アメリカ混迷の根源。中国に「覇権」を奪われるという被害妄想の代償

 

自分を見失ってしまった米国

私に言わせればその根本原因は、米国が、自らの衰弱を薄々は自覚しつつも、それを正面切っては認めたくないがゆえに、誰かが悪いというように他所に責任転嫁して束の間の安心を得ようとする、「対中ヒステリー」とも言うべき病的な集団心理に陥っていることにある。

このことは十分に予想されていたことである。今から16年前になるがINSIDERの2005年1月27日号は、以下の3つの文献を引用しつつ、「米国がなしうることは『唯一』も『超』も付かない、ただの『大国』の1つ(とは言っても最大の大国)になることを目指すことである」と指摘した。この記述は、高野孟『滅びゆくアメリカ帝国』、06年刊に収録されている(同書P.212、P.257など)。この課題設定が今尚できていないことが米国の混迷の根源である。

3つの文献とは…

(1)アンドレー・モラブチック「アメリカが死んだ日」

本当に危険なのは、米国が凋落に気付かず、偉大な国という夢想に取り憑かれたまま、圧制からの解放と自由について演説していることである(アンドレー・モラブチック米プリンストン大学EU研究センター所長、Newsweek05年2月2日号)

(2)エマニエル・トッド「帝国以後」

アフガニスタンとイラクに対する派手な戦争は、米国の強さより弱さの表れである。弱さとは、経済的に見て米国はモノもカネも全世界に依存して生きるほかなくなっていることであり、外交的・軍事的には、それを維持できなくなる不安から、ことさらに好戦的姿勢を採って、自国が世界にとって必要不可欠な存在であることを証明しようとするのだが、欧州、ロシア、日本、中国など本当のライバルを組み敷くことは出来ないので、イラク、イラン、北朝鮮、キューバなど二流の軍事国家を相手に「劇場型軍国主義」を演じるしかない。

こうした米国の酔っ払いのような情緒不安定は、要するに、冷戦の終わりに際して、「冷戦という第3次世界大戦に勝ったのは米国で、今や敵なしの“唯一超大国”になった」という誇大妄想に陥り、ロシアがそうしたように、米国もまた“普通の(超の付かない)大国”に軟着陸しなければならない運命にあることを自覚しなかったことによる。

結局のところ、米国は暴走して破綻し、世界の中心は欧州、ロシア、中国、日本が緩やかに連携したユーラシアになって、米国が生き残るとすればそのような多極世界の1つの極をなすローカル大国として自らを定位出来た場合だけである(『帝国以後』 藤原書店、03年刊)。

(3)米NIC(国家情報評議会)「2020年の世界」

中国とインドのグローバル・プレイヤーとしての目覚ましい台頭は、19世紀における統一ドイツの出現と同様の強烈なインパクトなって、世界の地政学的光景を一変させるだろう。20世紀が米国の世紀であったのに対し、21世紀は中国・インドが先導するアジアの世紀となるだろう。

米国は2020年においても最も重要な単独の大国に留まるであろうけれども、その相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚することになろう。

拡大欧州は国際舞台で一層ウェイトを増し、新興勢力にとって世界外交と地域統治のモデルを提供することになろう。しかし多くの国では人口の高齢化と労働力不足が問題で、主としてイスラム世界から移民を受け入れざるをえない。

日本は、地域内でどのような地位と役割を得るかが大きな課題で、とりわけ台頭する中国と対抗的にバランスを取ろうとするのか、それとも中国の勢いに“乗り遅れまい”とするのかを選択しなければならないだろう……。

モラブチックが言うように、自らの「凋落に気付かず、偉大な国という夢想に取り憑かれ」「酔っ払いのような情緒不安定」に陥ってきた米国が、酔っ払いどころか「錯乱」〔注〕したトランプを大統領に頂いたことでますます自分を見失い、悪いことのすべては中国のせいだと思い込むことで自分を慰めようとしてきたのがこの2年間ほどであった。

〔注〕米国のペロシ下院議長は8日、「錯乱」した状態にあるトランプ大統領が残りわずかとなった任期中に核ミサイルを発射する事態を避けるため、米国防総省のミリー統合参謀本部議長と協議を行ったことを明らかにした。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

 

print
いま読まれてます

  • アメリカ混迷の根源。中国に「覇権」を奪われるという被害妄想の代償
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け