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イランが敵対してきた周辺国との“和解”に舵を切った裏事情

4月から断続的に続き、5月初めにも開催される核合意協議を前に、イランは周辺諸国と“和解”するかのような動きを見せています。一方、バイデン政権となって核合意への復帰も視野に入れるアメリカも、トルコに対し強い姿勢を見せるなど、外交戦略に変化が見えています。複雑に絡み合い、少し目を離していると何処に糸口があるか見失ってしまう中東情勢の“イマ”を、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』著者で、元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、独自の情報源を元に紐解いています。

中東諸国との“和解”に舵を切ったイラン-その意味するもの

来週にイラン核合意に関する協議がウィーンで開催されるのを前に、イラン政府の動きが活発化してきました。これまで再三、核合意の内容に違反し、ウラン濃縮レベルを上げたり、核処理能力レベルを一気に高めたりと、対立姿勢を明確に示して、アメリカや欧州各国、そして周辺諸国に圧力をかけてきたイランの方針が、今週は鳴りを潜めています。

圧力の代わりに、まるで周辺諸国との“和解”を探るかのような動きに出ています。それは、まさにイラン政府のspokespersonともいえるザリーフ外相を、中東諸国に派遣して、公式・非公式な形で各国と協議を行っています。今回の“外交的な”動きには、中東の外交巧者であるカタール政府が一肌脱いでいます。

カタールと言えば、最近までしばらく「イランと近すぎる」と誹りを受けて、サウジアラビアをはじめとするスンニ派諸国から国交断絶の憂き目にあってきたのは、ご記憶に新しいかと思います。

昨年だったでしょうか。カタールと周辺諸国との国交が回復され、しばらくはカタールも静かにしていたのですが、先週あたりからイランに代表されるシーア派と、サウジアラビア王国に代表されるスンニ派との仲介に乗り出しています。今回のイランと周辺諸国との協議をお膳立てしているのもその一つです。

現時点では、イラン・サウジアラビア王国双方とも、両国が直接的に協議を行ったことを認めていませんが、どうも今週、イラク・バグダッドか、もしくはカタールのドーハで開催されたイベントの場で、非公式に協議をした模様です。

その内容は、漏れてきた情報をもとに見てみると、「米中・ロシアの草刈り場になってしまっている今は、中東諸国全体の利益を守るべき」「サウジアラビア王国とイランが行っている代理戦争の一時停止」「(UAEなどが応じた)イスラエルとの過度の接近への警戒」そして、「イランの革命防衛隊が行ったサウジアラムコの石油関連施設への攻撃に対する謝罪と弁済」といった内容が話し合われたそうです。

しかし、これまで敵対してきたサウジアラビア王国とイランが、噂通りに直接協議の場を持っていたとしたら、その背後にある狙いは何でしょうか?サウジアラビア王国とイラン双方に存在する理由・意図として挙げられるのが、【アメリカとイスラエルへの牽制】です。

トランプ政権末期、アメリカはイスラエルとアラブ諸国との国交樹立を仲介し、中東地域にあったわだかまりの解消に乗り出すと同時に、イラン・トルコ包囲網の強化に乗り出しました。サウジアラビア王国はその輪には加わっていませんが、トランプ政権からの誘いは受けていました。

サウジアラビア王国が応じなかった理由は、アラブ諸国の雄を自任し、イスラエルとアラブとの間の最大の懸案事項であるパレスチナ問題を解決しなくてはならないという“縛り”があったため、あからさまにイスラエルとの和解には臨めないという事情です。

アメリカでバイデン政権ができ、トランプ外交をひっくり返すかのように、中東諸国との距離感が生まれ、“特別な同盟国”というサウジアラビア王国の立場も不安視されるようになり、また外交的な成果を目指すためにイランとの対話姿勢を取るバイデン政権への警戒心が強まったことで、サウジアラビア王国は漂流することになりました。

ゆえに、これまで以上に中国に接近し、ロシアとの対話も再開して、地域におけるリーダーとしての地位を守ろうとしています。さらには、憎きトルコとの対峙のため、トルコと正面から対峙するバイデン政権とも適当な距離を保ちつつ、トルコと面白い関係にある中ロに取り入ることで、トルコが仕掛けてくるちょっかいを軽減させたいとの思惑も働いています。

そのトルコの存在が、今回、イランとの“接近”にもつながっていると思われます。何度かお話ししていますが、シリア問題をはじめ、様々な局面でイランとトルコは共同歩調を取っています。現時点では、まだイランとトルコとの関係は、比較的良好と思われますが、サウジアラビア王国はそこに楔を打ちたいと考えたのではないかと推察します。

ではイランはどうでしょうか?アメリカとの対峙、欧州との微妙な関係、イスラエルとの歴史的な敵対関係と緊張の高まり(核戦争の可能性含む)、そして周辺を敵に囲まれるという緊張、経済状況の落ち込みといった、多くの負の要素に囲まれているのが現状です。

イスラエルとの歴史的な対峙については、トランプ政権下で、アラブ諸国がイスラエルとの国交樹立に走り、イラン包囲網に加わることに危機感を感じ、最終手段として、スンニ派サイドの雄であるサウジアラビア王国との協議に臨むことで、その流れ(イスラエルとの接近と対イラン共同戦線)を止めるか逆流させたいという思惑が見えます。

それに加え、宗教的な部分での折り合いは難しいとしても、周辺諸国との関係改善は、欧米諸国によって課せられる経済制裁で落ち込む経済のブーストになるのではないかとの思惑もあるようです。

経済的な側面では、最近、中国との25年協定が成立し、経済的な安定感は増すと同時に、米中対立の枠組みに乗って、アメリカとの対立構造も明確化できるという外交的な利点も演出していますが、やはり遠いパートナーよりも、隣のパートナーを得ることのほうが、より安定を築けるという思いもあるようです。

しかし、イランサイドには、別の狙いもあります。今回のサウジアラビア王国との協議が不発に終わった場合、翻って、サウジアラビア王国とその仲間たちへの最後通告となる可能性もあります。

今、ザリーフ外相がThe Economist誌とのインタビューの音声がリークされるという騒ぎになっていますが、そこで述べられた『イランでは外交的な路線よりも、どうも軍事的な成果ばかりが優先されている』との不満は、いろいろな憶測を呼び起こします。私には、これは現実を嘆くとともに、同時に『外交努力が不発に終わったら、もう革命防衛隊が何をするか、自分には責任が持てないよ』という脅しにも聞こえます。

実際のところはどうかわかりませんが、来週のイラン核合意をめぐる協議を前に前向きの姿勢を示したいという外交的な意図と、周辺諸国およびイスラエルに対する硬軟交えたメッセージにも見えます。

アメリカも欧州各国も一様に対話姿勢を評価しているようですが、アメリカは、国内からの圧力とイスラエルからの要請もあり、イランへの強硬姿勢は崩していません。イランの後ろ盾になっている中ロ(核合意の当事国)は全面的にサポートしているようですが、同時にイランという、中東地域における勢力拡大に欠かせない友人を手放さないという意図も明確に示しています。

そのパワーゲームの全容は、来週の核合意に関する協議を通じて見えてくるものと思われますが、一つはっきり言えるのは、アメリカがイランを攻撃する可能性は、トランプ政権時に比べ、はるかに低くなったということでしょう。

強硬姿勢は崩していませんが、その中でも対話と協議の姿勢は明確に示しており、前回の核合意に対する協議でも、非公式で(アメリカは離脱しているので)直接対話が開かれていますし、何とか解決の糸口を見つけたいとの思惑もあります。何しろ、バイデン大統領にとっては、自らが副大統領を務めたオバマ政権下での数少ない外交的な“成果”が、イラン核合意でしたから。

ただ、そのアメリカの曖昧な姿勢が、今、先述の通り、アラブ諸国のアメリカ離れを加速しているのも確かです。その波は、アメリカ国内に絶対的なロビーが存在するイスラエルでさえも襲っています。そのイラン包囲網と、それに並ぶトルコ包囲網の結束の緩みを突いてきているのが、エルドアン大統領のトルコと、中ロです。

そして、バイデン政権も、逆に、トルコへの挑戦状を通じて、中ロに“中東に手を出すな”というメッセージを送っていると読み取れます。今週報じられたニュースで不可解だったのが、バイデン大統領が正式に、第1次世界大戦時に行われた、現在のトルコの前身であるオスマントルコ帝国による“アルバニア人虐殺と死の行進”を『ジェノサイド』認定したことです。なぜ、あえて今、第1次世界大戦時の、それも現在の国家の前身の政体が行った蛮行を持ち出してきたのか?

一つは、メディアで報じられるように「バイデン政権の人権重視の姿勢を強調したかった」という理由が挙げられます。これはアメリカ政府、特に民主党内の人権擁護グループが、トランプ政権及び共和党との差異化を明確に行うために、バイデン大統領に迫った際、バイデン大統領自身が強く持つ対エルドアン嫌悪感と相まったことで、ジェノサイド認定という正面からの非難と挑戦が行われたという点です。

これは確かに説得力がありますが、私は別の理由があるとみています。それは「トルコ、エルドアン大統領への最後通告」です。トランプ政権時から、まさにアメリカ、特にオバマ政権への当てつけのように、ロシアに接近し、S400ミサイルの配備を強行したことで、アメリカのNATOにおける重要な同盟国で、かつアメリカの核が配備されているトルコへの信頼が大きく揺らぎました。

バイデン大統領にとっては、原理原則を重んじるタイプですので、これは許すことが出来ない事態であり、エルドアン大統領による趣味の悪いゲームに映ったようです。以降、バイデン大統領は再三、エルドアン大統領を非難し、何度も独裁者と呼んで毛嫌いしている様子が見えます。

個人的な嫌悪感ももちろん存在しますが、今回のアルバニア人ジェノサイドの案件を持ち出した背景には、そんなトルコへの踏み絵の意味合いがあると考えます。

ロシアとの接近、中国との接近、ナゴルノカラバフへのあからさまな介入、イランとの共同歩調、シリア紛争でのアメリカとの対峙、サウジアラビア王国への脅し(カショギ氏殺害への皇太子の関与の証拠?!)といった問題に加え、バイデン政権が回復しようとしている欧州との同盟関係との兼ね合いで、EUとことごとく対峙するトルコという問題も重なり、態度を改めないと、それなりの代償を払わせるという脅しにも見えます。

言い換えると「NATOの同盟国として、それなりの行いをし、これまでの“過ち”を正して、こちら陣営に残る」か、それとも「中ロ・イランと組んでRed Team入りして、欧米と対立するのかを決めろ!」というメッセージです。

エルドアン大統領は、バイデン大統領からジェノサイドの誹りを受け、非常に激怒し、反発していますが、同時に、得意の多方面同時にらみ外交を使って、ロシア・中国に急接近し、関係強化へ傾倒するそぶりを見せています。またあからさまに、イランの窮状にシンパシーを示し、イランへのサポートを行っています。何度かお話ししている通り、見事にトルコは、中東情勢でも混乱要因としてしっかりと君臨しているといえます。

しかし、皆さん、もしこのトルコの動きでさえ、イラン政府が画策する地政学的なゲームのオーケストレーションだとしたらどうお考えになるでしょうか?今週のイランの活発な外交運動に際し、いろいろな情報源と議論した結果、私にはそんな見事にデザインされたイランとその仲間たちの戦略が見えてくるような気がするのですが…。皆さんはどのようにお考えになりますか?

image by:vanchai tan / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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