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労働生産性の上がらぬ日本で「最低賃金」を上げる厚労省の愚策

厚労省の中央最低賃金審議会により毎年見直され、10月初旬よりその金額が適用される最低賃金。働く側としては増額されるに越したことはないようにも感じられますが、ことはそう単純ではないようです。今回の無料メルマガ『採用から退社まで!正しい労務管理で、運命の出会いを引き寄せろ』では社会保険労務士の飯田弘和さんが、最低賃金引き上げは企業の体力を奪い、結果的に失業率の上昇を招くと批判。さらに、近年の全体的な視点に欠ける政府や厚労省の施策を強く非難しています。

最低賃金引き上げに対する批判

10月から最低賃金が引き上げられます。中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)で、2021年度の最低賃金を全国平均で28円を目安に引き上げると決めました。これによって、最低賃金の全国加重平均が930円になります。最低賃金法では「地域における労働者の生計費および賃金ならびに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」とされています。にもかかわらず、「全国加重平均が1,000円になることを目指す」という政府方針ありきで決定されている感が否めません。

賃金が上昇するためには、労働生産性の向上が必要です。2019年の就業者一人当たりの労働生産性は、日本はOECD加盟37か国中26位です。主要先進7か国でみれば最下位であり、この状況は長年続いています。そして、2019年度の実質ベースの時間当たり労働生産性上昇率は前年比-0.8%であり、2年連続で前年度比マイナスとなっています(公益財団法人日本生産性本部「日本の労働生産性の動向」より)。

労働生産性が上がっていないのに賃金を上げろとは、ムチャな話です。そもそもとして、日本は労働生産性が上がらない構造になっています。労働生産性を上げるためには、生産性の低い事業・業務の廃止等によるコストカットや設備投資、技術革新等が必要です。ところが、日本では、リストラクチャリングを行うことが非常に難しい。

リストラクチャリングの本来の意味は、事業や組織の再構築、再編成。不採算部門の事業縮小や撤退、統廃合といった不採算事業などの整理とともに、成長事業や高収益事業へ経営資源を集中することを指します。リストラクチャリングを行うという事は、まずは不要な事業や組織の廃止、不要な労働者の退職(解雇を含む)や配転等が必要です。生産性の低い事業や組織、生産性の低い労働者を整理することで、会社全体でみたときの生産性や財務状況は改善し、より成長が見込める事業への新規投資や現事業への設備投資によってより高い生産性を実現することができるのです。

ところが、裁判では、解雇は簡単には認められません。共産主義国家の計画経済ならいざ知らず、資本主義社会においては、景気の変動や事業の盛衰があるのは当然であるにもかかわらずです。資本主義社会では、景気は循環します。好景気の時もあれば不景気の時もあります。事業経営も、好況の時もあれば不況の時もあります。高収益事業は時代とともに変化していきますし、技術はどんどん廃れていきます。その変化に応じて、事業も再構築・再編成していかなければ、会社は生き残ることができません。

<解雇規制とDX>

解雇規制の厳しさが、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応を遅らせている要因の1つです。DXは企業の生産性を上げますが、余剰人員も生み出します。しかも、デジタル技術の進化速度を考えると、その余剰人員に対して教育訓練を実施し再配置するといった対応は難しく、その余剰人員に対しては会社を辞めてもらい、DX対応に必要な人材を、その都度、労働市場から即戦力として調達することになります。日本の解雇規制の厳しさを考えると、企業が積極的にDXを推進していくことは難しいでしょう。

リストラクチャリングが難しいとなると、不採算なものを残したままの設備投資という事になります。生産性向上にとっては、ものすごい効率が悪いですし、そもそもとして、銀行は、中小企業に対して設備投資のための融資をしたがりません。いまだに、中小企業への融資に対しては、不動産担保や社長の個人保証を求める傾向が強い。たとえ設備投資によって、今ある業務の効率が上がったとしても、それによって生じた余剰人員を解雇することができませんので、余剰人員を抱え込むことになります。そうであれば、積極的に設備投資を行うインセンティブは生まれにくい。設備投資が行われなければ、今後成長が見込めるような新たな事業や新たな産業も生まれにくく、新たな雇用も生まれてきません。

労働生産性の低い労働者の解雇もできず(ということは生産性の低い事業の廃止も簡単ではありません)、設備投資のための融資も受けられず、たとえ設備投資をしたところで生産性の向上は見込めず、それでも最低賃金は上げろという無茶ブリ。ここ10年で、最低賃金額は20%以上上昇しています(にもかかわらず、賃金構造基本統計調査によると、一般労働者の賃金額はほとんど上昇していません。労働生産性が上がっていないのですから、当然といえば当然です)。最低賃金の引き上げによって、中小企業の経営体力は低下し、結果として倒産や採用の抑制による失業率の上昇が懸念されます。特に、このコロナ禍で政府から狙い撃ちされ続けている飲食業界にとって、ここへきての最低賃金の引き上げは相当なダメージでしょう。

<失業者数でいえば…>

厚労省の公表しているコロナ禍での失業者の増加数は、実態よりもかなり低い数字を公表していて、あてになりません。雇用保険に加入していない非正規労働者が統計に反映されていないからです。また、失業した後に再就職活動を止めてしまった(諦めてしまった)、いわゆる非労働力化した人も、失業者にはカウントされません。総務省の労働力調査などから見えてくる就業者数や雇用者数の変化からは、厚労省の公表数の数倍の人たちが職を失ったと考えられます。そして、その多くが、非正規で最低賃金額近辺の賃金で働いている労働者と思われます。

最低賃金の引き上げは、解雇規制の緩和や中途採用者のための労働市場の活性化とセットでなければなりません。そうでなければ、日本経済の浮揚につながらないでしょう。労働生産性の上昇がないまま最低賃金が引き上げられれば、結局は、採用抑制や正社員等の賃金引き下げによらなければ、最低賃金引き上げの原資が捻出できません。最近の政府や厚労省が行う事って、全体的な視点が欠け、目先の対応が増えている気がしてなりません。

結局のところ、いくら私がいろいろ言ったところで、10月からの最低賃金引き上げは決定事項であり覆りません。最低賃金法違反は労働基準監督署の取り締まりの対象ですし、最低賃金法違反には罰則もあります。そうなると、最低賃金引き上げに従わざるを得ません。個人的には、このコロナ禍で、政府、そして厚労省はよくもまあイケシャアシャアと、最低賃金引き上げなどと言えたもんだと呆れますが、それでも、今から1ヶ月ちょっとしかない短期間で、何とか引き上げに対応していくしかありません。

image by: soraneko / Shutterstock.com

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【著者】 飯田 弘和 【発行周期】 週刊

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