERの9月17日号で、戦争ではテロを抑えることは出来ず、米国がそのような誤った道に突き進まないようにする上で大事なポイントの1つは「米国が“唯一超大国”幻想を脱却すること」だと述べた(高野前掲書、P.22~に収録)。要旨はこうである。

私がことあるごとに述べてきたとおり、冷戦の終わりとは、単にそれだけではなくて、冷戦にせよ熱戦にせよ、国家と国家が重武装して武力で利害と領土を争い合うという野蛮な「国民国家」原理の終わりを意味していた。

国境に仕切られた「国民経済」を基礎として全国民を統合して国益を追求する近代主権国家=「国民国家」は、19世紀後半までに全欧州を覆い尽くしてきしみを立て始め、それが20世紀に入って2度にわたる世界規模の大量殺戮戦争となって爆発した。最後はヒロシマ・ナガサキの悲劇にまで行き着いて、その熱戦のあまりに悲惨な結末に「もう熱戦はやめよう」ということにはなったものの、荒廃した欧州の西と東の辺境に出現した米国と旧ソ連という「国民国家」のお化けとも言うべき2大超大国は、地球を何十回も破壊してあり余るほどの核兵器を抱え込みながら、なお武力による国益追求という野蛮原理を捨てることが出来ずに冷戦を演じ続け、ついにその重みに耐えかねて「もう冷戦もやめよう」という合意に至ったのであった。

だから冷戦に勝ち負けなどあるはずもなく、米ソは共に、国家間戦争の時代は終わったのだという認識に立って、新しい協調的な国際秩序の原理を模索するのでなければならなかった。ところが当時ブッシュ父が率いる米国は、冷戦終結を「米国の勝利」と錯覚し、旧ソ連が崩壊したことによって米国は“唯一超大国”になったという幻想に取り憑かれた。……その独りよがりの幻想を助長したのが湾岸戦争で、確かにサダム・フセインの行いは非道であったけれども、しょせんは石油利権に絡んだ局地的な国境紛争であって、まずはアラブ世界の地域内協議に解決を委ねるべき事柄であったにもかかわらず、「ヒトラー以来最悪の独裁者」に対して「正義の味方」米国が全世界を率いて叩き潰すという誇大な図式に填め込んで、軍事力・経済力の圧倒的格差からして勝つに決まっている戦争に勝って自己陶酔することになってしまった。

その父親譲りの“唯一超大国”幻想を外交政策全般の基調にまで拡張したのがブッシュ子大統領の「単独行動主義」である。……軍事中枢=ペンタゴンと経済シンボル=世界貿易センターの崩壊と共に、本当は何が崩壊したのかと言えば、それは米国の“唯一超大国”幻想に他ならない。ところがワシントンは、そのことを認めて胸に手を当ててこの10年間を省みるのでなく、逆に“唯一超大国”幻想にますますしがみついて、圧倒的な軍事力さえあれば世界のどんな問題でも解決できるかのような態度に走っている。これでは泥沼化しかありえない……。

冷戦が終わり、それと重なってウェストファリア条約以来の「国民国家」の時代が終わるということは、その「国民国家」のお化けとしての「超大国」による覇権システムもまた終わることになる。米ソがそれぞれ核をはじめ軍事力を振りかざして君臨するというピラミッド型の国際秩序が崩れた廃墟から何が立ち現れるのかと言えば、熱戦と冷戦の合間に形作られてたちまち仮死状態に陥ってしまった国連の多国間協調主義のネットワーキング型組織論である。

ところが米国はそのように考えず、旧ソ連がそうしたように、自ら階段を降りて「超」の付かないただの「大国」になり下がることを拒絶した。しかし、歴史はすでに超大国というものがなくなっていく新しい時代に入っているのだから、いくら“唯一超大国”として振る舞おうとしてもうまくいかず、ストレスに陥る。それがブッシュの「単独行動主義」でありトランプの「米国第一主義」であるけれども、それは歴史の流れに逆行しているが故に、何の解決にもならない。するとますます苛立ちが増して、中国が陰謀を企んで米国社会を混乱させ、それに乗じて“唯一超大国”の座を奪おうとしているのではないかという疑心暗鬼が募るのである。

覇権主義は、その本質においてすでに役目を終えていて、それは米国人の“唯一超大国”幻想や、日本人の日米同盟基軸にしがみつく“冷戦ノスタルジア”のような足のない幽霊としてしか存在していない。従って、中国が米国に代わって覇権国になるというのは取り越し苦労でしかない。

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