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日本は「一線」を越えたか?首脳会談で日米が中国に送った最後通告

その開催時期や意義を含め、さまざまな分析や評論がなされている日米首脳会談。そもそも当会談で日本は何を得、今後どのような国際的立場に置かれることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、この会談での決定事項の中から注目される項目をピックアップし、各々について詳細に解説。その上で「気になる2つの点」を挙げ、読者に思索を促しています。

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疑問だらけの日米首脳会談-国際情勢に与える影響とは?

先週末、日米首脳会談がホワイトハウスで開催されました。

「バイデン大統領就任後、初めてとなる対面での首脳会談の相手に、菅総理が選ばれたのは、日米同盟の強固さを示すもの」

「バイデン政権から日本への信頼の厚さの現れ」

日本のメディアは挙って、このように評価しました。

バイデン政権が日本を会談の最初の相手に選んだのは、今回の首脳会談もそうですが、先日は日米2プラス2のために、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官がそろって、就任後初めての訪問先として東京を訪れました。この際にも、同様の論調が多かったように思います。

実際に“一番近い”という表現は間違ってはいないと、私も考えますが、それが意味するものはなんでしょうか?

今回の首脳会談に対する評論は多く出されていますので、私はあえて触れません。また、会談時の外交的なプロトコールにもコメントは致しません。

あくまでも「結果として何が出来上がったのか」「その国際情勢への影響」についてお話しするようにしたいと思います。

今回の会談の“強行”が成功と呼べるのか?それとも失敗だったのか?成功でも失敗でも、それは誰にとっての結果なのか?

その評価はお読みになる皆さんにお任せします。

さて、何が決まったのでしょうか?

一つ目で最大の結果は「アメリカが日本をマルチの中国包囲網にがっちりと組み込んだ」ということでしょう。

ここで“マルチの”と呼んだのは、多国間という意味合いと、様々な要素にまたがる中国包囲という側面を意味しています。

まず、安全保障面ですが、こちらはがっつりと中国との対決姿勢を露わにする方向に舵が切られました。

これまですでに核として参加してきた、南シナ海での権益を守るための対中包囲網であるQuadの活動の強化はもちろんですが、ここに「日米が協力して、台湾海峡防衛の共通ラインへのコミットメントを約束する」という大きな一歩が加わりました。

その代わりに、日本としては、アメリカ政府に「尖閣諸島海域は、日米安保条約第5条の適用範囲」という文言(注:すでに先日の2プラス2でも確認済み)を明記するという“お土産”を得ることができました。

そしてアメリカ政府がもう一枚カードを切ったのが、「日本の防衛力の強化を要請する」という内容です。

これまでは、日本に対してshow the bootsと「具体的なコミットメント、特に兵員の戦地への派遣ができないこと」への不満(とはいえ、第2次世界大戦後、アメリカがこだわったところだったような気もしますが)もありましたが、同時に“日本の防衛力の強化”については、あくまでもアメリカのコントロールの下でという条件付きでした。

それが今回、防衛力の強化の内容も含め、日本側に裁量を認める内容に読むことができます。

政府もそう感じたのでしょうか?それとも事前協議済みだったのでしょうか?

珍しくかなり具体的な防衛策の強化案が矢継ぎ早に発表され、中には、議論のレーダーに現れては消えしていた“敵地攻撃能力の必要性”にまで言及する意見も出てくるなど、今週に入って、無人偵察機の積極活用の発表を始め、防衛畑は大賑わいです。

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気になるアメリカの本気度

しかし、ここで見極めないといけないのは、「日本は、対中戦略の安全保障面において、一線を越えたのか否か?」というポイントでしょう。

特に台湾問題については、これまでお茶を濁すような対応しかしてこなかったのが、今回の首脳会談の合意内容によって、解釈によっては「中国にケンカを売る」ような決定をするに至りました。

中国政府は、日米首脳会談や先日の2プラス2の内容を激しく批判しつつ、日本の“本心”を見極めるべく、今週は細かいジャブをたくさん撃ってきています。

例えば、中国政府によるJAXAへのハッキング事件の“露呈”や、菅政権が閣議決定した福島第一原子力発電所の汚染水(処理水)の海洋放出に対しての激しい抗議はそうでしょう。

前者については、聞くところによると、わざとばれる様にしたようですし、後者については、以前、(韓国同様)科学的には問題ではないとの結論を出していたのにもかかわらず、日本に“メッセージ(警告)”を送るかのように、執拗に激しく批判しています。

さらには、一時期おとなしくなっていた尖閣諸島への中国漁船の襲来も頻発し、日米の出方とdetermination(覚悟)の程度を測りに来ています。

これについては、これまでのところ、なんといって目立った変化はなく、日本政府側はあくまでも外交ルートを通じた“強い”非難を行っているだけです。

そして、一番目立つのが、今回、日本もアメリカに与することにした“台湾”へのプレッシャーをかけて、日本の出方を探っています。

これに対しては、日本は集団的自衛権の行使の対象範囲に台湾および台湾海峡を加えることで、中国へのメッセージを送っています。

しかし、ここで気になるのが、アメリカの本気度です。

尖閣問題が激しさを増し、中国による武力行使に至りそう状況になった場合、どの程度、米軍は貢献してくれるのでしょうか?

今回、日本の防衛力強化をわざわざ謳ったのは、もしかしたら、「協力はするし助けるけど、実際には自ら対峙してね」といったメッセージであったのではないかと勘繰りたくなります。

他には、日本もしっかりと巻き込んで、米中対立のシンボルとして、台湾への支持と防衛を前面に押し出していますが、先日、インド太平洋軍司令官が議会で証言したように“6年以内に中国が台湾に攻め入る”可能性があり、実際に武力による統一を図ろうとした際、アメリカは本当に中国と一戦交えるでしょうか?

どちらにも答えることが出来ませんが、トランプ政権時代とは異なり、バイデン政権の対中強硬度に曖昧さを感じてしまいます。

もしアジア太平洋地域有事の際、アメリカが出てこなかったら…。

ちょっと恐怖を感じます。

しかし、興味深いのが、トランプ政権の方針を引き継いで、アフガニスタンから米軍を撤退させ、対中戦力の拡充を図ろうという決定です。

「テロ対策から中国対策へのシフト」と見ることも可能です。こちらについては、もう少し様子を見ないとわかりません。

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日米首脳会談の最中に見せた米の不可解な動き

次にメジャーな点は「気候変動対策・脱炭素におけるさらなる深掘り」です。

パリ協定から離脱したトランプ政権の方針を180度転換して、再度参加し、今では、ケリー特使を軸に“失われたイニシアティブ”を取り戻すかのように、非常に景気のいい目標(ターゲット)を旗印に、議論をリードしようとしています。

首脳会談の結果を受けて、ケリー氏は早速、IMOの場で議論されていましたが、これまでアメリカがブロックしてきた国際海洋運輸からの排出削減について、現行の【2050年までに半減】という目標から、一気に【2050年までに排出ゼロ】というターゲットを掲げて議論をリードしようとしています。実際に日本も深掘りに追従する発言をしたそうです。

またちょうど、このメルマガがお手元に届く際に開催されている米主導の気候変動サミットの機会を用いて、パリ協定実施の議論をリードすべく、2030年までの削減目標を2005年比で52%削減という大きな深掘りに乗り出しましたが、日本も日米首脳会談の結果を受けて、これまでの2013年比2030年までに26%減としていた目標を、一気に46%“以上”の削減を目指すとの深掘りを宣言しました。

日米が掲げるターゲットは、確かにパリ協定で示された「世紀末までに全球平均温度上昇を、産業革命時に比して2度未満、できれば1.5度を目指す」としたラインに計算上、貢献するものではありますが、実現の可否については、不透明なままの見切り発車と言えます。

よく言えば政治的なイニシアティブ、悪く言えば、実現可能性が不透明なままのパフォーマンスと表現できますが、先の台湾シフト同様、どこまで日本の経済界と具体的にすり合わせたのかは不明です。

ただ、日米首脳会談を受けて、日本における脱炭素の動きは一気に加速したように思います。

例えば、脱炭素を実現する自治体数を2030年までに100に“前倒し”し、そのためにRoof-Topの太陽光パネルの設置を無料で行うための支援を提供するという策を発表しました。

またこれは、これまで改革が叫ばれつつ、実際には硬直化してしまっていた【エネルギー・電力の自由化と気候変動対策のためのファイナンスの議論】との絡みを一層確実化していく方向性が示されました。

日本としてはポジティブに動いているように思いますが、ここでもまた要検討なのが【アメリカの本気度】です。

ワシントンDCで日本と首脳会談を行っている間、気候変動問題の責任者であるケリー氏は、中国との協議のために上海に赴いていました。

表向きは【米中対立が極まる中、唯一米中で協力できるのが気候変動問題ではないか】ということですが、実際には、いろいろと漏れてくる情報によると、「気候変動問題の進展によって出来上がり拡大するグリーンマーケットのシェアの山分け割合を協議したのではないか」とのうわさもあります。

本件については、おそらく日本側には伝えられていませんが、そのような中、今後、どのように気候変動問題でふるまうべきか、しっかりと考えておかなくてはなりません。

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アメリカに踏み絵を迫られただけの首脳会談

中国との対峙という点で、比較的明確に日米共同戦線が張られたのは、経済部門での様々なネタです。

リストアップすると、「半導体の安定的な供給を保証するための取り組み(台湾のTSMCの工場を日米に誘致)」や、「DX (Digitalization)での協力強化」、「宇宙開発部門(衛星とエネルギー)での協力強化」、そして、中国が先行している「“ワクチン外交”での巻き返しのための協力」などが挙げられます。

具体的な内容については、これから詰めていくそうですが、中国にグローバルマーケットを席巻される事態は避けたいとの思惑が、協力の強化とスピードアップにつながったと評価できるかと思います。

ここまで見てみると、今回の首脳会談の結果・成果については、様々な評価がありますが、可もなく不可もなしと言えるのではないでしょうか。

ただ気になるのは、【国内でコロナ感染が再拡大し、リーダーとしての采配が必要となる時期に、どうして急を要する状況ではないにもかかわらず、あえて東京を留守にしてまでワシントンに赴いたのか】という点と、【これまで米中間でどっちにも寄らない“両にらみ”外交を進めてきた日本政府に対して、アメリカを取るか、中国を取るかという“踏み絵”を迫られただけ】だったのではないかという点です。

私には、その答えは分かりませんが、皆さんはどうお考えになりますか?

ぜひご意見をお聞かせください。

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image by: 首相官邸

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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