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イラン“対米強硬派”大統領誕生で「イスラエルの先制核攻撃」が懸念される理由

先日おこなわれたイラン大統領選挙で、「対米強硬派」のイブラヒム・ライシ氏が当選しました。最近ではイスラエルとパレスチナの緊張が高まっている中東ですが、このイラン新大統領誕生は国際情勢にどのような影響を与えるのでしょうか? 今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、アメリカの盟友であるイスラエルとイランの問題だけでなく、周辺の中東諸国でも「核武装ドミノ」が起きる危険性を指摘。そのような状況が起きた場合、EUや弱体化が進むアメリカにも影響が及ぶと予測し、日本の「仲介」に期待が高まると予測しています。

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大統領選で「対米強硬派」当選のイランが国際情勢に与える影響

ロウハニ大統領の任期が8月に満了することを受けて6月18日に行われた大統領選挙で、対米強硬派でイスラム法学者、そして法議会議長(検事総長に相当)のイブラヒム・ライシ氏が当選しました。

穏健派の首領と見られていた外務大臣のザリフ氏が出馬できず、ほかの穏健派の出馬資格が認められなかったことで、出来レースともいわれた今回の大統領選挙。案の定、大統領選挙としては過去最低の49%という投票率になりました。

予想通り、法学者で法議会議長でもあるイブラヒム・ライシ氏が勝利しましたが、低い投票率にもかかわらず国際社会が彼に注目するのは、強硬派のイラン大統領が選出され、内政・外交面で大きな変化が起きる可能性があるからだけではなく、9月に大統領に正式に就任したのち、そう遠くないうちに、ハメネイ氏の後継の最高指導者になると目されているからでしょう。

そのライシ氏ですが、対米強硬派という看板を強調しつつ、ロウハニ現大統領の下で結ばれた核合意に対しては、否定的な立場を取っていません。

イラン政府内の友人たちに尋ねても、ライシ氏が核合意の締結について非難したことはないということです。

しかし、核合意の遵守は『まずアメリカ政府が対イラン制裁をすべて解除することが前提』とするという“絶対条件”を押し出し、イラン批判を繰り返すアメリカおよび欧州各国に対して一歩も退かない姿勢を打ち出しています。

最高指導者であるハメネイ師や、その前任であったホメイニ師のように『アメリカに死を』をスローガンに反米を強調するのではなく、あくまでも対話のドアは閉じないという姿勢は希望を抱かせる雰囲気を醸し出しますが、先行きは不透明です。

そんなライシ氏をアメリカ政府も警戒し、アメリカの制裁対象に含めていますが、バイデン政権はライシ氏が新大統領に選出されたことを受け、新政権との対話の機会を模索し始めました。

バイデン大統領就任後、イラン核合意への復帰の可能性に言及していますが、バイデン政権が課した条件は【イランが核合意で定められた諸条件を遵守すること】であり、それが確認できるまでは、制裁の解除はないとしています。

つまり、現時点では完全に議論は平行線で、アメリカとイランの間の関係改善は望めそうにありません。

しかし、アメリカ国内にある反イランの流れは変わらないものの、バイデン政権においては、トランプ政権時代と異なり、真っ向からの対立路線を選べなくなってきています。

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バイデン政権がイランとの対立路線を選べない3つの理由

その理由は【イスラエルとパレスチナの争いの再燃の陰にいるイラン】、【瀬戸際外交と一言では片づけられないほどにまで高まったイランの核兵器開発能力】、そして【(アメリカには直接的な影響はないとされているが)バイデン大統領がG7で約束した国際経済の回復への悪影響】の3つが考えられます。

一つ目の【イスラエルとパレスチナの争いの再燃の陰にいるイラン】ですが、微妙かつデリケートなバランスで保たれていた和平が、イスラエルおよびパレスチナの国内情勢ゆえに崩れたのは記憶に新しいかと思います。

エジプト(とアメリカ)の仲介により、イスラエルのネタニエフ前政権とハマスの間に停戦合意が結ばれましたが、その後も交戦状態は続いており、ちょうど最近、イスラエルの新政権もハマス(編集部註:イスラム主義を掲げるパレスチナの政党)の拠点への攻撃を加え、和平が崩れています。

ハマスは様子を見るために反撃を思いとどまったと言われていますが、その影にはイランからの介入があったようです。

ハマスがイスラエルへの攻撃を激化させた際、今回大統領に選出されたライシ氏は、公的にハマスの攻撃を賛美しましたし、イスラエルへの対抗のために、ハマスに直接的にも間接的にも支援をおこなったと言われています。

今回のイスラエル新政権からの、挨拶代わりの攻撃に対して、ハマスが反攻しなかったのは、以前の戦闘で受けた被害から立ち直っていないからとする説が出ていますが、実際には、イラン、特にライシ氏と革命防衛隊から反攻を思いとどまるように横やりが入ったからという情報も入ってきています。

その理由は、誕生したばかりで、かつ価値観が異なる多数の政党による連立という基盤の弱さが懸念されるイスラエル政権が、どのように意思決定をおこない、かつ軍事攻撃がmobilize(モビライズ)されるのかを試したかったからだそうです。

それは今後のハマスによるイスラエルとの対立での対応にも関わりますが、実際にはライシ政権誕生後のイランが、イスラエルとの武力衝突不可避となった場合のイスラエル側の即応能力を見極めようとしていると思われます。

イスラエルとの微妙な距離感があるとされるアメリカのバイデン政権ですが、イランおよびハマスのそのような反イスラエルの企てを黙認はできず、対イラン制裁の解除を含むアメリカとの対話というカードをちらつかせることで、イランに決定的な決断をさせたくないとの思惑が見え隠れしています。

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イラン「核兵器開発能力」向上の裏に、中国とロシアの影

二つ目の【イランの核兵器開発能力】に関する懸念ですが、経済制裁でイラン経済は窮地に陥っているはずなのに伸び続ける核兵器開発能力への多重の懸念の存在です。

ミサイル能力やAI兵器、ドローンによる攻撃能力の高さは、制裁下のイランによる対サウジアラビア攻撃で証明されていますが、ウラン濃縮能力もすでに核兵器レベルにまで上げることが出来る状態であることも明らかになってきています。

それを可能にしてきたのが、イランの高い科学力と、背後にいる中国とロシアからの支援だと言われています。以前にも触れましたが、中国との間では25年間にわたる戦略的なパートナシップが締結され、アメリカとその仲間たちが課す経済制裁による影響を軽減する方策が見つかっています。

さらに、ロシアとの協力関係は軍事面にも及んでおり、表向きは核合意の締約国としてイランの核開発への懸念は表明しつつ、地政学的な観点から、中東地域におけるロシアの影響力拡大のために、イランとの強い絆が結ばれています。その手段こそが核開発を含む協力と言われています。

以前より、サウジアラビア王国をはじめ、反イランのスンニ派諸国は、【イランが核開発をやめないのであれば、我々も核兵器の開発と配備に乗り出す】と公言していますが、そうなると確実に中東地域は核武装ドミノに陥ります。

それは、アメリカにとっては由々しき問題と言えます。

盟友であるイスラエルが直接的に核武装したアラブ諸国に囲まれ、同時にこれまで以上にイランからの核攻撃の脅威に曝されることになり、一気にイスラエル国内での緊張が高まり、浮かんでは消えてきたイランに対する先制核攻撃の可能性が高まるという危険性をはらんでいます。

イスラエル防衛の観点というポイントもありますが、中東地域が核ドミノ状態になれば、抑止力が働きづらくなり、一気に核兵器による攻撃を含む武力衝突が広がることになりかねず、それはアメリカにももう対応できない状態に陥ることを意味します。

そのような状況になると、確実にロシアや中国が介入してきますし、地域の大国でもあるトルコ(注:NATO第2位の軍事的なプレゼンスでかつアメリカの核を国内に配備している)も不思議な動きを見せることになるでしょう。エルドアン大統領が元気なうちは。

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中東で「核戦争勃発」なら苦しむこと必至な“元世界の警察官”アメリカ

そのようなことになると、NATOの同盟国である欧州各国にとっては、目と鼻の先で核戦争の危険性が高まることになるため、こちらも自国の安全保障上、決して黙ってはいられなくなり、何らかの対応を迫られ、それはまた国内・域内での政治的な緊張レベルを一気に高める結果につながるという、EUの統合にとっては破滅的な状況に陥ることを意味します。

G7サミット、NATO首脳会議、米EU首脳会談などの場で、America is Backと宣言して国際協調への復帰を強調したバイデン大統領のアメリカにとっては、イスラエルや中東各国に加えて、欧州各国の同盟国も守らなくてはならないという状況になります。

それはつまり、オバマ政権下で一度“捨てた”はずの【世界の警察官】の立場にアメリカを引き戻すことにつながり、それは、確実に弱る一方のアメリカを苦しめることになります。

押すのも難しいが、退くのもまた困難というジレンマにアメリカを追い込むことにつながるでしょう。

ゆえに中東地域における核武装ドミノを何としても事前に防ぐことが、バイデン政権にとっては必須になります。

そのためには、イランのライシ新政権との緊張関係を可能な限り緩和し、イランの核開発の加速とアップグレードを何とか思いとどまらせることが、外交・安全保障的な重要戦略となるはずです。

大義名分や原理原則を重んじるイメージがあるバイデン政権の姿勢から見ると、イランとの駆け引きは、必ずしも原理原則にこだわっていられないというジレンマを経験させられることになります。

この点については、国務省の幹部曰く、非常に苦慮しているとのことです。

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イラン“対米強硬派”誕生が、国際経済の回復基調に浴びせる「冷や水」

三つめは、おそらくアメリカにとってはもう直接的な影響はないかもしれませんが、【イランで強硬政権が出来ることで、ホルムズ海峡の緊張が高まると予想され、原油価格が1バレル当たり100ドルを超える予想】が出ていることによる世界経済の停滞です。

言い換えると、アフターコロナの国際経済の回復基調に一気に冷や水を浴びせる悲劇を招きかねない状況です。

このメルマガを執筆している現在の価格は1バレルあたり74ドルほどですが、イランの強行は政権の誕生によりアメリカや欧州との緊張が高まり、経済制裁と原油の輸出制限が強化される恐れから、先物価格の予想(コールオプション)は100ドルくらいが有力になってきています。

コロナ渦がある程度落ち着いてきたとされる状況分析から、中国のみならず、多くの国の経済活動が再点火して活発化してきていることで、原油への需要が今後、一気に増えるとされています。

巷では脱炭素経済がブームになっていますが、その実現は中長期的な視点になっている内容であり、目下の短期的な経済成長や活動においてはまだ主流とはなり得ません。つまりまだ原油および石油製品が主な動力源となります。

そのような中、一大産油国であるイラン製の原油の輸出が制限されることは、世界で再び高まるニーズにこたえることが出来ず、それが、バイデン大統領、そしてG7首脳が強調するBBB (Build Back Better)というコロナ禍からの復活に水を差すことになりかねません。

アメリカ合衆国は、シェールオイルとシェールガスの埋蔵量と掘削能力のおかげで、直接的な影響は受けないと言えますが、アメリカの経済的な復活を助ける同盟国経済は、まだまだ化石燃料の確保が至上命題であり、原油価格の著しい上昇と供給量の著しい現象は、同盟国経済の回復基調を遅らせ、それが間接的にアメリカ経済の回復に悪影響を及ぼすという、悪循環を呼びかねません。

ゆえに、これまで制裁対象に指定していたライシ氏がイランの新リーダーとなることで、緊張が高まり、原油価格の上昇を受けて、国際経済の回復基調に水を差さないように、アメリカ政府の主張と立場は守りつつ、何とか対イランの緊張関係が行き過ぎないように、非常に困難なかじ取りを考えなくてはなりません。

制裁によってイラン経済は落ち込み、イランの国民は苦しんでいることは確かですが、イランへの過剰な圧力は、翻って制裁を科している国々の経済に痛手を負わせ、その悪影響がアメリカ経済にも及ぶ危険性が、今までになく顕著になりつつあります。

このような状況下で、どのような秘策が考えられるでしょうか?

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日本政府と日本企業に「仲介」を期待したい理由

私は個人的にイランと特別な関係を築いている日本政府と企業に期待しています。

ホルムズ海峡問題は、緊張が高まれば日本経済に多大な被害を与えることになりますが、イラン政府も革命防衛隊も、日本に対してはネガティブな感情を抱いていないのが現実です。

安倍前総理がイラン訪問した際、『来たところで何もできない』という否定的な論調も多かったのは事実ですが、同時に『このような状況下でよく来てくれた』という声も根強く、ハメネイ師もライシ氏も高く評価していると聞きます。

またこの訪問に際し、トランプ前大統領からも訪問を依頼されたというエピソードもあります。

もしバイデン大統領が対イランで袋小路に陥り、対応に困った場合、ライシ氏が大統領に就任してすぐに、菅総理がイラン訪問をして緊張緩和の必要性に言及することが出来れば、事態のエスカレーションを防ぐための種まきができるのではないかと考えています。

アメリカが唱える対イラン制裁からも距離を保っている日本ですから、日本企業による協力拡大もやり易いかもしれませんし

(トランプ前大統領のように、バイデン氏があからさまな圧力をかけないなら)、核開発に対しては、IAEAによる査察を後押ししつつ、核の平和利用という観点から政策的・技術的な協力を深化させることも可能だと考えます。

もし私の見立て通りなら、中東の地域大国(イラン、イスラエル、サウジアラビアなど)の対立が深刻化していくような事態になった場合、日本が仲介者の役割を担えるのではないでしょうか。

ライシ氏の大統領就任によって国際社会からの孤立が深まり、より先鋭化する可能性を秘めたイラン。

そのイランとの対話を模索しつつも、国内の反イランの空気は無視できず、かつ親イスラエルのアメリカのユダヤ人勢力にも配慮しなくてはならないバイデン大統領とも“よい”関係を築いている日本の菅総理。

私には日本の望ましい立ち位置が見える気がするのですが、皆さんにはどうでしょうか?

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image by: Farzad Frames / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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