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アフガン首都は陥落寸前。それでも米国がタリバン勢力を殲滅せぬ無責任

アフガニスタンで息を吹き返したタリバンの攻勢により首都カブール陥落の恐れが高まったとして、米軍部隊3,000人の増派を発表した米国防総省。しかしこの措置はあくまで一時的なもので、8月末のアフガンからの米軍完全撤退に変更はないとも明言しています。このアメリカのアフガン政策に対して批判的な感情を隠さないのは、元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。島田さんは自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、アメリカに対して憤りにも似た疑問を感じる理由を明確にするとともに、中国やロシア、さらにアフガン周辺諸国それぞれの思惑を分析。その上で、蚊帳の外に置かれていると言っても過言ではないアフガニスタンの市井の人々についての思いを綴っています。

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帰ってきたタリバン支配-米軍なきアフガニスタンが歩むいばらの道

今月に入ってタリバン勢力による政府軍への攻勢が止まりません。すでに北部タハール州のタロカン、サマンガン州のアイバラ、北部バルフ州のマザリシャリフ、クンドゥズ(交易と交通の要所)、北部ジョズジャン州の州都シェベルガン、南西部ニムルズ州の周到ザランジなど主要都市を制圧し、首都カブールも陥落寸前と聞きます。

多くの州都では、政府軍の兵士たちがタリバンからの攻勢に会い、次々とタリバン側に寝返っているという情報もあり、日に日にタリバンが国内の勢力圏を拡大している様子がうかがえます。

この状況に直面し、すでに8月末での全面撤退の方針を決めている米軍は、タリバンの拠点を空爆していますが、その規模と方法は非常に限定的であると言えます。おそらくアメリカは撤退に係る国際社会からの批判逃れで空爆をしているという見方が有力で、支持を約束したガニ大統領率いるアフガニスタン政府からの批判も交わしたいようです。

しかし、一方では「アメリカに対するテロに今後一切加担しない」ことを条件にタリバン勢力への全面的な攻撃は行わず、実際にはアメリカ政府はタリバンによる支配の復活を容認する姿勢ではないかとも思われます。その証拠にタリバンの幹部が滞在している中東カタールに米政府のアフガニスタン問題特使であるハルリサド氏が赴き協議を行っているようです。その詳しい協議内容はまだ漏れてきませんが、アメリカ軍撤退後のアフガニスタン統治に向けて何らかのアレンジメントがなされていると思われます。

それはまた8月10日の国防総省報道官の発言からも読み取れます。「アフガニスタン政府とは密接に協力するが、アフガニスタン政府軍も空軍戦力を保持ししている。ゆえに自国の未来と安全を切り開く責任も能力も、アフガニスタン政府は持っており、それはもうアメリカの責任ではない」との内容です。

メッセージを読み解くと、「8月末までの全面撤退の方針に変更なし」ということであり、もっと踏み込むと、「アメリカ政府(バイデン政権)はすでにガニ大統領率いるアフガニスタン政府を見限った」というようにも理解できます。

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そのような動きを感知しているのか、もしくはすでにアメリカ政府からのお墨付きを得ているのか、タリバン勢力は一気にアフガニスタンの主要都市を守る政府軍に対して攻勢をかけ、北部地域のコントロールを手中に収めました。

そうすることにより、タリバンは隣国タジキスタンなどとの交易ルートを握り、麻薬を含む収入源を確保すると同時に、交易の要所を掌握したことで、周辺国からカブールへの物流もコントロールできるポジションに就いたとも言えます。

同時に、北部同盟をはじめとする反タリバンの民兵組織を一掃し、支配を完全なものにするという狙いも叶えやすくなることも意味します。

しかし、獰猛で有名な北部同盟のドスタム将軍が亡命先のトルコから帰国したとの情報もあり、今後、北部同盟のコントロールを握るものと思われ、彼と北部同盟が、今後、ガニ大統領率いる政府と組んでタリバンに対することになるのか、または、タリバンと組んで現政府にとどめを刺すことに加担するのかによって、今後のアフガニスタンにおける情勢は大きく変化します。要注目です。

以前にもお話ししましたが、アフガニスタンの周辺国は挙って、アフガニスタンの混乱を抑えるべく、中央アジア・南アジアにわたる協力体制を構築し、その中心に位置するアフガニスタンに支援の手を差し伸べようとしています。そこに同じく隣国の中国、かつてアフガニスタンと激しく戦ったロシアも加わり、「アメリカ撤退後の一大勢力圏」を形成しようとする動きがあります。

このアフガニスタン支援体制のベースにある共通した考えは、「アフガニスタン情勢の混乱と治安の悪化が自国に悪影響を及ぼすことを防ぐ」という目標ですが、タリバン勢力が優勢になってきており、加えてアメリカが介入してこない状況を見て、これらの国々の姿勢に何か変化があるでしょうか?

様々な情報を包括的に見てみると、【アフガニスタン情勢の混乱と治安の悪化は望ましくない】【アフガニスタンに安定をもたらすことができるのであれば、その統治主体は誰でもいい】【自国に悪影響を及ぼさない限りは、安定したアフガニスタンを応援する】という共通した姿勢が垣間見えます。

その一つの動きとして、中国とロシアについては、タリバンとも連絡を取り、連携の姿勢を取ることも外交的なオプションとして容認しているということがあります。自国(中国とロシア)に対して悪影響を及ぼさないという絶対条件をのむことが出来るのなら、タリバン勢力の施政者としての復活は構わないという姿勢です。

中国にとって悪夢のシナリオは、アフガニスタン国内の情勢の混乱と治安の悪化により、タジキスタンやトルクメニスタンにいるとされるETIM(東トルキスタン・イスラム運動)がアフガニスタンに入り込み、アルカイダやISの残党と結託し、アフガン経由で新疆ウイグル自治区に侵入して、新疆ウイグル自治区の情勢を一層ややこしくする可能性です。

もしタリバン勢力がETIMのアフガンでの躍進を妨害し、新疆ウイグル自治区への侵入を防いでくれるのであれば、タリバンの復活を後押しすることに同意するというディールが出来ているような気がします。すでに外交的なサポートも目立たない形で寄せられているようですし、ロシアと組んでタリバンへの武器供与も行われているとの情報もあります。

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ロシアについては、アフガニスタンが位置する中央アジアは地政学的に自国の勢力圏であるという意識が強く、プーチン大統領の下で再興を期する大ロシア帝国にとってとても大事な地域との位置づけがなされており、アフガニスタンはその核になる国との認識だと聞きました。アメリカが確実にアフガニスタンから撤退することが分かった今、ロシアは自らの勢力圏にアフガニスタンを含む“スタン系の国々”を組み込むという構想を本格化する見込みです。

ゆえに、すでに触れたとおり、タリバン勢力が勢いを増す中、中国と組んでタリバンに肩入れし、その支配地域拡大を容認しているようです。もちろん、絶対条件として【ロシアに刃を向けるな】というものを課していますが。

では、スタン系の皆さんはどうでしょうか。いまでも独裁政権が多い中、その後ろ盾になっているのはロシアですが、ここ数年、中国勢の進出も目まぐるしく、ロシアと中国の微妙なテンションを感じつつも、これまで以上に国家資本主義陣営の中核メンバー入りに傾いているようです。スタン系の国々の中にもアメリカや欧州諸国への傾倒を示す動きがありましたが、先月開催されたアフガニスタン支援のための中央アジア・南アジア会議(@ウズベキスタン)や中ロが主催する上海会議などの結束の再強化を受け、中ロ側の仲間に戻り、その結束を強めています。

これらの会議に参加し、アフガニスタンの未来を語ったのは現政権のガニ大統領ですが、スタン系の国々にとっても、実際にはアフガニスタンの統治者は誰でもよく、大事なことはアフガニスタンの情勢の安定と治安維持によって、麻薬の自国への流入と過激派組織の自国への流入を食い止めることという共通の目的が存在します。

中ロと同じく、アフガニスタンでのタリバン勢力の復興の様子を見て、表立っては支持の声を出しませんが、タリバンの侵攻を容認する選択をしているように見受けられます。それは同時に、アフガニスタンの混乱がもたらす難民の流入を食い止めるという目的にもかなうとの理解です。

アフガニスタン難民問題については、私は、タリバン支配が戻ったら、かつての悪夢を思い出したアフガニスタン人が難民として周辺国に押し寄せるのではないかと懸念していますし、その懸念は周辺国にもシェアされているように感じますが、今はアメリカがいなくなったアフガニスタンの安定を確保し、そのうえで一大勢力圏を形成することに重点が置かれているように感じられます。そのうえで一つの共同体となった中央アジアと南アジアが、“難民”をグループとして受け入れできるかどうかが焦点となるでしょう。

もしすでに中ロとスタン系がタリバン支配を容認していて、一大勢力圏を形成することをにらんでいるなら、アフガニスタンと中央アジアは、中ロに代表されるレッドチーム(国家資本主義経済圏および共産・社会主義圏)になるということを意味します。

その可能性を理解したうえで、アメリカのバイデン政権は今月末の全面撤退を実行するのでしょうか?そして、タリバンにお墨付きを暗に与えることにするのでしょうか?それも「アメリカにちょっかいをかけるな」というアメリカファーストな思惑で。

もしそうだとしたら、個人的には、バイデン大統領が選挙戦でさんざん批判したトランプ政権のAmerica Firstと変わらないどころか、より露骨な自国中心主義外交に思えるのですが、どうでしょうか。

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国際情勢の裏側で起こっている“ゲーム”は、今回のアフガニスタンの問題については、こんな感じかと思いますが、皆さんお気づきのように、この問題でも、他の国際問題と変わらず、とても重要なステークホルダーが蚊帳の外に置かれています。

それは【アフガニスタンの人々】です。

10年前にアメリカと多国籍軍による空爆でタリバン支配が終わり、“自由”を取り戻したアフガニスタンの人々。

それからずっと国内の紛争に悩まされながらも、米軍の圧倒的なプレゼンスと、日本を中心とした国際支援の存在により、少しずつ安定化のプロセスを歩むはずだったアフガニスタン。

タリバンによって取り上げられた女性の教育の機会と社会進出の機会が取り戻され、女性たちが学び、意見を述べ、プロフェッショナルとしての道を歩む権利を取り戻した10年がありました。

しかし、10年間で出来上がってきたはずの“アメリカ製の民主主義政権”は、国内の諸勢力との共存よりも、不安定要素の排除に舵を切り、それが国内に残り火のように存在し続けた勢力の闘争心と自己保身の願いに火をつけることとなりました。

その際、ガニ政権に立ちはだかる最大の勢力が、かつての支配勢力であったタリバンです。そのタリバンが今、再びアフガニスタンの混乱の中、支配勢力の座に返り咲こうとしています。

アフガニスタンの和平にも初期に関わり、その後も様々な形での支援に関与してきました身として抱く素朴な疑問は【この10年で何が変わったのか?それとも変わらなかったのか?】という問いです。そして、【アメリカはまた他国を滅茶苦茶にするだけして、放り投げるのか?】という憤りにも似た疑問です。

米軍の撤退期限まであと3週間ほどありますが、米軍が方針通りにアフガニスタンの地を去るとき、彼らの背後に残るアフガニスタンとその国民が直面する現実・未来はどのようなものでしょうか?

また国際社会と大国、周辺国の地政学的な思惑に翻弄される悲劇的な例になるのではないかと恐れつつ、私の予想と懸念が的外れで、アメリカによる占領が終わった後の2021年9月以降のアフガニスタンが、アフガニスタンの人々に真の安定と安心をもたらすようになってほしいとの強い思いを持っています。

いろいろと予測が難しい事態ではありますが、皆さんはどうお考えになりますか?

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image by: Tristan Ruark / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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