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タリバンは本当に“悪”なのか?大国の意志に翻弄されたアフガンの真実

米軍の完全撤退を間近に控え、大混乱が続くアフガニスタン。17日に行われた記者会見では融和的な姿勢を強調したタリバンでしたが、彼らの統治に反対するデモ隊に兵士が発砲するなど、予断を許さない情勢となっています。かつて「文明の十字路」と呼ばれたアフガンはこの先、どのような進路を辿ることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では、かつてアフガンの戦後復興に携わった経験を持つ元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、アメリカおよび関係諸国、そしてタリバンの思惑を解説。その上で、アフガンの今後を担うべき勢力についての考察を試みています。

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帰ってきたタリバン支配-大国の草刈り場と化すアフガニスタン

【失われた20年】。かつては日本のバブル崩壊後の経済の落ち込みを示す表現として使われ、その後も、年数は変わりますが、世界経済のスランプを示す表現として使われてきました。

この表現は、今、カブール陥落に象徴される【アフガニスタンの民主化努力の終わり】を示すのではないかと考えます。

その引き金を引き、Point of No Returnを一気に超えさせたのは「8月31日までにアメリカ軍を完全撤退させる」というバイデン政権の決定でしょう。

アフガニスタンからの米軍撤退は、トランプ政権下で宣言されたものですが、その実行は、国際協調への復帰とアメリカの国際情勢へのコミットメントの強化を謳うバイデン政権によって実施されました。

20年・4政権にわたったアメリカのアフガニスタンへのコミットメントは、その間に明確な目的を失い、アメリカ政府内の多くの人たちの表現を借りれば、「まるで惰性のように続いており、アメリカはアフガニスタンの地で泥沼にはまった」と思われます。

もともとの目的は何だったのでしょうか?「アメリカに同時多発テロという形で弓を引いたタリバンとアルカイダを駆逐すること」「世界の自由民主主義への挑戦を挫くための世界的な対テロ戦争の始まり」「すでに“唯一の”超大国になったアメリカの国際的責任のシンボルと、実力の誇示」「民主派勢力によるアフガニスタンの国造りと、その実行を支える治安維持活動の実施」「アメリカとその仲間たちによる中央アジアにおける覇権獲得と勢力拡大、および紅い波との闘い」「麻薬との闘い」「女性の社会進出促進のモデルケースを示し、(ブッシュ政権の表現を借りれば)女性たちを不当な抑圧から解放する」…。

この20年の間に様々な目的が乱立し、それにつれてステークホルダーも増え、民主的に選ばれたはずの政府では権力争いと汚職が蔓延り、いったい何をしているのかわからない状態に陥っていたと、Transparency InternationalといったNGOや、国際的な援助と支援が注がれるアフガニスタンの“甘い汁”に群がった各国際機関などの関係者が話してくれました。

個人的には、そのあとにまたアメリカの餌食になったイラクを思い起こしますが、民主主義だとか、自由主義だとかいうイデオロギーでは国家は造れず、かつ国民を食べさせ、安心した社会を築くことはできないことが露呈したのではないかと思います。

両国に共通する悲劇は、【欧米諸国の国内政争の具と支持率回復の材料として、“自由を守る”・“人々を守る”とのスローガンの下、圧倒的な軍事力によって、国の基盤から破壊された】【利権を狙う各国が挙って押し寄せ、人々のためではなく、自らの利益拡大のためだけに動き、本来、アフガニスタン(イラク)の人々の下に届けられるはずの支援を懐に収めて、肥えた】【タリバン(サダムフセイン)を追い出した後は、力の空白が生まれ、国内で群雄割拠の状況が生み出され、誰の手にも負えないほど、治安は悪化し、経済状況は改善の兆しを見せない悪循環に陥った】そして、【土足で入り込んできて、散々国内を滅茶苦茶にした挙句、“手に負えない”と言い捨てて国を一気に去り、混乱だけを残していった】

ざっと思いつくだけでもこれだけの悲劇を挙げることができます。批判をしているように映るかともいますが、どちらのケースにもかかわることになった身としては、他人事ではなく、非常に悲しく、無力感を感じています。

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「もともと我々はアフガニスタンの国づくりをしようとしていたのではない」「アメリカとその同盟国は、十分にその役割を果たした」「アメリカとその同盟国に対するテロの脅威がなくなった今、アフガニスタンの地に軍を駐留させる必要性はない」と述べて、8月末までの撤退を発表し、その計画は不変だと言い放ったバイデン大統領。

そして、カブール陥落を受けて「軍隊を持っているにもかかわらず、自国を守ろうとする意思がない軍事組織に、アメリカがコミットすることはあり得ない」と、まさに責任逃れとも言える発言まで繰り出しました。

先週号でも触れましたが、思いの外、迅速に徹底的に全土掌握に向けて攻勢をかけたタリバンの勢いが止まらず、おそらく近々、アフガニスタン政府にとどめを刺すだろうと感じたのか、アメリカ政府は【かつてのタリバンではない】【アメリカに対してのテロ攻撃に加担しないとの言質を得た】と、カタールに赴いてタリバンの幹部との会談を行いました。

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推測にすぎないと断っておきますが、その場で、タリバンによるアフガニスタン支配と統治をアメリカは“容認”したと思われます。一応、政府を支援してきた体裁を保つために“限定的な空爆や攻撃を加える“という内容まで、タリバンサイドと合意していたのではないかと思われる情報が洩れてきています。

そのせいでしょうか。今になってバイデン政権は、国際的な批判に直面していることを危惧し、「アメリカ人をアフガニスタンから脱出させる必要がある」と言及したうえで、8月31日の撤退期限の延長の可能性に触れだしました。

これはただの茶番なのか。それとも同盟国などからの批判を受けて、最後の責任を果たそうとしているのでしょうか?とはいえ、同盟国の国民の保護まではコミットしてくれないようですが。

あくまでも国際社会でのsaving faceの言い訳であることに気づいているのか。それともそれでさえも事前に同意済みなのかは知りませんが、タリバン勢力は一気にアフガニスタンの権力を手中に収め、カブール陥落時に、国際社会に向けて発した数々のリップサービスともいえる約束を、すでに反故にしてきています。

「タリバンが統治する新国家には民主制などという概念は存在せず、厳格なイスラム法による統治をおこなう」
「アフガニスタンには民主主義の土台が存在しない」
「女性の教育の権利や就業の権利を奪うことはないが、それはあくまでも、イスラム法の考え方に基づく形式を重んじるならば、という条件付き」
「国名はイスラム首長国とし、各地域の盟主と宗教指導者による統治形式をとる」

様々な発言がこの数日、タリバン幹部により公表されており、次第に国家デザインが示されていますが、20年前までのタリバンによる統治(1996年から2001年)から何が変わったのだろうか?と疑問を抱く状況です。

それはカブールにいる人たちも同じようで、タリバンによる融和案には懐疑的で、先の見えない不安に晒されています。

とはいえ、“通常”の生活が再開されたアフガニスタンでは、懸念に反して、女子生徒の通学もこれまで通りに行われ、女性の就業も継続されていることで、内戦の勃発の危険性が後退し、権力の移譲は思いの外、スムーズに進むとの見方も出てきているようです。

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この混乱に乗じて勢力を伸ばそうとしているのが、中国、ロシア、トルコ、パキスタン、周辺のスタン系諸国です。

中国・ロシア・トルコについては、タリバンとの協力を支援の提供を公言し、3か国間で忙しく外相会談を開催するなど、とてもやる気満々と思われます。

以前にお話ししたとおり、アフガニスタンの混乱の長期化は、それぞれの国に対する反対組織の拡大を招きかねないという、こちらにも“自国の理由”があります。

中国にとっては、もともとはウイグル出身の過激派から成るETIMの影響がアフガニスタンを経由して新疆ウイグル自治区に及び、自国の庭を荒らすことを恐れていますし、ロシアは中央アジアの結束を強めるためには、ロシアに反対する勢力がアフガニスタン内に生まれることを警戒しています。そして隣国トルコにとっても、クルド人組織との結びつきを断ちたいとの思いで動いているようです。

そのような事情を十分に理解しているのでしょう。タリバンの幹部は、巧みに中ロ・トルコからの支援を引き出しています。

そして見落としがちなポイントがあります。私も繰り返し嘆いていますが、「20年前に逆戻りだ!」という分析は間違っているのではないかと思います。

それは、現在のタリバンは中東・北アフリカ、アジア、中南米諸国などに存在する反欧米武装勢力の支持を得ており、パキスタンのカーン首相は「タリバンがついに欧米の奴隷の鎖を断ち切り、真の独立への希望の光となった」と公言しているように、超大国アメリカに勝ったタリバンという栄光さえ強調されている事態です。

このことから見えてくるのは、“テロの可能性と、支援の可能性”をほのめかすことで、タリバンは中ロ・トルコのみならず、アメリカなどからも、テロ組織を抑える代わりに、支援を引き出すジョーカーを手にしたとも言えるかもしれません。

今回の案件で最も痛手を被ったのは、大国の気まぐれに振り回されるアフガニスタンの人々であることは間違いありません。

しかし、今回の混乱のトリガー(引き金)を弾いたアメリカのバイデン政権にとってもとても大きな痛手になったかもしれません。

第2次世界大戦の“戦勝国”になって、戦後秩序という新しい体系を築いたアメリカですが、1945年以降、アメリカは自らが仕掛けた戦争に負け続けています。60年代のキューバ革命、70年代のイラン革命、同じく60年代から1975年までのベトナム戦争、1991年以降泥沼にはまったイラク戦争、民主化のきっかけを作ったミャンマー、2001年から20年間コミットさせられたアフガニスタン…アメリカの視点からは、すべて大失敗と言えるでしょう。

そして国際社会的に言えば、他国を勝手にかき回して敵に回したか、崩壊させた超大国の思い上がりとも言えるかもしれません。

そして確実に1975年のサイゴン陥落と同じか、それ以上に、今回のカブール陥落は、アメリカの国際イメージに大きな傷をつけることになったのは確かでしょう(カブールから米軍のヘリが飛び立ち、輸送機がアメリカ人を乗せて飛び立った際、自分たちも連れていけ!と民衆が押し寄せた姿は、まさにサイゴン陥落を描いたミュージカル『ミスサイゴン』の第2幕(?!)の場面を想起させました)。

今回のバイデン政権による米軍完全撤退が最大の同盟国である英国にも相談されなかったということも後々影響することになるでしょうが、同盟国は今回の状況を見て、【アメリカが引き続き世界を主導する意志を持つのかどうか】について疑念を持つことになるでしょう。

そうなると、アメリカが同盟国を巻き込んで形成する“対中包囲網”の結束にも大きな影響がでるかもしれません。

自由で開かれたインド太平洋地域、クアッド、南シナ海における欧州との連携、台湾の“現状維持”へのサポート、そして尖閣諸島問題を含む東シナ海問題での連携…。

加えて“核廃絶に向けた動きの前に立ちはだかる”「核の傘」という概念も、今後、どこまで信憑性を持つか、それらが今後、外交安全保障上の再検討課題になるような事態になりかねません。

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日本政府は、2001年のアフガニスタン政府樹立以来、国際的な支援を主導する国として、アフガニスタンの戦後復興と国家樹立に関与してきました。

今は亡き緒方貞子さんが議長を務めた復興会議、UNAMAのトップを日本人が務めたこと、少女教育の充実と質の向上にコミットしてきた事例、そして志半ばで命を落とした中村医師の献身などは高く評価されています。今後、その正の遺産をいかに活用していくのか。日本も考えないといけません。

その過程でしっかりと熟慮する必要があるだろうと思われる問いは、「タリバンは本当に悪い“やつ”なんでしょうか?」というものです。

カブール陥落直後の今、国際社会の関心は、タリバンによるアフガニスタンを国家承認するか否かという外交的な戦略が主かもしれませんが、今後、遠くて近い関係国として、アフガニスタンとどう付き合うべきかを考える際に、タリバンについてもっとよく知る必要があるのではないかと思います。

そのうえで、「アフガニスタンの“明るい”未来を阻害しうる勢力は誰なのか?」そして「それをいかに阻止するのか?」そして、「タリバンによる統治を認めるべきか否か?」といった問いに答えを探るべきでしょう。

個人的な見解としては、今後を担うべきなのは、これまでカルザイ氏以来、アフガニスタンの統治を行ってきた勢力ではないでしょうし、それはUAEに逃げ、完全に支持を失ったガニ氏でもないでしょう。

そして、20年前、タリバンへの攻勢をかけ、タリバンの追い落としをアメリカなどと行った北部同盟の誰かでないことは確かです。

北部同盟と言えば、最近、逃げていたドスタム将軍が帰国していますが、北部同盟が統治していたアフガニスタンでは、北部同盟による虐殺が行われ、恐怖状態を作り出しており、その恐怖状態にピリオドを打ったのが実はタリバンだったというのも、今後、アフガニスタンの統治を見ていくうえで忘れてはならない情報だと思います。

いろいろと話が飛んでしまいました。私の分析に同意できない箇所も多々あるかと思います。

ぜひ皆さんのお考えをお聞かせください。

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image by: john smith 2021 / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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