前回の記事『稲盛和夫が毎夜見た「倒産の夢」。経営者を苦しめる意思決定の原則』で、経営者たちの意思決定の難しさについて紹介したメルマガ『戦略経営の「よもやま話」』の著者、浅井良一さん。浅井さんは今回、意思決定という第一歩を踏み出した先にある「マーケティング」の基礎についておさらいしながら、ファストファッション・ブランド「GU」の事例を交えて詳しく解説しています。
顧客の現実、欲求、価値からスタート 事件は現場で起きている
映画の『踊る大捜査線』で、本部の指示にブチ切れて「事件は会議室で起きてるんじゃない。“現場”で起きてるんだ」と“現場”にいた青島刑事が叫ぶ名シーンがありますが。“成果”が生れるのは現場における「真実の瞬間」においてで、本部は“顧客欲求”が適えられるように環境を整えることにあります。
前回「意思決定の原則」として「意思決定は常に、可能な限り低いレベル(現場)、行動に近いところで行う必要がある。これが第一の原則である。同時に意思決定は、それによって影響を受ける活動全体を見通せるだけの高いレベルで行う必要がある。これが第二の原則である」と紹介させてもらいました。
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「起業的意思決定」と「戦略的意思決定」は、トップ・マネジメントの専権責務で、これを間違えると未来はなくなるのですが、これは第一歩で「事業の定義は“目標”に具体化しなければならない。そのままでは、いかによくできた定義であっても、優れた洞察、よき意図、よき警告にすぎない。」とドラッカーは教えます。
続けて「“目標”設定においては、中心となるのは“マーケティング”と“イノベーション”である。」なぜなら「顧客が対価を支払うのは、この二つの分野における成果と貢献に対してだからである。」とします。
ところで、ここでいつも戸惑いが起きる「マーケティング」について、この際に横道に逸れるのですが、マネジメントにおいての基本概念であるのできっちり認識できるように再確認しておきたいと思うのです。
いつも“戸惑い”を感じるというのは、それは「マーケティングとは何か」「なぜマーケティングが根幹なのか」ということです。「イノベーション」は「革新」ということで「従来なかったことを行うのだなぁ」と納得するのですが、ではマーケティングと言われて?と思い「それは、市場調査のことだろう」と思ったりするのですが。
ではでは「さて、マーケティングとは何か」なのですか、「マーケティングはマーケット(市場)に“ing”がついている」のだから、市場=顧客であるので“顧客本位の活動”となるのでしょうか。
「マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラーによるとマーケティングとは「ニーズに応えて利益を上げること」としています。「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を上げること」なのだそうです。
ドラッカーは「真のマーケティングは“顧客からスタート”する。すなわち“現実、欲求、価値からスタート”する。『われわれは何を売りたいか』ではなく『顧客は何を買いたいか』を問う。『われわれの製品やサービスのできることはこれである』ではなく『顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足はこれである』と言う」とします。
そして結論として「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すのものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、自ずから売れるようにすることである。」と。これって「良いものをつくっているのに、何で売れないのか」と嘆く経営者に最も根幹のヒントを与えてくれるのではないでしょうか。
企業が利益を獲得できるのは、このヒントから「顧客の“現実、欲求、価値からスタート”した活動つまり“顧客本位の活動”を『生産的』に“顧客の欲求”へと実を結んだ時に“評価”として得られるとなります。
ここまで話をすすめてきて、では本部の意思決定の役割はどうあるべきなのか、どう理解してもらえるのかで混乱していたところ、なるほどと思えるあるテレビ番組『ガイアの夜明け』に出会いました。
『ガイアの夜明け』でユニクロ(ファーストリテイリング)の子会社でファッション性重視のブランド「GU」が紹介されていたのですが、ここで大いに興味を感じたことがあったのですが、それというのは商品企画の最終決定権を、各店舗の「おしゃリスタ」と呼ばれる妙齢の女性コーディネート・アドバイザーに大幅に委ねられていることです。
ちなみに「おしゃリスタ」とはGU独自の役職で「お客様にあったコーディネートを提案を行う」のが役割で、販売スタッフから3ヶ月に1回普段業務を見ながら、店長とSVの評価をもとに選ばれるだそうです。ここで得心させられるのは「真実の瞬間」の立役者の現場にいる販売スタッフに「マーケティングの重要な意思決定」が委ねられることです。
「おしゃリスタ」の欲求は、顧客の欲求とシンクロ(同期)しています。「顧客の声」をもとに企画、製作されたサンプルの最終チェックを、購買顧客の欲求とシンクロする「おしゃリスタ」が実際に試着して実感するのだから、これほど顧客の「意に沿える」ものはないでしょう。社長は、その現場にいて「容赦なしでね」と“念押し”までします。
想像してみてください。本部の役員である「おじさん連中」が「あーや、こーや」と愚にもつかない論理的な認識で選ばれる商品に、現実に売れる可能性があるのか。
GUの社長である柚木治さんは、おじさんというのにはまだ若いのですが、その柚木治さんをしてサンプル商品の最終チェックには口出しせずに、顧客にシンクロできる専門家である「おしゃリスタ」の感性に委ねており、あまつさえ「容赦なしでね」と言わしめています。「おしゃリスタ」こそを「これが、我々の競争力の源泉」だと言います。
無知の知
GUの社長である柚木治さんは、現在の消費者の購買行動について強い危機感をもってこんなことを言います。
「本当に欲しいもの必要なものしか買わなくなった。ハードルが非常に上がっている。コロナが収束するかしないかにかかわらず、本当に欲しい服、必要なファッションを提供していかなければいけない」
という訳で「VOC(顧客の声)」が聞こえなけれならないのです。「本当に欲しい服、必要なファッション」の品揃えについては、“顧客層の欲求”にシンクロするゆえに、適切な意思決定ができ、かつ最も適切に情報発信が出来て、接客できる「おしゃリスタ」という“戦略的経営資源”の育成と活用こそが「差別化戦略」の要となるのです。
GUの社長の柚木治さんを親会社の柳井正さんは有望な人材として高く評価しているのですが、過去に興味深いエピソードがあります。ユニクロがおかした大失敗の野菜事業を企画・担当し、1年半で26億円の損失をもたらした当事者が柚木治さんなのです。その人を解雇せず、新事業の責任者にするのだから相当なものです。
柳井さんは、ドラッカーを相当深く読みこなしているようです。ドラッカーの2つの提言を並べるので吟味してください。
「第一級の人材は、最も大きな機会、最も大きな見返りのある領域に割り当てなければならない。そして第一級の機会に対しては、卓越した才能と実績をもつ人材を割り当てなければならない」
「間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である」
柚木治さんは、こんなことを言います。「野菜事業で失敗するまでは、自分は優秀だと思っていた」と、そんな柚木治さんをGUの社長に起用したことについて、柳井さんは「柚木君が有望だから」とその理由を語っています。失敗によって「マーケティング」の真の意味を知った人材は貴重です。
GUの2020年8月期の決算をみると、売上は2,460億円で利益は218億円で、10年前の2010年は、売上450億円、損失15億円です。売上を5倍にし、利益率9%の優良事業に躍進させています。柚木治さんがGUの社長になったのは2011年9月からで、座右の銘は「無知の知」で「だからみんなの声を聞く」のだと言います。
今はパナソニックに吸収合併されてしまたのですが、三洋電機の創業者の「井植 歳男さん」は、こんな含蓄のあるあることを言っています、それは「ライバルはお客のこころである」
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