米国と密約あり。中国が「台湾独立宣言」でもない限り武力侵攻せぬ訳

 

海兵隊「遠征前方基地作戦」の虚妄

こういう状況で、海軍の傘下にある海兵隊がその存続を賭けて主張しているのは、新たに開発される「軽揚陸艦(Light Amphibious Warship=LAW)」(「朝日新聞7/8記事とその挿入図」)に少人数の部隊を乗せて南西諸島などの島嶼を占拠して中国のA2/ADに穴を空ける「遠征前方基地作戦(Expenditionary Advanced Base Operation=EABO)」構想である。

そもそも海兵隊は、海軍との連携で「敵前上陸作戦」を決行する命知らずの荒くれ部隊であるけれども、第2次世界大戦での沖縄戦やノルマンディー上陸作戦、そして朝鮮戦争での仁川上陸作戦を最後にそのような戦闘形態がなくなってしまい、存在意義そのものが問われるようになっていた。それでその後は、陸軍に対する「二軍」の地上部隊という位置付けで、ベトナムやアフガンや中東の戦争に携わってはきたけれども、依然として「海兵隊って何なの?」という問いには答えられていない。その頃、在沖海兵隊が台湾有事に何が出来るの?と問うと「台北の米人家族救出くらいでしょう」と言っていたのは、正直なところだったろう。

その後、にわかに湧き上がってきたのが中国脅威論なかんずく台湾有事切迫説で、そこで海兵隊が思いついたのが、EABOである。結論を先に言うと、こんなアホな作戦構想は成り立つ訳がない。

米議会調査局の6月29日付レポート「海軍軽揚陸艦(LAW)計画の背景と問題点」によると、EABOは西太平洋での中国との紛争シナリオに備えた構想で、小隊〔通常30~50名規模〕を増強した規模〔75名くらいか〕の部隊を軽揚陸艦に乗せて島から島へと移動しつつ、中国艦艇に対する地対艦巡航ミサイル攻撃をはじめ、警戒・監視・偵察、情報環境確保、隠蔽・掩蔽・防護、防空・ミサイル防衛、打撃作戦、対潜水艦戦、持久作戦、前方での弾薬・燃料補給ポイント確保……など多彩な作戦を行うとされている。

中国のA2/AD下で米海空軍の主力が「第1列島線」の内側の東・南シナ海に入って行動することが難しくなっている状況を想定、海兵隊の決死の海洋ゲリラ作戦でこれをこじ開けるというのである。

自衛隊は大歓迎で「共に戦う」構え

かなり空想的なこの新作戦を2023年から本格的に展開するため、海軍は22年度予算で1,320万ドルの研究開発費を要求して、上記の米議会調査局のレポートはその審理のためのものだが、そこには本当にこんな作戦が可能なのか、有効性を持つのか、よく吟味すべきだという議員たちへの勧告も付されている。

この海兵隊の動向に大喜びしているのが日本自衛隊で、月刊「文藝春秋」8月号の「総力特集/中国共産党の『野望と病理』」の中で作家の麻生幾が「迫る台湾侵攻、『日米極秘訓練』の全貌」と題してこの構想を紹介し、すでに米海兵隊と陸自の水陸機動団などが3年前から南西諸島を舞台とした合同演習を行なってきたことなどを述べている。また、「軍事研究」8月号では、吉富望=日本大学危機管理学部教授(元陸将補)が「米海兵隊『遠征前方基地作戦』構想/狙いは中国A2AD打破/自衛隊の協力で戦力不足を解消」と、すっかり米軍と共に中国軍と戦うつもりになった大論文が載っている。

吉富は「南西地域は、中国軍の台湾侵攻の抑止・対処における〔日米の〕戦略要域であり、中国が台湾侵攻に踏み切れば、戦いの場になることは避けられない」と言い、その場合、米海兵隊がEABOを行う「島嶼に対する中国軍の攻撃が予期されるため、当該島嶼における住民の保護は不可欠」であるため「地方自治体の主導で住民の保護のための計画を作成し、住民、警察、自衛隊及び米軍を交えた訓練を行なって万一の事態に備える必要がある」と提言している。

はっきり言ってタワゴトである。戦端が切られた瞬間に中国のミサイルが雨霰と降るに決まっているから、避難訓練など何の役にも立たないし、そもそも、上述のように、米軍が自衛隊と一緒になってEABOを行おうとその島に上がってくるからミサイルで撃たれるのであって、そうでなければ少なくともいきなりミサイルを撃ち込まれることはない。何より肝心なのは、台湾有事の際にいかに中国軍と戦うかより以前に、どうしたら台湾海峡を巡る伝統的なセンシティビティーズを維持して有事を起こさないようにするためにどのような外交努力をすべきなのかを考えることである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2021年7月12日号より一部抜粋・文中敬称略)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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