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あきらかに人災。熱海土石流事故を天災にしたがる静岡県知事の無責任

7月3日に大規模な土石流が発生し、今も行方不明者の捜索が続けられている静岡県熱海市伊豆山地区。多くの方の生活を一変させたこの事故は、天災ではなく人災であることに間違いはないようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では「Windows95を設計した日本人」として知られる米シアトル在住の世界的エンジニア・中島聡さんが、現在判明している事実を総合しこの土石流事故の全貌解明を試みるとともに、日本中に数多ある同様の土地でのこのような事故を防ぐためには政府が積極的に動く必要があり、今がそのタイミングだと記しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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熱海市の盛り土についての調査報告

熱海市で起こった土石流ですが、伊豆山を少し登った所にある「盛り土」が崩落した結果、起こったことが分かりました。「盛り土」とは、そのままでは住宅地や道路の建設に適さない山や丘の斜面に、土を盛って人工的に平な部分を作ることです。

今回の崩落は、その盛り土を起点としています。「手抜き工事」や「違法投棄」などが行われていたかどうかの詳しい調査はこれからですが、人間が人工的に作ったものが崩落した結果、大規模な土砂災害を起こしたのですから、手抜き工事や違法投棄があったかどうかは別として、「人災」と呼ぶべきです。

崩落した場所は、Google Mapで調べるとすぐに出てきます(Googleの人たちはとても良い仕事をしてくれています)。

(編註:7月13日現在、地図上に土砂災害発生表記は確認できません)

マップを拡大すると、崩落した場所に「産業廃棄物集積所」と書かれています。

(編註:7月13日現在、当該地クリックで「伊豆山ソーラー緑地」と表記されます)

左下に見えている空き地には今では太陽光パネルが敷き詰められていますが、そこは尾根で、崩落した場所は、その尾根に沿った谷の一番上の部分です。

Youtube に「熱海駅から現場まで」というタイトルで、現場の様子(2010年時点)が良く分かる貴重な映像が公開されているので、参考にしてください。崩落現場と隣の尾根の部分(今では太陽光パネルが敷き詰められている場所)の土地を紹介するために、不動産屋さんが顧客向けに投稿したビデオのようです。

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盛り土した場所が、大雨や地震で崩落する事故は過去に何度も起きているため、日本では「傾斜地に盛土した造成宅地で、盛土をする前の地盤の傾斜が20度以上、かつ盛土の高さが5m以上のもの」は「大規模盛土造成地」として自治体に報告することが義務付けられています。

大規模盛土造成地マップ(熱海市)

各自治体は、この情報を元に「大規模盛土造成地マップ」というものを公開しており、誰でも参照が可能です(国土交通省の「大規模盛土造成地マップの公表状況等について」参照)。

熱海市も「大規模盛土造成地マップ(熱海市)」を公開しており、上の地図に相当する部分が下の画像です。

不思議なことに、このマップには、崩落した場所が「大規模盛土造成地」としては掲載されていません(画像上部の「七尾」と書かれた部分の左上です)。定義として「傾斜地に盛土した造成宅地で、…」とあるので、「宅地」ではなければ登録不要ということのようです。

報道によると、この場所は元々、小田原の「新幹線ビルディング」という会社が残土処分のために入手し、盛り土をした場所ですが、盛り土をする際に土砂だけでなく、産業廃棄物を使ったことから市に注意された経緯のある、曰く付きの場所だそうです。

その後、この土地は一度熱海市によって差し押さえられ(差し押さえられた経緯は不明)、その後、個人に転売された記録が登記簿にあるそうです。

その人は、盛り土がされた部分には手をつけず、尾根の部分にのみ太陽光パネルを設置した、と弁護士を通して主張ています(「『盛り土、知らなかった』=土石流発生起点の所有者側」)。

そのため、盛り土をした「新幹線ビルディング」が適切な盛り土をしたかどうかが今後の争点になりそうです。「盛り土 厚さ15メートルの計画、実際は50メートル 熱海土石流」という記事によると、かなり出鱈目な工事をしていたようです。

以上の経緯を考えれば、今回の災害は「本来は宅地として安全に盛り土をすべき場所を、産業廃棄物の廃棄場にしてしまったため起こった人災」という話になってしまいそうですが、それで決着してしまって良いとは私には思えません。

日本中に「盛り土」で造成された土地がたくさんあり、かつ、平野が少なく、山の近くの扇状地に民家がたくさんあるという日本特有の事情もあるので、政府が積極的に動いて、この手の事故を未然に防ぐ具体的な政策を打ち出すべきタイミングだと思います。

土石流起点の盛り土、規制対象外の残土処分で届け出…全国で崩落事故相次ぐ」という記事によると、建設残土を盛り土として使った結果、それが崩落事故を起こすケースが多発しているそうです。残土処理の問題は、中央リニアのトンネル工事でも発生しており、残土が河川の汚染や崩落事故に繋がる可能性も心配されています(「リニア沿線 残土処理の問題 静岡県議が岐阜を視察」)。

特に今回のケースのように、山の谷間を埋める形の盛り土は、雨水の通り道を塞ぐことになるため、雨水が溜まりやすく、どうしても崩落の危険が伴うのです。日本では、その上に宅地を作る場合にのみ、厳しい規則がありますが、単なる残土や産業廃棄物の廃棄場として埋め立てられる場合には、規則がとても甘いため、こんな事故を起こしてしまうのです。

そう考えれば、今回の事故を受けて「下に住宅地があるような谷には(どんな工法であろうと)盛り土はしてはいけない」などの厳しい法律を新たに作るべきだと私は思いますが、そんな発言をする政治家が一人もいないのが、とても残念です。

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この災害に関しては、現場を視察した川勝平太知事が「天変地異の天災の新しい形」と発言して批判を浴びているのに対し(「川勝知事『天変地異の天災の新しい形』に怒りと失笑の声」)、難波喬司副知事は、個人的見解としながらも「工法が不適切」との認識を示したのがとても対照的です(「被害拡大に影響したと指摘される盛り土『工法が不適切だった』との見解」)。

難波副知事は、土木工学で修士号を持つこの分野の専門家であるため、政治家というよりは技術者として盛り土の問題を指摘したようですが、川勝知事は政治家として、あまり問題を大きくしないように、「天災」だったことにしたいように見えます。

この件が政治的に複雑なのは、盛り土に(産業廃棄物などの)問題があることを知っていた熱海市が、「差し押さえ」という形ではあるものの一度は土地の所有者になっており、それを今の所有者に転売している点です。この辺りの経緯がもっと明らかになれば、熱海市や静岡県が適切な処置を行わなかったから起こった人災であるという声も上がってくると思います。

ちなみに、私が暮らすワシントン州には、斜面の近くに家を立てる場合には、土砂が落ちてきても家に被害が及ばないようにコンクリートの壁(retention wall)を設置することが義務付けられています。私が持っている土地は、途中に斜面があるため、斜面の下側の平な土地に建物を建てる見積もりを取ったところ、retention wallの設置コストが建物よりも高いことが分かり、計画の見直しを強いられました。

今回のケースでは、崩落した場所から500メートル下に、高さ10メートル、長さ43メートルの「砂防えん堤」というもの(retention wallと同等のもの)が設置してありましたが、土石流はそれを軽々と乗り越えて、下流に猛烈な勢いで流れてしまったそうです(「想定超えた土砂 “盛り土”との関係『検証必要』 熱海の土石流」)。

今回の災害は、天災ではなく人災であり、かつ、決して例外的なものではなく、日本中に多数ある「山の中の盛り土」と「山の麓の住宅地」が組み合わさった場所では、どこででも起こりうる「十分に想定可能な災害」であり、政府が積極的に動いて法律を改正し、対処して行く必要があると思います。

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