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得意分野ほど優れた人と比較しがち。「自分の仕事」を選ぶことの難しさ

好きなことや得意なことを仕事にしたい。そう願う人は多くいても、誰もが実現できるわけではありません。一方で、好きだからこそ、得意だからこそ自ら可能性の芽を摘んでいるケースもあるようです。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』では、Evernote活用術等の著書を多く持つ文筆家の倉下忠憲さんが、現在の仕事をするまでを振り返り、「文章を書く仕事」ができると考えてもいなかった理由を考察。好きだからこそ天才的な仕事をする人と比較してしまい想像もしなかったと分析します。反対に未知の分野は理由なくできそうに思う場合もあり、「仕事選び」の難しさを綴っています。

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自分の仕事をどう考えるか

少し昔話をしましょう。高校生のとき、私には特になりたい職業がありませんでした。憧れめいたものはほとんど何も持っていなかったように思います。ただし、一つだけ強い願いがありました。欲望と言ってもよいでしょう。

「会社員になりたくない」

家庭環境のせいだったのかもしれません。あるいは、昔から反骨精神が強すぎて、「あたり前」とか「普通」に尋常ならざる拒否感を覚えていたのかもしれません。原因はなんであれ、ともかく普通に高校を出て、なんなら大学に行って、そのまま会社員になるという「レール」に乗るのが嫌だったのです。

でもって、それさえ回避できるならば、「なんでもいい」と思っていました。これはまったくの事実です。特定の目標地点への憧れではなく、拒否感を覚える対象への否定であればAll OK。そんな感覚があったのです。

だから一般的にあまり「貴く」思われない職業も選択肢でした。だいたいにして会社員にならない場合は、職能を持ち職人的に生きていくか、金融資産に働いてもらうか、ギャンブルで生計を立てるかの選択になり、何の能力を持たない若人にとって、三つ目の選択は非常に「安易」に選べることは間違いありません。

だから、パチプロとか雀ゴロ(雀荘に入り浸ってお金を稼ぐ人)とかも結構真剣に考えていましたし、競技麻雀のプロだとかハスラーだとかも検討していました。バーテンダーの勉強もしましたし、株式投資も勉強しました。プログラミングに手を出したのも、その一環です。

少なくともそうした選択肢のうちで、プログラミングが一番「まっとう」な選択肢だったのでしょう。私はゲーム好きなので、プログラマーというよりはゲームデザイナーに憧れていたのかもしれません。でもって、その場合でも、「自分でゲームを作ることができれば、会社員になる必要はない」と、かなり甘いことを考えていました。抹茶クリームフラペチーノくらいに甘い考えです。

きっとそれ以外にも、思い出せなくくらいの「選択肢」を若いときの自分は検討していたと思います。それくらいに本当に「なんでもよかった」のです。

でも、面白いのは、そうした選択のうち、唯一と言ってもいいくらいに候補に上がっていなかったものがあります。それが「文章を書いて生きていく」という選択肢です。まさに、今の私がやっているその選択肢は、まったく頭には浮かんでいませんでした。

いや、浮かんではいたのかもしれません。でも、早々に「無理だし」と結論づけられ、却下されていたのでしょう。だから、プログラミングのように、「小説を書くこと」を勉強して、その技能を上げようなどと考えたことは一度もありませんでした。そういう人間が、文章を書くことを生業としているのですから、人生とは面白いものです。

“あなたの想像力よりも、人生の可能性の方が広いのです”

と、拙著『すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術』では書きましたが、その言葉はこうした実感からやってきています。

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当然の帰結

しかしながら、これはそこまで「面白い」話ではないのかもしれません。むしろすごく真っ当な帰結である気がしてきます。どういうことでしょうか。

まず私は本を読んでいました。いわゆる文学に手を出したのは高校生からですが、それ以前はミステリやライトノベルなどの軽い小説を読んでいました。漫画に至っては、よくわからない数を読んでいました。経験の蓄積があったわけです。

書く方も同様です。ワープロ専用機を中学生でゲットし、習作とも呼べないような小説をたくさん書いていましたし、高校生では原稿用紙にボールペンでカリカリとショートショートを(授業中に)書いていました。これまた経験の蓄積がありました。

そうした経験を持つ身からすると、「自分が書く小説」などダメダメだということがわかります。「お金をもらえる作品」を作ることなどできず、それはつまりプロにはなれないことを意味している、ということが理解できます。だから、自分の将来の選択肢に「文筆家」が入ってこなかったのです。

それでも続けるもの

一方で、プロになるという選択肢は消えていても、私は文章を書き、本を読み続けていました。単純に好きだったからです。そうやって続けるうちに、私の文章力は少しづつ向上していたのでしょう。語彙が増え、構成パターンの引き出しが増加し、比喩と概念の扱いが向上していたのだと思います。

しかし、そんな実感はありませんでした。なぜなら、さらにたくさんの本を読み、私の文章の審美眼も上がっていたからです。だから、「自分は文章を書くのが得意である」という感覚を得ることはありませんでした。少なくとも苦手ではないし、ここまで続けているのだから好きなことなのだろうけど、「得意なこと」ではない。そんな感覚を持っていました。

だから、私が一番最初に「本を書きませんか」と出版社さんにお声かけいただいたときは、嬉しさよりも困惑の方が大きかったかもしれません。「えっ、自分みたいなのが本を書いていいんですか!」という困惑です。

世の中には、そうしたタイミングで「ようやく来たか」と準備万端で迎え入れられる人がいらっしゃるのかもしれませんが、私はそうではありませんでした。でもって、そのような困惑はいまだにゼロにはなっていません。今でも、心のどこかには「なぜ自分みたいなのが本を書く仕事ができているのだろうか」という思いが鎮座しています。

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自分の仕事を選ぶこと

そんな自分の体験を振り返ってみると、「自分の仕事」を選ぶ難しさが想像できます。まず、その分野の経験がなければ、そこでやっていくことはひどく簡単に思えて、自分でも大成できるような気がします。ギャンブルのように学歴が必要ない分野なら、さらに簡単そうに思えます。魅力的な選択肢として立ち上がってくるのです。
*昨今のWebで「成り上がる」系の話もこれと同じでしょう。

一方で自分が親しんでいる分野は、そのような甘い幻想が立ち上がりません。その分野の厳しさも知っていますし、プロとして通用する水準の高さも知っています。「そんな簡単にはいかないだろう」とか「自分には無理だろう」と判断しがちになります。

しかし、その判断が見過ごしているのは、たとえ「自分はたいしたことがない」が真であっても、他の人たちに比べれば、身についている経験や技能はぜんぜん高い、という点です。無論それだけで、プロとしてやっていけるわけではありませんが、技能ゼロの分野にチャレンジするよりは、はるかに前の地点からスタートを切れることは確かです。でも、その天秤はうまく見えてきません。得意な分野ほど、自分より優れた人と自分を天秤に乗せてしまうからです。

よく「得意なことを仕事に」と言われますが、その人が本当に得意なこと(得意だと思っていることではなく)は、そもそも自分で「それが得意」だと思っていない可能性があります。あまりにも自明にできてしまう上に、もっと高いレベルの比較対象を持つからです。

逆に自分が得意だと思っていることは、単に高いレベルを知らないだけなのかもしれません。そういう状態でそれを「仕事」にしてしまったら、ひどく打ちのめされてしまうことが起こるでしょう。よって、「得意を仕事にする」は、指針としては正しくても、実践の段階では躓くことがあります。実に要注意な指針です。

好きなこと

では、「好きを仕事にする」はどうでしょうか。たしかに「好きなこと」と「嫌いなこと」の二つから仕事を選べるなら前者から選びたいものです。選択肢が広がっている現代なら、そうした幸運な選択が可能な人もいるでしょう。

しかし、問題もあります。そもそもそれを選べる立場にない、ということ以前に、自分の「好きなこと」がわかっているのかどうかが判然としないのです。(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』より一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

倉下忠憲この著者の記事一覧

1980年生まれ。関西在住。ブロガー&文筆業。コンビニアドバイザー。2010年8月『Evernote「超」仕事術』執筆。2011年2月『Evernote「超」知的生産術』執筆。2011年5月『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』執筆。2011年9月『クラウド時代のハイブリッド手帳術』執筆。2012年3月『シゴタノ!手帳術』執筆。2012年6月『Evernoteとアナログノートによる ハイブリッド発想術』執筆。2013年3月『ソーシャル時代のハイブリッド読書術』執筆。2013年12月『KDPではじめる セルフパブリッシング』執筆。2014年4月『BizArts』執筆。2014年5月『アリスの物語』執筆。2016年2月『ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由』執筆。

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【著者】 倉下忠憲 【月額】 ¥733/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 月曜日 発行予定

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