アメリカ混迷の根源。中国に「覇権」を奪われるという被害妄想の代償

 

「多国間主義」の本当の意味

米国にも、日本の菅義偉首相を含む親米保守派の中にも、「多国間主義」を口にする人がいる。しかし、これまで述べたような米国=“唯一超大国”幻想をきちんと清算しないままこの語を用いると、引き続き世界の中心である米国のバイデン政権が(トランプとは違って)同盟国との協調を重んじ、それらを糾合して中国の脅威に立ち向かうというような意味にすり替わってしまう。これでは、形を変えた冷戦型の敵対的同盟と何ら変わりがない。

そうではなくて、覇権なき多国間主義の時代とは、国際的などんな問題領域でも中国をルール作りに参加させない限り適正な解決策は生まれないと覚悟することなのである。

INSIDERは早くからこのことを主張していて、例えば2012年8月27日発行のNo.641から3回続きで「中国という“世紀の大矛盾”とどう向き合うか」を論じた際に、「ニューズウィーク」2010年3月31日号の特集「『中国ルール』が世界を支配する日」から次の個所を引用している。

見落とされがちなのは、中国が世界の新しいルールを作りたい(少なくともルールの書き換えに参加したい)と考えていることだ。「中国はテーブルの上座に座ることを臨むようになった」と、ブルッキングス研究所中国研究センターの李成=上級研究員は言う。「グローバルな制度や組織の主要な設計者でありたいと考えている」。

IMFや世界銀行など既存の国際機関は、アメリカに率いられた一握りの国によってつくられた。このような国際機関の政策には、アメリカ的な価値観が色濃く反映されてきた。中国の国際的な影響力がまだ小さかった頃は、中国の指導者は既存の制度に不満があっても我慢して受け入れてきた。……しかし中国が世界で力を増すにつれて……国際システムをもっと中国に有利なものにつくり替えることで、体制存続の可能性を高めようと考えるようになった。

皮肉なことに、アメリカ政府はしばしば、中国が国際社会の運営に十分に関わろうとしないと批判する。しかしほとんどの場合、中国は自国の意向を反映せずにつくられたシステムへの参加を求められている。そういうシステムは欧米に有利なようにできていると、中国は思っているのだ……。

「ニューズウィーク」誌のタイトルだけを見ると、中国が米国中心の戦後秩序を破壊して自分のルールを世界に押し付けようとしているのかと思えてしまうが、記事の中身を読むと、このように、世界第2から第1の経済大国となりつつある中国も国際ルールの変革に参加する権利があり、米国にとってもそれは認めて受け入れるのが当たり前だという特集の趣旨が理解できる。

その通りで、例えば同誌が挙げている例の1つは、米国主導で戦後作られた国際通貨基金(IMF)は、トップの専務理事は欧州人か米国人、それを支える副専務理事は長く欧州人、米国人、日本人の3人体制で来たが、2011年からこれに中国人を加えた4人体制に改まった。これは中国を組み込むことで既存の国際システムを発展させた好例と言える。

同誌が挙げたもう1つの分かりやすい例は、インターネットプロトコルのv6(バージョンシックス)である。インターネットそのものの生みの親である米国は、従来のv4(バージョンフォー)の時代には、総数で約42億個あるアドレスのうち3分の1に当たる14億個を自国の企業・個人に割り当てたが、中国には1億2,500個しか割り当てられていなかった(2007年時点)。米国では人口1人当たり5個のアドレスが与えられているのに、中国では10人当たり1個よりも少なかった。

そこで、v4が資源的に枯渇する前に、事実上無限に等しい340澗(340兆の1兆倍の1兆倍)のアドレスを発行できる次世代のv6を国際協力で開発する体制が採られた際に、中国はこれを極端な不平等を解消する機会とすべく、十分な資金と人材を用意して積極的に参画した。その結果、2018年12月までに中国のv6ユーザーは人口の約8割の10億人に達している。

安倍・菅両政権はもちろん多国間主義の意味など理解していない。そのため、米国の誤った歴史認識に基づく嫌中感情の膨張に安易に同化して、TPPを反中国の材料にしようとしたり、中国の「一帯一路」構想に徒らに反発したり、「自由で開かれたインド太平洋」構想で中国を軍事的な包囲網に絡めとろうとしたりしていて、基本的に対中「ゼロサム思考」で突き進むようにも見えるが、そうかと言って中国を全面的に戦う覚悟もありそうにない。この中途半端は、米国には背けないが中国ともそこそこうまくやっていきたいという中途半端な無戦略心理から来ているので、それを克服するには、まず米国発の対中ヒステリーの根本原因から考え直さなければならない。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2021年1月11日号より一部抜粋・文中敬称略)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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